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勇者の力

 炎獣将軍モーガルバンは、ほこらから現れた三人の少女を見て舌なめずりをした。

 そして、まずはどいつから八つ裂きにしてくれようかと妄想を膨らませる。


 モーガルバンがこの「試練のほこら」の前に到着してから、待つことおよそ一時間。


 待ちに待った獲物がようやく姿を現したのだから、残虐さに定評のあるモーガルバンのこと、その嗜虐心には一瞬で火が点いた。


 人間の少女などは、身の丈三メートルほどもあるモーガルバンから見れば、自分の半分ほどの大きさしかない矮小な存在だ。


 腕や脚などは少しつまむだけでも折れてしまいそうだし、腰だって片手でも握りつぶせるほどに華奢なのだ。


 そんな、モーガルバンにとって赤子も同然の存在が、一日前には自分に歯向かってこようとしたのだ。


 その姿はいかにも滑稽だった。


 勇者だか何だか知らないが、自分たちがモーガルバンのような圧倒的強者にも立ち向かえる力のある存在なのだと思っていたようだったから、それが勘違いであることをモーガルバンは教えてやった。


 確かに人間にしてはそれなりだったのかもしれないが、魔王軍四天王の一人であるモーガルバンにとっては、赤子の手をひねるのと何ら変わらない。


 武器や素手で立ち向かってきた二人はぶん殴って黙らせたし、一番チビの魔法使いには無力さを分からせた上でいたぶってやった。


 特に魔法使いのチビが恐怖に怯える様は最高だった。

 あのままだったら、失禁でもしていたのではないか。


 あのときは余計な邪魔が入ったが──


 嫌なことを思い出し、モーガルバンはその記憶を頭の隅へと追いやる。


 あの人間の男も、今度遭ったら必ず殺す。

 だが今は、目の前の獲物だ。


 魔王様からお叱りを受けたのも、すべてこのメスガキどものせいだ──少なくとも、モーガルバンは、そう考えていた。


 だから、その屈辱はすべてこのメスガキどもにぶつける。

 まずはあのときと同じように全員ぶん殴って動けなくしてから、思う存分いたぶって、犯して、引き裂いて、八つ裂きにしてやろう。


 あのガキどもの柔らかそうな腹を裂いてやったら、そこから飛び出した腸の色はどんな色だろう、そのときあのメスガキどもはどんな表情をしているのだろう──

 それを想像するモーガルバンの口からは、よだれがとめどなくあふれ出ていた。


 だからまずは──

 モーガルバンは、最初の標的を定める。

 三人の中でも最もチビの、あのガキが最初の獲物だ。


 あのときの続きをしてやろう。

 怯え、苦しみ、泣き叫ぶ様を見ながら、腕や脚を一本一本丁寧に折ってやろう。

 そして最後に首の骨をへし折って、口から血の泡を吹くのを見たら、次の獲物だ。


 そう妄想しながら、モーガルバンが最も小さな少女に欲望の目を向けていると──

 当の少女が、はぁと小さくため息をついた。


「……めんどくさいな。……来るのはいいけど、明日にしてくれればいいのに。……もう、今日は疲れたよ」


「……あぁ?」


 モーガルバンは最初、少女が何を言っているのかが分からなかった。


 だがその言葉が浸透し、理解するに至って、モーガルバンの内側からぐらぐらと何かがわきあがってきた。


 あのガキは、モーガルバンの姿を見て怯えるでも敵視するでもなく、まるでその存在が「どうでもいいもの」であるかのように「めんどくさい」と言ったのだ。


 しかも、それに追い打ちをかけるように、少女たちの会話が始まる。


「ねぇ真名。あのモーモーさんの強さって、どのぐらいなの?」


「……んー、第一階層のボス、クラーケンより、ちょっと上ぐらいかな」


「というと、第二階層のエルダードラゴンと同じぐらいか?」


「……ううん、それよりは全然下。……魔王軍四天王の中では最弱だって、ユアンも言ってたし、さもありなん」


「ふぅん、モーモーさんって結構弱いんだ。あのときはあれほど強かったのにね」


「……それは、違うかも。……どっちかっていうと、今のボクたちの強さのほうがおかしいに一票」


 モーガルバンには、それらの会話の内容は半分も理解できなかった。


 だが分かったのは、あのガキどもが、モーガルバンのことを眼中にない、取るに足らない存在だと認識しているということだ。


「──ブモォォォオオオオオオオオオッ!!!」


 炎獣将軍モーガルバンは、これ以上ないという怒りの雄叫びを上げた。


 その一方で、少女たちが話すのは日常だ。


「それじゃ、ちゃっちゃと片付けて、早くお風呂に帰ろう!」


「勇希、気持ちは分かるが、それはおかしい」


「……家に帰るまでが試練です、だね。……しょうがないから、やるか」


「「「──ブレイブ・イグニッション!」」」


 少女たちの可憐な叫び声とともに、制服姿だった三人が光に包まれる。


 勇希──ショートカットでボーイッシュな顔立ちの少女は、剣を提げ軽装の鎧をまとった剣士姿に。

 神琴──ポニーテイルの凛としたまなざしの少女は、純白の神官衣に身を包んだ神官姿に。

 真名──ロングヘアーの小柄でやる気のなさそうな少女は、三角帽子にローブに杖という魔法使い姿に。


 変身が完了すれば、炎獣将軍モーガルバンの前に凛然と立つ三人の少女。


 だが、その小さく華奢な仮装姿を見て、モーガルバンは大きく笑う。


「グハハハハハッ! その姿になってもまったく通用しなかったのをもう忘れたか! だが勘違いをしたメスガキには、二度と忘れぬようその身に我が力を刻み込んで──」


 そう言って、炎獣将軍モーガルバンが、少女たちに襲い掛かろうとしたときだった。


 ──ふわりと、風が舞った。


 見れば、少女たちの姿が、神々しい燐光に包まれている。


 そして──


 ──ゴォオオオオオオッ!


 ブレイブフォームに身を包んだ三人の少女の体から、輝かしいまでの闘気が発せられた。


 やがて少女たちの闘気は混ざり合い、荒れ狂い、嵐を起こすほどの奔流となって吹き荒れる。


「なっ……!? ぐぅっ……な、なんだ……!?」


 それが炎獣将軍の体をひと薙ぎすると、その巨体がびくりと震えた。


 炎獣将軍モーガルバンは、眼下の小さな少女たちを前に一歩、二歩とあと退る。

 それは彼の意志によるものではなく、獣としての本能。


「そ、んな……バ、カな……!? この力……まさか、あのガキ一人一人が俺と互角……いや、それ以上だとでも言うのか……!? ──ありえん! ありえるわけが……いや、あっていいわけがない! 俺は、魔王軍四天王が一人、炎獣将軍モーガルバン様だぞ!」


 モーガルバンは後退しようとする本能を、意志の力で抑えつけ、踏みとどまり、前に出る。


 一方の少女たち。

 モーガルバンのほうへと向かって一歩前に出てきたのは、剣士姿のボーイッシュな少女だ。


 ともすれば美少年にも見紛う勇ましい顔には、自信がたっぷりと乗っている。

 輝かしい闘気に身を包んだ彼女は、無造作に剣を抜いて前に立つと、自分の二倍近くも背丈のあるモーガルバンに不敵な視線を向けてこう言った。


「さあ──おいで、モーモーさん」


 この挑発で、炎獣将軍モーガルバンの残りわずかだった理性が、すべて吹き飛んだ。

 そして──


「──ブモオオオオオオオオッ!」


 モーガルバンは猛牛のように、少女たちに向かって突進したのだった。


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