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普通の秘策

 クラーケンへと駆けていく二人の勇者、勇希と神琴。


 そこにクラーケンの触手が迫る。

 八本の足が恐るべき速度で、二人の少女へと襲い掛かった。


「──っとぉ!?」


「くっ、速い……!」


 驚きながらもとっさに左右に跳んで、分断されながらもどうにか攻撃をかわす二人。

 着地と同時に地面を蹴り、少女たちはクラーケンの本体へと向かっていく。


 特に足が速いのは、剣士の能力を得ている勇希だ。

 一歩蹴るごとにぐいぐいと加速し、最高速になればサバンナを疾走するチーターのごとく。


 二十メートルはあった間合いを一秒あまりの刹那で詰め、スキル発動の輝きを纏わせた剣でクラーケンの本体に切りかかった。


 ──ズシャッ!

 光り輝く剣閃によって、クラーケンの胴体が大きく断ち切られる。


 すぐさま瀕死というほどでは到底ないが、決して小さくもないというダメージ。


「まず一撃! ──っと、うわわっ!」


 クラーケンに【スマッシュ】による一撃を見舞った勇希の頭上から、次々と触手の攻撃が降ってくる。


 勇希はアクロバティックにバク転してそれをかわすが、直前まで彼女がいた場所の地面は触手に打たれて陥没し、小さなクレーターのようになっていた。


「うひぃっ、あんなのもらいたくないよ! ──って、おわっ、待って、数多い!」


 ──ドゴッ、ガゴッ、ドゴッ、ドゴンッ!


 勇希を危険視したクラーケンが触手の大多数を勇希に向け、彼女のいる場所を次々と殴りつけていく。


 それもどうにかかわし続ける勇希だが、攻撃してくる触手の数が増えたことによって彼女の余裕は一気に奪われていた。


 だが一方、それで幾分か余裕ができたのが神琴だ。


 与えられた職種の特性で勇希ほどの敏捷性を持たない彼女は、触手の攻撃をかわすだけで精一杯。


 それでどうにも攻めあぐねていたのだが、八本の触手のうち六本が勇希を相手にし始めたことで、神琴への攻撃の手が緩んだのだ。


「舐められたものだが──!」


 神琴とてブレイブフォームのレベルアップによって、勇希ほどではないにせよ常人の枠から離れた戦闘能力を持っている。


 神官姿の少女は、襲い掛かる二本の触手の攻撃をオリンピック出場のスプリンター顔負けの敏捷性でかいくぐり、クラーケン本体のもとへと駆け込んでいくと──


「──はっ!」


 ドンッ!

 渾身の正拳突きを、クラーケンのガラ空きの胴体に見舞った。


 それからすぐにその場から跳び退くと、誰もいなくなった場所を一瞬遅れて触手が殴りつける。


 クラーケンの赤く光る眼が、ギロリと神琴のほうへ向いた。


 だがそれも一瞬のこと。

 クラーケンは雑魚には興味がないというように、再び勇希の動きを追い始めた。


 しかしどういう知覚になっているのか、それでも二本の触手は神琴を的確に攻撃してくる。

 神琴はまたそれをかわしながら、小さく毒づく。


「くっ、気を惹くこともできないのか。──勇希!」


 神琴が相棒に目を向けた、そのとき──


「しまっ──!」


 それは勇希の声だった。


 クラーケンの全身がまとう粘液が地面を濡らしていたせいで、勇希がわずかに足を滑らせたのだ。


 その一瞬のスリップを見逃さず、太い触手が豪速で勇希に襲い掛かる。


 勇希は、横殴りに迫ってくる触手の動きを目では追うが、体は対応できず──


「──んぎっ……ぁあああああっ!」


 ──ガゴォンッ!


 まるでビル解体の重機がコンクリートの壁をぶち抜いたときのような轟音がして、勇希の体が吹き飛ばされた。


「──っ! 勇希!?」


「──うそっ、神琴!?」


 きり揉みしながら吹き飛んだ勇希の体が、偶然か因果か、神琴へと激突した。


 神琴はとっさに、飛んできた勇希の体を抱くようにして受け止める。

 そして二人は勢いのまま、くんずほぐれつ地面を転がった。


 抱き合うように地面でもつれ合った二人は、どちらからともなく起き上がる。


「……痛たたぁ……神琴、大丈夫?」


「ああ、私は問題ない。勇希こそ大丈夫か?」


「ん、まぁね。神琴が抱きとめてくれたおかげ。愛してる。……ぁ痛たた」


 勇希は手で脇腹を押さえ、苦痛に片目をつむる。


 ブレイブフォームで守られているから致命傷は受けないとはいえ、ダメージは決して小さいものではない。

 それを見た神琴が、心配そうに勇希に手を伸ばそうとする。


「どうしてお前はそういつも強がるんだ。すぐに治癒、──っ!」


「ちっ! あたしたちの蜜月を邪魔すんなよぉっ!」


 とっさにその場から跳び退る勇希と神琴。

 直後、彼女らがいた場所一面を、真っ黒い粘る水のようなものがびちゃりと覆った。


 二人は次に来る攻撃から逃れるため、一緒に走り出す。


「今度は目つぶし攻撃? タコ墨かイカ墨か知らないけど、芸達者なことで」


「だが難儀だ。こう立て続けに攻撃を受けては、治癒魔法を使おうにも」


「ホントだよ。──ねぇ真名、まだぁ!? そろそろ二人じゃしんどいよ!」


 勇希がもう一人の親友に向かって、大声を張り上げる。

 すると、その声はすぐに返ってきた。


「……ごめん、二人とも、お待たせ。……ブレイブ・イグニッション!」


 少女の声とともに、広間の入り口付近で変身の光。

 光がやめば、そこには魔法使い姿に変身した真名が立っていた。


 その顔は、いつものやる気のなさそうな表情──

 ……のように見えて、親友たち二人には確かに分かる、少し自信ありげな表情だった。


 その真名のもとに駆け寄って、合流する勇希と神琴。

 神琴が勇希の脇腹に両手を当てて【ヒール】を使うと、癒しの光が勇希の怪我を治癒する。


 だがそうしている間にも、クラーケンの巨体が触手を蠢かせて三人へと迫ってきていた。


 真名はそこに向かって、杖を掲げる。

 魔力の輝きが真名の全身を覆い、立ちのぼると、少女はそれを杖の先に集結させて魔法を放った。


「……一発で効いてよ。……スリープ!」


 ──ほわん。

 クラーケンの頭部周辺に、紫色の雲がかかった。


 すると、あれほど活発に動き回っていたクラーケンが、突如くたっと力を失い地面に伏す。

 そしてどこからか、がーごーという大きないびきが聞えてきた。


 その状況を目の当たりにした勇希が、ぱちくりと目をしばたかせる。


「へ? あれ、どうなったの? ひょっとして眠った? 突然、なんで……」


「……なんでって、ボクが眠らせる呪文を使ったから。……眠りが弱点だったから、一度変身を解除して、スキルポイントを使って覚えた。……あと、もうひとつ、後出しジャンケン」


 真名は再び杖を構え、魔力を高めると、次なる呪文を唱える。


「……サンダーアロー!」


 真名の叫びとともに、杖の周りにバチバチとスパークする雷球が三つ現れ、それが射出される。


 三つの雷球はクラーケンに直撃すると、弱点属性である雷撃が怪物の全身を走り、巨大軟体生物はビクッビクッと大きく痙攣した。


「ちょ、ちょっと真名! せっかく眠ってるのに、そんなことしたら起きちゃうよ!」


「……構わない。……どっち道、この手の眠らせる呪文は、そんなに強くない。……放っといても、どうせすぐに起きる。……だったら眠っているうちに、ガンガン攻撃する。……勇希と神琴も、どうぞ遠慮なく」


「そ、そういうものなのか」


「……うん、そういうものなの」


 そうして少女たちは、眠りの呪文からの波状攻撃を往復で連打して、強敵クラーケンを撃破したのだった。


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