ボス戦
休憩時間を終えてブレイブフォームへと変身した少女たち。
再び洞窟探索を開始すると、やがてボスモンスターのいる大広間の前にたどり着いた。
大広間は、学校の体育館よりもなお広いほど。
その奥に、巨大な存在がうじゅるうじゅると蠢いていた。
三階建ての校舎にも匹敵する大きさを持った巨大モンスターは、タコやイカを思わせる軟体生物のような姿をしていて、全身がぬらぬらとした粘液に覆われている。
八本の足は、それぞれが別個の意志を持つかのように不規則に動いていた。
その姿を、広間に入る前の位置から遠目に見て、勇希は楽しそうに声を上げる。
「いやぁ、あれを生身で倒そうっていうのは、なかなか考えないよね。真名、結構大胆なこと考えるね?」
「……生身っていうのかな。……このブレイブフォームは、超人っていうぐらいの力は、与えてくれるし。……その力も、最初のときより上がってる」
「そうだな。確かにこの姿でいる間は、生身の状態ではありえないほどの力を得ているように思う──勇希」
「あいよ、神琴」
神琴が、足元に転がっていた石ころを拾って、勇希に向かって放る。
それを軽くキャッチした勇希は、ぐるんぐるんと軽快に腕を回してから、巨大軟体生物のほうへ向かって投球フォームをとり──
「せーの──てぇい!」
手にした石ころを、全力で投げつけた。
ギュン、といういびつな音とともに、恐ろしい速度で石ころは飛んでいき。
──パキィン!
広間の入り口あたりで、石ころは何か透明の壁のようなものにぶつかって、粉々に砕け散った。
それを見た勇希は、ぽりぽりと頭をかく。
「あっちゃあ。やっぱズルしちゃダメだよってことかな」
「……うん、そうだと思う。……多分、ボクの魔法でも、結果は同じ。……あれのテリトリーに踏み込んで、正々堂々戦えってこと。……ちなみに、【モンスター識別】のスキルも、ここからだと発動できない」
「ならば正々堂々と戦うまでだな」
神琴のその言葉を合図に、三人は顔を見合わせて互いにうなずいてから、広間へと踏み入っていく。
その途中、三人の体には、何かの「膜」のようなものを通り抜ける感覚があった。
シャボン玉の膜のように抵抗なく、三人はそこを通過する。
「……これは、アレかな」
真名は膜を通り過ぎたところで、後ろを振り向き、その膜に手を当てる。
すると、通り抜けるときはまるで抵抗のなかった膜が、今度は鉄かコンクリートのように硬く、押してもびくともしなくなっていた。
透明度百パーセントで指紋もつかない強化ガラスといった様相だ。
「……やっぱり。……ボス戦からは、逃げられない系」
「それって、閉じ込められたってこと?」
「……そうとも言う。……でも」
勇希の疑問に答えつつ、真名は再び前を向く。
その視線の先には、目を赤く光らせこちらに向かって動き始めている巨大軟体生物。
真名は【モンスター識別】のスキルを使用し、ターゲットのステータスを確認する。
***
名前 クラーケン(精霊擬態)
レベル 30
HP 600/600
MP 50/50
攻撃力 140
防御力 50
魔力 20
魔防 50
素早さ 45
特殊能力
触手乱舞
触手拘束
弱点・耐性
×:死/石/封
△:炎/氷/痺/乱
〇:目/毒
◎:雷/眠
***
表示されたステータスをひととおり確認すると、真名は誰にともなくつぶやく。
「……さすがに、結構強いかも。……でも、もうボクたちだって、守られなきゃ何もできないような、か弱いヒロインじゃない──ブレイブ・リリース」
そう言って真名は突然、変身を解除した。
魔法使い姿だった真名の体が光り輝き、制服姿の生身の少女になる。
それを見てぎょっとしたのは勇希と神琴だ。
「ちょ、ちょっと真名、何やってるの!? 危ないよ!」
「どういうつもりだ真名! ……何か、考えがあるのか?」
その神琴の問いに、真名はこくんとうなずく。
「……勇希、神琴、ちょっとだけ、時間を稼いで。……この広間の広さと、クラーケンの触手の長さ……全域が、攻撃範囲になるわけじゃない。……二人があいつを抑えていてくれれば」
その真名の言葉に、勇希と神琴が顔を見合わせ、うなずき合う。
「──分かった! 行くよ神琴!」
「ああ、勇希!」
そして二人は、こちらに向かって動き始めていたクラーケンに向かって走っていく。
「……ちなみに、時間を稼げと言ったけど、別にアレを倒してしまっても構わない……って、もう聞こえないか……」
真名はそう言って、風のように駆けていった勇希と神琴の背中をちらりと見つつ、自身が手にしたカードへと指先を伸ばしていた。




