試練のほこら、魔王
少女たちは、宿で一日休んでから、アルディールの街を出て北へ。
ゆるやかな上り坂の山道をしばらく歩くと、目的の場所へとたどり着いた。
山中にぽつりとたたずむ小さな建物。
「試練のほこら」と呼ばれるそれは、小さな神殿のようでもあった。
石造りの建造物で、外観から見る大きさは、中に数人も入ったらいっぱいになってしまうだろうと思うぐらい。
そのほこらに勇希、神琴、真名の三人はそっと入っていく。
「おじゃましまーす……」
「見た目どおりに中も狭いな。修行をする場というようにも思えないが」
「……あるのは、『女神像』と『祭壇』だけ……?」
ほこらの中は予想どおりに狭く、四畳半ほどの広さしかない。
石造りの室内は、美しい女性を模した石像と、石の祭壇が置かれているばかりの殺風景だった。
少女たちは首をかしげる。
するとそのとき、三人の頭の中に突然こんな声が聞えてきた。
『……可憐なる勇者たちよ、よくここまで来ました。私は女神イーディス。勇者たちよ、祭壇に身を横たえ、祈りの言葉を唱えるのです。──エル・リテラ・アミテリトと』
驚いたのは少女たちだ。
「わっ、頭の中に声が! ……な、何これ?」
「今さら何があっても驚かないつもりではいたが、これは」
「今……あなたの心に……直接呼びかけています……ぷぷっ」
「真名ってときどき、よく分からないことでウケるよね」
その後三人は少し待ってみたが、続く言葉はなかった。
となれば、次にどうするか。
「祭壇に横たわり、祈りの言葉を捧げろという言葉だったが。ひとまず言われたとおりにしてみるか?」
「……そうだね。……ほかに、あてもないし」
そんなやり取りをしながらも、三人は言われたとおりに祭壇に身を横たえる。
だが祭壇はそんなに大きくなく、三人が横たわるとぎゅうぎゅう詰めの状態だった。
「……狭い。……この祭壇、三人が寝る用にできてない……」
「そのようだな──って、お、おい勇希! 絡みついてくるな! ──ひゃわあっ! 耳に息を吹きかけるな! この変態!」
「えー、しょうがないじゃーん。狭いからー、不可抗力だよー」
「……勇希。……こんな神々しい感じの場所でまで」
「まあまあ気にしない気にしない。ところで、祈りの言葉って何だっけ?」
「……うっ、自信ない。……エル・リテラ・アミテリト……だっけ?」
「おおっ、祭壇が光った! 合ってるっぽいよ。さすが真名。神琴も見習うんだよ、はむはむ」
「んっ、くぅっ……ゆ、勇希っ! そんなことを言いながら、私の耳を食むな! もう何でもいい、何か起こるなら早くしてくれ! エル・リテラ・アミテリト!」
「神琴があんまり可愛いから、もうちょっと堪能していたいけど、しょうがないなぁ。エル・リテラ・アミテリト!」
三人が祈りの言葉を捧げると、祭壇が強く光り──
やがて光がやむと、祭壇の上には誰もいなくなっていた。
***
まばゆい光に包まれた少女たち。
やがてその光がやむと、おそるおそるまぶたを開く。
「ここは……どこだろ? さっきまでいたほこら、ではないよね?」
勇希は抱きついていた神琴から身を離すと、体を起こしてあたりを見回す。
見覚えのない風景だった。
どこかの洞窟の内部のようだ。
勇希たちがいるのはちょっとした広間で、広さは学校の教室ぐらい。
勇希たちが寝転がっていたのは、ほこらにあったのと同じような祭壇で、そのかたわらに女神像が立っているのも同様だ
広間から伸びる通路はひとつだけ。
それ以外の方向はいずれもごつごつとした灰色の岩肌に阻まれ、行き止まりのようだ。
なお、広間の端には清涼な水をたたえた泉があり、その水は淡く輝いていた。
「……瞬間転移……テレポート、したパターンかな……?」
「少なくとも、先ほどまでいたほこらとは、まったく別の場所のようだが」
真名と神琴も勇希と同様に起き上がり、周囲を見回す。
なお神琴は、いつものクールな表情を演じていながら、頬はやや朱に染まり、しきりに衣服の乱れを直したりしていた。
と、そこに再び、あの「声」が聞えてくる。
『勇者たちよ。ここは「試練の洞窟」──汚らわしき魔王や、その眷属が立ち入ることは能わぬ聖なる地です。ここであなたたちは、外の世界の魔物を模した精霊たちと戦い、力をつけることができます』
その声に、三人の少女はきょろきょろと辺りを見回すが、やはり声の主らしき姿は見当たらない。
強いて言うならば、祭壇のかたわらにある女神像ぐらいか。
「声」はさらに続ける。
『この地での経験は、外の世界で魔物と戦うのと比べて何倍も大きな成果をあなたたちに与えてくれるでしょう。ただし、あなたたちがこの地にいられるのは、一日の四半分の時間だけ。そこの泉の水は、あなたたちが傷ついたとき、再び戦う力を与えてくれます。勇者たちよ、どうか健闘を』
それだけ言って、「声」はぴたりと聞こえなくなった。
三人の少女は、顔を見合わせる。
「──だって。ところで『四半分』って何?」
「四分の一のことだな。一日の四半分ということは、六時間か」
「……その六時間で、好きなだけ経験値を稼いで強くなれっていうボーナスゲーム。しかも経験値数倍増キャンペーン付き。……そういうのは、もっと早くやってほしかった。……あと、そこの光ってる水が回復の泉らしい。……きっとHPとかMPとかを全快してくれる」
「うん、真名の言ってることは相変わらずよく分かんないけど、とりあえずあの通路の先、探検してみる?」
「そうだな」
「……賛成。……それじゃ、いつものアレだね」
「オッケー。それじゃ、せーの♪」
「「「──ブレイブ・イグニッション!」」」
少女たちは光り輝き、ブレイブフォームへと変身する。
それから広間を出て、三人は通路を進んでいった。
***
一方その頃。
魔王城の地下牢には、捕らわれた賢者ユアンの姿があった。
ユアンは牢の奥の冷たい石壁に、鎖で両手を繋がれて磔にされている。
薄暗い牢を照らすのは弱いランプの灯りだけで、それが衣服をズタボロに引き裂かれた銀髪の少年の姿を、艶めかしく映し出していた。
──カツーン、カツーン。
遠くから、足音が近づいてくる。
やがて足音の主が牢の前まで訪れると、鉄格子の外に立っていた看守の魔物は、おそれ多いといった様子で深く恐縮する。
そして要求されるがままに、大慌てで鉄格子の扉の鍵を外した。
足音の主が、ユアンが捕らわれた牢の中へと入ってくる。
「よう、ユアン。いい格好だな」
そう声をかけてユアンのほうへと歩み寄ってくるのは、見た目ユアンと同じぐらいか、それよりもやや若いかもしれないぐらいの少年だった。
ユアンと比べても遜色のないほどの美少年だ。
浅黒い肌と黒髪、それに全身を覆う黒衣。
その強気の眼差しや口元からは、底知れぬ自信がうかがえる。
だがその少年は、ただの人間ではなかった。
外見は人間とよく似ているが、側頭部に二本の湾曲した角を生やし、背には漆黒の翼をたずさえている。
それは彼が人間とは似て非なる存在──『魔族』である証だ。
一方、だいぶ衰弱した様子の賢者ユアンは、気力を振り絞り、その訪問者をキッと睨みつける。
「魔王……アゼルヴァイン……!」
「なんだよ、つれないなぁ。昔みたいに『アゼル』って呼んでくれよ、ユアン兄さん」
ユアンから睨まれた黒衣の少年魔族は、その敵意が心地良いというように嘲りの笑みを浮かべる。
そして、ユアンの間近まで寄ると、少年賢者のはだけた胸元につつっと指先を走らせ、弄ぶ。
「くっ……んっ……や、やめろ……!」
「ハハッ、ホントいい声で鳴くよなユアンは。──いいことを教えてやるよ。ユアンの大事な虎の子──『勇者』たちは、試練のほこらに入ったぜ。これでもう、あそこから出てくるまでは、俺たちも手出しができない」
「……どうして、それが分かっていて、彼女たちを見逃したんだ」
「どうして? どうしてねぇ……」
黒髪の少年魔族──魔王アゼルヴァインは、賢者ユアンの体をあちこち弄びながら、こう答える。
「『そのほうが面白いから』──って答えはどうだ?」
「なんだと……?」
「ハハッ、ユアンは余裕がなさすぎなんだよ。──半分人間の血が混ざったせいで、魔族としては落ちこぼれ。人間たちからは賢者なんて崇められても、所詮は弱者。そんなんじゃあ考えがせせこましくなるのも分かるけどな」
「くっ……!」
魔王アゼルヴァインは、賢者ユアンの胸元に舌を這わせ、その汗を舐めとりながら言う。
「……もっと楽しもうぜ、兄さん」
「くっ……あああっ……!」
頬を染め、苦痛とも違う悲鳴をあげる賢者ユアン。
まだ昼間だというのに、魔王城は月光で照らされている様子であった。