街
のんびりとした雰囲気の街道を、たまに休憩しながら歩くことしばらく。
やがて三人は、賑やかな街へと到着した。
街の正門をくぐると、石畳の敷かれた大通りが真っすぐに伸びていた。
そこを馬車や通行人、露店を開いた商人や、それを冷やかす買い物客などが往来し、あるいは立ち止まり──街はとにかく、多くの人々でごった返していた。
三人の異世界から来た少女は、物珍しそうに周囲を見渡しながら、大通りを進んでいく。
「ここがアルディールの街かぁ。すごいなぁ、風情あるなぁ」
「……中世ヨーロッパ風、ってやつだね。……や、実際の中世ヨーロッパはあちこち糞尿まみれで、臭くて、疫病大流行だったらしいけど」
「そうなのか? だがこの街は綺麗だ」
「……現実の中世ヨーロッパじゃないからね。……この世界、『マナリスフィア』っていったっけ。……魔法とかで、いろいろ整備されているのかも。……それより、休憩できる場所を探そう。ボクもう、くたくた……」
真名がそう言うと、勇希がにこにことして真名にぴったりと寄り添う。
「ホント真名は体力ないよね~。何ならあたしがおんぶしたげようか?」
「……だから、勇希と神琴のほうがおかしいって、何度言ったら。……あと、勇希におんぶされるのはセクハラの危険とか感じるから、遠慮する」
「ちぇっ、ずいぶん信用なくなっちゃったな。じゃあさ真名、神琴におんぶしてもらったら?」
「わ、私が真名をおぶるのか!? ……別に、構わないが」
「……それは魅力的な提案だけど、街に入る前に言ってほしかった。……さすがに街中で、おんぶは」
「大丈夫だよ。チビッ子の真名なら子供みたいに見えるし。神琴が小っちゃい妹をおぶってるように見えるって」
「むっ……チビッ子って言うな。……噛んでやる、ガシガシ」
「やっ……真名に……首筋噛まれて……あぁんっ」
「勇希、無闇に色っぽい声を出すんじゃない」
そんなやり取りをしながら、やがて三人は、宿屋と思しき看板がかかった建物の前に到着した。
厳密には、一階が酒場、二階が宿屋になっている店のようだった。
「……休憩する場所っていったら、やっぱり宿屋かな」
「そんなぁ、真名ったら一緒に『ご休憩』だなんて、大・胆☆ あたしまだ、心の準備が……」
「……よし、神琴、さっさと入ろう」
「そうだな、真名。さっさと入ろう」
「あぁん待って。つれないよ二人とも~」
定例のコントを繰り広げながら、三人の少女は建物の扉をくぐった。
──カランカラン。
扉を開くと、鳴子の音がした。
一階の酒場は、比較的がらんとしていた。
まだ夜にもなっていない時間だからか、テーブル席とカウンター席合わせて三十席ぐらいある中の、二割も埋まっていない。
だがその少しの客たちが、じろりと三人の少女に視線を向けてくる。
そのうちの一人が、ヒューと口笛を鳴らした。
それ以外も、こんな時間に酒場にいるのはみな飲んだくれの男どもで、彼らは一様にニタニタとした好色そうな目を少女たちに向けてきていた。
「うぇえ、ヤダヤダ。どうしてああ男ってやつは。異世界まで来ても変わりゃしない」
「……見なかったことにしよ。……それより、宿のチェックイン」
「そだね。──あのー、すいませーん! 宿に泊まりたいんですけどー!」
そんな様子で、どうにか宿の部屋を取った三人。
二階に上がり、ベッドが三台あるだけの狭い三人部屋に腰を落ち着ける。
ちなみに宿代は、朝食サービス付きで一泊一人あたり1ジェムだった。
三人は自身のカードからそれぞれ1ジェムを取り出し、前払いで支払っていた。
これでそれぞれのカードに残っているのは、19ジェムずつだ。
ベッドに腰を下ろした真名が、指折り数えて計算し、友人たちに伝える。
「……1ジェムが、だいたい三千円ぐらいの価値になるのかな。……もっと安いものとか、どうするんだろ」
「あ、見て見て。一階の酒場の料理やお酒の値段表があるよ。ビールやワイン一杯が1/10ジェム、おつまみもだいたい一品1/10ジェムからだって。1/10ジェムっていうのがあるのかもね」
勇希がそう言って、部屋の傍らにあった木のプレートを見せてくる。
それをのぞき込み、怪訝そうな顔をするのは神琴だ。
「しかし思うのだが、この文字は日本語ではない見ず知らずの記号で書かれているし、この世界の住人の言葉も日本語ではない。しかし私たちには読めるし理解できる。……これはどういうことだ?」
それには真名が首を横に振り、あきらめの顔。
「……そういうのは、考えたら負けだよ。……スキルの使い方がなんとなく分かるのと、同じようなものと思っておけば」
「不思議だよねー。この世界に来てから、不思議なことだらけだ。さしずめあたしたちは、不思議の国のアリスだね」
勇希がけらけらと笑う。
それを受けた真名は、大きくため息。
「……アリス・イン・ワンダーランドにしては、物騒なこととか、危険なことが多すぎるけど。……危険っていえば勇希、今、ブレイブチャージっていくつ?」
真名がそう言って自分の変身用のカードをひらひらと見せると、勇希もまた、自分のカードを確認する。
「ブレイブチャージ──79%って書いてあるね」
「……ボクのは今、100%まで回復してる。……神琴は?」
「私のも100%だが、これがどうかしたのか?」
「……ううん。……やっぱり勇希のだけ、すごく減ってるなと思って。……ユアンが言ってた。……ブレイブチャージは、命を守る最後の砦で、戦闘不能になる以上のダメージを受ければ受けるほど減る。……それがたくさん削られているってことは、勇希はボクより痛い目に遭ったし、ひどい目に遭ったんだなって」
そして真名は、勇希のベッドのほうへと移動すると──
その全身で勇希にひしっと抱きついて、勇希をベッドに押し倒した。
驚いたのは勇希だ。
「……ま、真名?」
やがて聞こえてきたのは、嗚咽し、すすり泣く真名の声。
「……ごめんね……ごめんね、勇希。……ボクが無謀な作戦を立てて、それで勇希をたくさん傷つけたのに……それなのに、勇希はずっと笑って……ボクを励ましてくれて……」
真名は押し倒し、抱きついた勇希の上で、涙を流して泣いていた。
その様子を見た勇希は、優しげな表情で、自分に抱きついた真名の髪をなでる。
「……大丈夫だよ、真名。あたしは大丈夫。真名が頑張ったってことは知ってるし、何より、あたしは真名のことを大好きだから。真名を恨んでなんかいないし、嫌ったりもしない」
「……ぐすっ……ありがとう……ありがとう、勇希……」
「それに、それを言うんだったら、ああなったのはあたしたちのわがままに真名を付き合わせたせいなんだから。あたしのほうが真名に謝らないといけない。……ごめんね、真名」
「……ううん。……だって、ボクも本当は、ああしたいって思ってた。……ユアンを見捨てたくないって」
「うん、知ってる。あたしは真名が優しい子だって、よく知ってるよ。だから泣かないで」
「……うん。……ボクも勇希が優しいのは、よく知ってる……」
一方、その様子を見ていた神琴は、指先でぽりぽりと自分の首筋をかく。
「あー……私はその、お邪魔虫か? 何なら、しばらく部屋を出ているが……」
その言葉に、真名と勇希がぴくりと反応した。
そして、勇希が何かを思いついたように真名を手招きし、その耳元で何かをささやく。
それから真名がこくりとうなずき──
勇希と真名の二人が、神琴のほうを見た。
その二人の顔には、にこーっとした笑顔。
その二人の様子に慄く神琴。
というか、さっきまで泣いていた真名はどこへ行ったのか──
「な、何だ、二人とも……? その……私は今、何かとても大きな危機感を覚えているのだが……」
ベッドの上でぺたんと座り込み、怯える神琴。
そこに、ゆらりと立ち上がった勇希と真名が迫る。
「くっくっく……せっかく一緒の部屋で寝るんだから、この機会にスキンシップを深めたらどうかなと思ってねぇ、神琴? いつも恥ずかしがってるけど、嫌いじゃないのは知ってるんだよぉ?」
「……一人だけ、蚊帳の外にはいさせない。……神琴、覚悟」
「ちょっ、ちょっと待て……お、お前ら、落ち着け、な? そういうのは、もっと、こう、大事にしてだな──ああああーっ!」
少女たちが宿泊した三人部屋からは、どったんばったんと激しい物音が鳴り響く。
果てはブレイブ・イグニッションの光までが飛び交い、それはそれは賑やかな時間になったのであった。