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第一話 プロローグ

4月30日、ヴァルプルギスの夜に合わせた企画小説です。

拙作「妖精郷の迷い仔」に連なる、「ヴァルプルギスの魔女」シリーズの短めの小説です。


30日中に完結します。

おおよそ1時間に1話(アバウトです。長くなったり短くなったりします)をアップする予定です。

 金属が打ち合う音。

 大地を踏み鳴らす音。

 己を奮い立たせる戦叫(ウォークライ)


 森の中で、平原で、海岸線沿いに、海上の船の上で。

 それらは遠く彼方から、近くは耳元で、即ちそこら中から聞こえてくる。

 ――戦場音楽。

 古代の戦は英雄達の舞台である。

 火砲は未だなく、人と人とのぶつかり合い。

 剣と戦斧と槍と盾、鉄同士が高低様々な音を立てる。

 ただ弓撃のみが、音もなく命を奪っていった。


 英雄。

 名誉や矜持や義のために戦う、誇り高き戦士達。

 北海に浮かぶローマ属州の島国ブリタンニア――今は属州ですらないが――は、五世紀に入ってからというもの、どこもかしこも英雄達の戦いが繰り広げられる有様だった。


 夏も近いというのに、薄ら寒い日だった。陽光は分厚い雲に遮られ、地表近くには朝から立ち込めていた霧が残り、戦士達は足を草の露で塗らし、泥で汚しながら戦っている。こんな日は英雄たちの序列にも大番狂わせがあるものだ。足を滑らせた有力な武将を討ち取れば武勲を上げられる。

 そんな戦士達の高揚感に満ちた舞台を、苦々しく見つめる二つの影があった。


「今度もピクト人(ウォード)側につくのか、アナよ」


 数百人の大混戦を丘の上から睥睨し、白いローブを纏った白髭の老爺が言った。老人の耳は先が尖り、その瞳は紫色で、人でない者の血が混じっていることが見て取れる。


「状況が変わりました。ローマは数十年も前にブリタンニアを放棄した。戦下手のブリトン人では虐殺されるのが目に見えています。それにピクト人だけではありません、愚かなウォルティゲルンがピクト人と対抗するために雇ったアングル人やサクソン人も、南で勢力を強めて建国までしたというではないですか。戦場の拮抗を新たに作らなければ、この地は血に染まるでしょう」


 アナと呼ばれた人物は、年端も行かない少女に見えた。薄紫色の髪を肩口で切りそろえ、その瞳も薄紫色。こちらも人ならざる血脈を感じさせる見目をしている。老爺とは対照的に、黒い衣装を纏っている。ぴったりとした体の線が出る薄手の衣服に、黒いマントを羽織っていた。


「いずれ戦は避けられぬ。血は流れよう」

「それでも、流れる血が少なくなるのなら、やる意味はあります」


 英雄とは、言い換えれば美化された人殺しであると、二人は考えていた。

 この考えはこの時代にあっては少数派である。

 この時代の人々にとって戦場で武勲を上げることを喜ぶのは当たり前であり、戦士達にとっては誉れ高い事であるのは二人も理解していた。

 それでも人が争い、血が流れることは、二人とも嫌いだった。


 西暦四一〇年。ブリタンニアからローマ軍が撤退した後、北方カレドニアののピクト人から自分達の領土を守るのは、属州の民であるブリトン人自身しかいなかった。

 支配者を失って小王国に分裂していたブリトン人は、猛攻を繰り広げるピクト人に泡を吹いた。ローマに援軍を送っても良い返答はなく、ブリトン諸国の上王であった偉大なる暴君テュランヌス・スペルブスウォルティゲルンはとうとう、ローマ軍が傭兵として雇っていたアングル人、サクソン人、ジュート人(まとめてアングロサクソン人と呼ばれる)を招聘した。

 アングロサクソン人達も豊かなブリタンニアの土地を手中にしようという動きを見せており、ブリトン人と戦火を交え始めたところだったが、上王は南東の地、ケントを領土として与える事で彼らを味方につけた。

 ところがローマ軍撤退以前より、経済的に衰退を見せていたブリトン諸国には、彼等を満足させるだけの報酬を払う力はもはやなく、不満を抱いたアングロサクソン人は、ジュート人のヘンギスト、ホルサの兄弟を王として四五〇年頃にケントに王国を樹立し、ブリトン諸国を攻め始めた。


「貴方はどうするのですか、マーリン」


 マーリンと呼ばれた老爺――アンブロシウス・メルリヌスは、邪悪な笑みを浮かべて、南の方を指さした。


「もちろんブリトン人側につくわい。数年前に、ロンディニウムとコーンウォールの王家に仕込み(・・・)をしておってな。先日ロンディニウムのウーゼル王がケントとの戦いで戦死したのは知っておろう。そこに儂が手塩にかけて育てた英傑を王として立てる」

熊の子(アルトス)、ですか」

「左様。戴冠石(リア・ファル)は必ずや小僧を選ぶ。それも仕込みじゃ。稀に見る偉大な王にして軍団指揮官――新たなペンドラゴンが誕生する。まぁ戦況から見てロンディニウムはアングル人に奪われようが、そこに抗戦して巻き返す英雄がおれば、ブリトン人も奮戦しようて。これでローマがおらんでも、戦況は拮抗するわい」

「あの子はまだ子どもです。戦場に出すのは早い」

「――と思うじゃろう? だからのう、そなたもブリトン人側につくと言うなら、小僧を助けてやってくれ」


 一層邪悪な笑みを浮かべる老爺。

 彼は魔術師にして予言者である。先を見通す目を持っている。

 アナは子どもが戦の割を食う事をひどく嫌っている。自分が断れない状況になる事を見越して仕込みをしていたのであろうこの老爺を、苦々しげな目で見つめた。

 二人は戦場で血が流れるのを嫌うという点では考えを同じくしていたが、その手法については相違があった。

 大魔術師と尊崇を集めるマーリンは、自分が血を流すのもさらさら御免であったから、権謀術数で人を裏から唆し、取引し、状況を動かす事を好んだ。

 絶望の魔女と恐れられるアナは、他の何者の血が流れることをも嫌い、積極的に自分自身が戦場で戦を止めるのを厭わなかった。


「……よいでしょう。魔女アナ=ヴァルプルガが引き受けます。貴方の口車に乗って、熊の王(アルトス)を支えてご覧に入れましょう」



 このより後、熊の王、後にアーサーと呼ばれるアルトス・アウレリアヌスは、大魔術師マーリンことアンブロシウス・メルリヌスと、絶望の魔女と恐れられたアナの守護により、イングランドを侵略者からの驚異から守り、数十年の僅かの間ながら、ブリタンニアの地に平和をもたらす事になる。



 これは、その前後に起こった、出会いの物語である。

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