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6 味方

 まずお父様に話した真実についてだが、ルージ関連は包み隠さず話した。

 唆されたこと、書斎に忍び込んでしまったこと、あの書類のこと、その後の脅迫めいた指切りのこと。

 更に、その日から今までの、ルージの両親に対する誘導や私への追い討ちを思い出せる限り話した。

 

「一気に話しますから、相づちは要りません。まずはどうかありのままを聞いてください」

 

 とお願いしたのだが、話の途中から話し終わった今まで、お父様はベッドに肘をついてゲンドウポーズになってしまい沈黙したままだ。

 更に、お父様の感情に魔法的な何かが反応しているのか、部屋の気温がガクンと下がっている。

 

 お父様の足元周辺から凄い冷気が立ち上ってくるんだけど、これ大丈夫かな?魔力暴発直前とかじゃないよね……?

 

 それと私自身の突然の回復については、夢の中で何かの声を聞いたということにしておいた。前世の記憶を思い出してSAN値(正気度)が大回復したからですとは流石に言えないし……。

 

「生きる気力も体力もとうとう尽き果てて、私は死ぬのだと思いました。これ以上迷惑をかけるのならそれが良いとも……。その時夢の中で、何かの声を聞きました。まだ天に召されるのは早い、と」

 

 我ながら胡散臭い話だが、そのあたりでお父様はゲンドウポーズのまま鼻をすんすんしていた。泣いてるし、たぶん信じてくれている。

 というか、アリスとしての知識的にこの世界には魔法や精霊が実在するので、神の声を聞いたとか精霊やご先祖様に囁かれたとか言ってもそれほど不自然ではなかったりする。

 この辺のウキウキファンタジー要素はあの毒婦を追い払ってからじっくり勉強したいものだ。

 

 さて、長らくゲンドウポーズになっていたお父様が顔を上げた。

 

 ピンと空気が張りつめていく。

 

 目は泣き腫らしたようになっているが、表情はオーキュラス家当主としての顔になっている。

 

「お前は、そのメイドの話を信じるかい?」

 

 父の表情で私は答えを知った。覚悟を決めた父親の顔をしているのだから、そういうことなのだろう。

 

 それならば、私も思うままを伝えるだけだ。

 

「私は、お父様とお母様を愛しています。そして、私を愛してくださっていると信じています。それならば、私はルージの話の真偽など……どちらでも良いのです」

 

 嘘だ。

 

 アリスとして生きてきた心が泣いている。私の心の、まだ未発達な柔らかい部分が悲鳴をあげている。

 だから、こんなに冷静なのにすっと涙が流れてしまったのだ。

 

 ふと目の前が暗くなったと思ったら、父に力強く抱き締められていた。

 ベッドに乗り上げた父は私をかき抱くように包み込んでいる。

 

「アリス。私はお前の親として、お前を、とても愛しているよ。例え始まり方が、他の親子と違ったとしても……」

 

 父はゆっくりと魂を込めるようにそう言ってくれた。

 

 私は父の背中にそっと手を添えてそれに返事をした。

 

 

 ◇

 

 

 しばらく抱き締めあって親子の愛を実感していたが、ノックの音で二人して我に返った。

 父は名残惜しそうに手を離し、ベッド横のアンティーク椅子に戻る。

 ちなみに部屋の冷気は抱き合った時に無事霧散していた。

 離れる際に頭を一撫でしてくれたのがくすぐったい。

 

「アルフォンスか?」

 

 はい、と返事が聞こえて、入室の許可を取ったアルフォンスさんが部屋に入ってきた。

 

「人払いと口止めは済ませたか」

 

「はい、完了しています。この一画には誰も寄らせないよう申し付けてあります。私はどうしましょうか?」

 

 父にどうしたいかと視線で問われたので、こくりと頷いた。

 

「うん……そうだな。アルフォンス。お前はこの子の出自も知っているな。話に入ってくれ」

 

 なんと、アルフォンスさんも私の出自について知っていたのか。

 私が目をぱちくりしていると、アルフォンスさんが大慌てした。

 

「なっ……!旦那様、なぜその話をお嬢様の前で……?!」

 

「アリスは2年前に自らのことをすべて知らされていた。だからこそ、この話をするために起きてすぐ人払いを頼んだのだ」


「!!なんと……そんな……一体誰が……!」


 アルフォンスさんは震え上がり、信じられない、と頭を抱える。うん、まぁ五歳児……当時は三歳か。三歳にそんな真実をバラすなんて鬼畜の所業だよね。

 

 とにかくそんな訳で、私はアルフォンスさんにかいつまんで事の成り行きを説明した。

 普段は冷静沈着で仕事を優雅かつバリバリとこなすアルフォンスさんだが、話の展開に合わせて泣いたり怒ったり意気消沈したりとかなり忙しい。

 アルフォンスさんが怒りに燃えるとなぜだか部屋の温度もガッと上がり、背後には蜃気楼のようなモヤが出たが、察したお父様が何事か呟いて指を振ったら冷風が吹いて平温に戻った。

 嗚呼!ファンタジー!!早くファンタジーに集中したいけど今はお口チャック!!

 

 そんな風に脳内で騒ぎつつ話しているうちに、アルフォンスさんは父と同じゲンドウポーズになってしまった。内心ちょっとだけ笑ってしまったのは秘密だ。

 

 それと、アルフォンスさんに説明しつつ父をチラ見したらとっさに目を逸してしまうくらいの完全なる修羅になっていた。さっきはゲンドウポーズでわかんなかったけど……。

 私が脅されているシーンでは、何かが限界突破したのかうっすらと上品な笑みすら浮かべつつ虚空へ向けて氷の眼差しだ。これもう、ルージ絶対殺すマンだ。魔王の覇気みたいの出てる。

 

 家庭の問題で憔悴している姿ばかり見ていた私には、マイナス方面とは言え力のみなぎる父はなんだか新鮮だった。絶対に怒らせんとこ……。

 

 さてさて、あらかた話し終わったところで、撃沈していたアルフォンスさんはゆらりと立ち上がり、私に向かって完璧な90度の礼をした。

 

「お嬢様、この度は私の部下の万死に値する行い、大変申し訳ございませんでした。そして私はお嬢様が苦しんでいる時気づけず、更に長い間追い詰められている事にも気づけず、何のお役にも立てませんでした。重ねて御詫び申し上げます」

 

 苦しげな声でアルフォンスさんは続ける。そして次はお父様に向かった。

 

「旦那様、執事として屋敷の者を把握しきれていなかったことはもう言い訳のしようもございません。今回の事を完全に終わらせた後には、どのような処分もお受け致します」

 

「そうか。ならば処分しよう」

 

 !!

 

 私はお父様へ勢いよく視線を戻した。お父様は感情を感じさせない瞳でアルフォンスさんを見詰めている。

 

「かしこまりました。完全に終息して引き継ぎが終わりましたら、如何様にでも……」

 

 アルフォンスさんは覚悟を決めた顔で再び頭を下げた。

 

「ああ、そうだな。私の見立てでは終息まであと70年はかかるだろうから、それまではよろしく頼むぞ」

 

「!!」

 

 アルフォンスさんがバッと顔を上げた。

 

 お父様はやれやれ、という顔をしていた。そして疲れたように呟く。

 

「オーキュラス家にとって、お前以上の執事はいない。従って引き継ぎができない。だから精々、幸せな結婚をしてしっかり執事の跡継ぎを育て上げるまでは、退職は許さない」

 

「ジークムント様……」

 

 アルフォンスさんは感動に震えている。下げた頭からほろりと涙が落ちた。

 

「お前を退職させなければならないのだとしたら、むしろ私の方が先に当主を、そして夫や父親を辞めなければならないさ。なにしろ自分の娘の身に何があったのかも、妻が何故あれほどまで病んだのかも突き止められなかったんだからな」

 

「それはいやです!」

 

 私は咄嗟に言った。

 

「お父様はずっと耐えて、しかも私とお母様を愛し続けてくださいました!私は、お父様がお父様なのが良いです!!」

 

 実際にそうだ。あっさりと離婚してしまう現代日本を見てきた私から見て、お父様のなんと辛抱強く愛情深い事か。

 

「それに、アルフォンスさんがお父様とお母様を支えてくださっていたこと、見ていました。アルフォンスさんがいたから今までこれたんです!私も、執事はアルフォンスさんがいいです!」

 

 思ったことをそのまま叫んだ私だったが、その言葉を聞いてお父様とアルフォンスさんがウッと目を覆った。

 

 話が進まないので私は二人に向けて宣言した。

 

「ええと、とにかく……私はお父様もアルフォンスさんも大好きです。はやく立ち直れなかった自分を悔やみこそすれ、家族のことは何も恨んでいません。だから、一緒に悪い奴をやっつけてください!」

 

 ルージぶっ殺そうぜ!とはキャラ的に言えないので八ツ橋に包んで言うと、お父様とアルフォンスさんの空気が変わった。

 

「お任せくださいお嬢様、今度こそこの執事、命に代えてもお屋敷に巣食う害獣を駆除致します」

 

 そうアルフォンスさんがきりっと宣言すると、先程のように感情の昂りに合わせて周囲の温度がぐっとあがった。アルフォンスさんの深い赤色の髪がふわりと舞う。

 赤茶の瞳は決意の炎に揺れていた。

 

 お父様も負けじと続けた。

 

「オーキュラス家当主ジークムント・シュテファン・オーキュラスとして、今度こそ行いを間違えないと約束する。愛する娘の望む結末だけを約束しよう」

 

 こちらも感情の発露に合わせ、薄氷の色をした髪がどこからともなく吹いた冷気に揺れた。

 蒼い瞳は美しく底知れない光を宿している。

 

 

 こうして、お父様と執事という最強の味方が出来たのだった。

 

 

 

 

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