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62 ラーミナ教と青い衝動

レイ視点です。



 ラーミナ教。


 

 それは、この神聖スヴェラストリ帝国の皇帝一族を、神の末裔と考える宗派だ。

 

 複雑な国内の環境により、これは現在は完全に統一されたもの……つまり国教ではない。

 だが、自分たちに有利な教義内容を皇帝一族が公認しているために、ほぼ実質上の国教となっている。

 

 ちなみに原始の神話に登場する神以外を認めないハスタ教という宗派もあり、それを国教とする隣国シンハライトとは、様々な理由で宗教戦争とも言うべきものを繰り返してきた。

 

 しかしまぁ、宗教戦争というのは実質、土地と領民や資源の奪い合いに「布教」「聖戦」という建前をつけたものが殆どなのだが……。

 

 

 さて、本題だ。

 

 事の発端がなんだったのかは、公には分からない。

 だが、ある時から突然、新貴族とラーミナ教の距離が急接近した。

 

 元々、ラーミナ教は貴族よりも民衆向けの教義、活動が多い教団だった。民に皇帝への忠誠を求めるという構図だ。

 そして、国民の大半である農民や商工、牧畜の民が真面目に、素朴に、実直に生きて社会に貢献することを求めるものだった。

 

 しかし新貴族と近づくことで、その在り方は少しずつ変わり始める。宗教を使う側だった貴族が、使われ始めたと言ってもいいかもしれない。

 

 それは新貴族なりの皇帝との近づき方だったのかもしれないし、熱心な信者が偶然有力者に多かったのかもしれない。

 

 どちらなのかは分からないが、それまで平民寄りだった宗教が、貴族の一勢力を密に取り込んだことで変化した。ラーミナ教は更に力をつけたのだ。

 

 その力は次第に国の重要な機関である三校にもおよび、その教義内容により授業内容は大きく変わった。

 

 影響を与えることになった教義の一部はこうだ。

 

「幼子は十を数えるまで神の子である」

「神の子供は愛し慈しむべきである」

「親は神の子を助け、見守るべし」

 

 これらの言葉の意味は、額面通りの意味ではない。

 

 大元が民衆向けであるこの教義の意味するところは、子供は親と共にあれ……つまり、ぶっちゃけてしまえば学校に行くよりも家にいて、家業を手伝えということなのだ。

 

 これに、以下の教義内容をミックスした結果が「子供に平等と平穏を」という風潮と魔術を疎かにする原因となった。

 

「他者を傷つけるべからず」

「争いの術を学ぶべからず」

「人はみな、土の上でよく働き、共に助け合うべし」

「机上に傾倒せず、実直に家畜と作物を育てよ」

 

 繰り返すが、こういった教義内容は、本来平民向けのものだ。

 その上、大昔から伝わっている根本の教義から解釈した言葉を、教会の有力者が付け足していったものが多分に混じっている。

 

 ……はぁ。

 なんでこんな難しいことを考えているのかといえば、学園長の突然の部分的飛び級……というより授業免除と研究推奨発言のためだ。

 

 俺は教室への道を歩きながら考える。

 

 ラーミナ教と貴族の結び付きが強くなった余波で学園の授業内容が変わった訳だが、それは当然教師の仕事内容にも変化をもたらした。

 

 昔の教師に比べて、今の教師は随分と楽をしているらしい。

 それもそのはずだ。なにしろ、現在教えている授業内容は少し前と比べても五分の四。

 失伝した術や理論を含めれば、どれほど減っているのか分からない。

 

 教える側の負担がどれだけ減っているのかは推して知るべし。

 

 先程の職員会議で嫌な顔をしていた連中は、ラーミナ教の教義のこともあるが、自分たちの負担が増えることを嫌がったのも本音としてはあるのだろう。

 

 さて、こうした変化に国の未来を案じるものや、子供の未来を案じるものは当然いた。

 

 だが、金銭的に勢いのある新貴族が支持するラーミナ教、および皇帝を敵に回すのが得策でないことは誰もが感じるところだったのである。

 そして、教義で言うところの「子」ではないミスティコの学生にのみ高等教育をすることで十分としたのだ。

 

 …………。

 

 それらに。

 

 今回、オルテンシア学園長は本格的に抵抗しようというのだ。

 

 面倒なことになるのは、確実。

 

 皇帝は、教育については普段は三校会議に判断を委ねている。だが、三校の代表者の一人、ゴッドホルト研究院長は熱心なラーミナ教信者だ。彼が黙っているとも思えない。

 この件は必ず皇帝の耳にも届く。

 

 オルテンシア学園長が就任してからのこの一年ほど、ただでさえ細かな騒動は絶えなかったというのに、その比ではない何かが起ころうとしている。

 

 それを心底面倒だと思い、溜息をつきながらも。

 

 ……俺は、実は高揚していた。

 

 事なかれ主義へ堕落した今と違い、志高く教師になった当初。

 俺とて、子供達へ真摯に向き合い、今よりも現状を向上させるべく教鞭を振るおうとしていた。

 

 資料室で昔の資料を調べ、古く失われつつある知識を授業に盛り込もうとしたり、上級生の勉強を先取りさせてより高めようとした。

 

 だが、すぐに制止がかけられた。

 

 先輩教員、過激な一部の保護者、そしてなによりも。

 前校長であるレイガトス。

 

『クビにされたくなければ、我が校……否、ラーミナ教の方針に従え』

 

『お前、浮いてるよ。何がしたいんだ?これ以上は庇えないぞ』 


 そういった言葉達と、自分の他の諦めきった教師の姿に、俺は挫折して保身に走った。そして現実はこんなものかと腐っていたのだ。

 

 憧れていた先生が、昔一人だけいた。既に消えてしまった人だが、その姿を追い求めて教師になった。

 だが、あまりの現実の圧力に俺はその他大勢になることを選んでしまった……。

 

 だが。

 

 だが、アリスと、アリスに影響を受けた者、オルテンシア学園長の邂逅により、三校会議という大きな動きが出現した。

 というより、今思えばオルテンシア学園長は構想を練って待ち構えていたのだろう。小手調べを1年間繰り返し、今が機会と見てアリスの解答を使ったのかもしれない。

 

 それに俺は……腐っていた俺は、やれやれというポーズをとりながらも、内心で失われていた熱が少しずつ戻ってくるのを感じていた。

 

 くそ、らしくない。学生みたいに青い衝動が死ぬほど気恥しい。

 

 学園長のことは、脳内でアホ学園長と呼んでいた。やりたい放題やってる姿に、自分の挫折した青い衝動を突っつき回されて堪らなかったからだ。

 希望を持たされたくなくて、堪らなくて。

  頭の中で何度も罵ったり、拒否した。

 

 でも、もしかしたら今度こそ……。

 

 俺はそんなことを考えながら、職員会議で学園長が最後に言った言葉を反芻しながら午後の教室に入ったのだった。

念の為に書いておきますが、実在の思想・団体・政策などを批判している訳ではありません。


レイ先生は一度挫折してひねくれちゃってたのでした。オルテンシアが学園長になった時点でやり直せ!って言いたいとこですが、なかなか人間変われませんよね。


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