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44 中立貴族とのお茶会


 お誕生日会から季節は進み、今は春。4月だ。

 

 1月に新年を迎えた時はまた親戚で集まったり、バージル家でのお勉強会にたまにオルリス兄様が加わったり。

 あと、側近逹やお友達が私の勉強カリキュラムになにやら驚いて猛勉強を始めたりと、細かい変化や出来事はあったが、大きな事件はなかった。

 

 ……今の今までは。

 

「なによ!あなたがいけないことをしているから、止めたのよ?!」

 

 目の前でキーキーと喚いているのは、金髪ドリル頭のご令嬢。

 

 そう、ヴィランデル侯爵令嬢である。

 

 彼女が振り上げた手のひらを私がキャッチして抑えているこの修羅場に至るのには、いろいろ訳があった。


 まず、地獄のブートキャンプと猛烈なお勉強をこなし続けた私は、ヴィル兄様とお姉様の「これならまぁ、入学レベルは合格かな」というOKサインを貰った。

 

 そもそも算術なんかは前世チートで勉強いらずなのだ。あまりにそれだけ出来すぎていてお姉様が首を傾げていたが、この世界の、一般教養レベルの数学はそれほど発達していない。

 そんなわけで算術は1度教えて貰ったら即テストしてクリアし、ほぼパスしてしまった。

 その分の時間をほかの勉強に当てられたのはかなり大きい。

 

 勉強について少し安心した私は、入学まで残り半年ということもあり、社交の方にも力を入れることにした。

 

 お誕生日会で元気な姿をお披露目したとはいえ、それはほんの一部の貴族に対してでしかない。

 多くの古貴族や中立貴族、そしてほぼ全ての新興貴族は、実際に私を見ていないのだ。

 2年間引きこもっていた私のことを幽霊令嬢だと思っている者はまだまだ多いだろう。

 

 先代アリスにオーキュラス家を、両親を守ると宣言した以上、その悪評をそのままにすることはできないのだ。

 

 そんな訳で出席した本日のお茶会で、事件は起きた。

 

 そもそもの事件の発端は、バッティングだ。

 

 中立寄りな貴族のアイデーナ家にお呼ばれしたので、同じく呼ばれていたローリエ様と共に向かった。側近にはユレーナだ。

 

 すると、なんとお茶会会場にはヴィランデル侯爵令嬢がいたのだ。

 

 この家の執事が慌てているところを見ると、どうやら手違いで同じ日に呼んでしまったようで。

 しかしUターンするわけにも行かないので、席についてお茶会を始めた。

 

 幸い、呼ばれているのは十数人以上の大型のお茶会だ。どの家の子供も入学前のお友達作りに余念が無い。

 そんな訳でテーブルは別にすることができ、関わらずに済むかと思っていたのだが……。

 

 ものっすごい、視線を感じた。

 

 あまりに穴が開きそうな視線なのでたまに盗み見ると、向こうのテーブルでおしゃべりはしているようだが、時々目を爛々と光らせてこちらを見ている。

 

 睨まれている訳では無いので放置していたのだが、主催のアイデーナ家のエリシア様とローリエ様、私の3人でおしゃべりしている時に、それは起きた。

 

 ◇

 

「その、アリス様。本日は申し訳ありません。手違いで、その……」

「いいえ、気にしないで下さい。別に戦争している間柄という訳でもないのですから」

 

 エリシア様はヴィランデル侯爵令嬢の方をちらちらと見ながら謝ってくれた。

 中立貴族としてはどちらとも付き合わなければならないのだろうし、後で向こうにも謝りに行くのだろう。大変だなぁとぼんやり思う。

 話をお茶会らしいものに戻してあげたかったので、ふと目に入ったローリエ様のつけている髪飾りを褒めてみた。

 

「ところで、そのローリエ様の髪飾りはとても素敵ですね。お誕生日会に来てくださった時にもつけていましたよね」

「本当ですね。とても素敵です」

 

 金色の月の形をした髪飾りは、艶やかな紫色のローリエ様の髪に映えてとても似合っていた。

 エリシア様もホッとしたように話に乗ってくる。

 

普段はクールなローリエ様も、褒められたのが嬉しかったようでにっこり微笑んだ。

 

「ありがとうございます。これはエインズシュット家に代々伝わるもので、とても大切なものなのです。ここの部分の宝石は、エインズシュットだけで採れる特産品なのですよ」

「まぁ、素敵ですね!」

 

 まさに領地を表す髪飾りというわけだ。ローリエ様は髪飾りを外して手のひらに乗せ、私達に見せてくれた。

 

「わぁ、きれーい……」

 

 エリシア様と一緒にはしゃいでそれを覗き込んだ、その時。

 

 視界の端で赤いドレスがざざっと動いた。

 

「っ?!」

 

 驚いてそちらを見ると、なにやら勝ち誇ったような笑みを浮かべたヴィランデル侯爵令嬢がこちらへツカツカと歩いてくる。

 そして、いきなり手を振りあげたのだ!

 

「なっ!」

 

 思わずその手を白刃取りする。後に控えて給仕していたユレーナが悲鳴をあげた。

 

 ヴィランデル侯爵令嬢は、その姿勢のまま大声で叫んだ。

 

「人のものを無理やり奪おうとするなんて、最低ですわ!!」

 

 ……は?

 

 ここで冒頭のシーンである。

 

「いえ、奪うだなんて!ただ見せてもらっていただけです!」

 

 びっくりして否定すると、ヴィランデル侯爵令嬢はキーキー喚き始めた。

 

「いいえ!見ていましたわ!あなた、その髪飾りを外させたでしょう!そしてそれを、権力にものを言わせて貰おうとしていたわ!!」

 

 はい??

 

 すごい勢いで意味のわからないことを言い出した。するとエリシア様がフォローに入ってくれる。

 

「あの、本当に、私と2人で髪飾りを見せてもらっていただけですよ」

 

 ローリエ様も慌てて否定する。

 

「そ、そうです。アリス様はこれが欲しいだなんて一言も仰っていません!」

 

すると、ヴィランデル侯爵令嬢は信じられない、という顔でローリエ様を見た。

 

「なんですの?!あなた。今私はあなたを助けようとしたのよ?!何故感謝しないの?!」

 

 え、えええ?!

 頭大丈夫か、この子?

 

 どうやら思い込むと一直線なタイプのようだ。

 

 同じテーブルについていた子達は私たちの直前のやり取りを見ていたので、ヴィランデル侯爵令嬢を怪訝な顔で見ている。

 しかし他のテーブルの子達は事情を知らないので、私のことを不快そうな表情で見始めた。

 ちょ、やばいかも……。

 

すると、ガタンとローリエ様が立ち上がった。

 そして、今なお私を叩こうと力を入れているヴィランデル侯爵令嬢の腕を、パシンと叩いたのだ。

 

「なっ……!」

 

 それに余程驚いたのか、よろけて後ずさる侯爵令嬢。

 

ローリエ様ははっきりとした声で宣言した。

 

「エインズシュット家の名にかけて誓います。アリス様は、権力で私のものを奪おうとしたことなんて1度もありません!」

 

 それを聞いたお茶会参加者たちは、あれ?という顔をした。

 

 しかしその宣言を受けて、ヴィランデル侯爵令嬢はまた大声をあげる。

 

「可哀想ね。そう言えって命令されてるんでしょう!」 

 

 それを受けて、またもや参加者たちが混乱した顔をする。

 

訳が分からない展開にどうしたらいいか分からないままでいると、ヴィランデル侯爵令嬢はローリエ様にビシッと指を突きつけた。

 

「いい、あなた?!私はあなたを助けましたわ。権力に怯えず立ち向かいなさい!ふん!」

 

 そう言うと、帰りますわ!と言って踵を返し帰っていった。

 侯爵令嬢の従者が慌てて追いかけていく。

 

「ええ、えええ……?」

 

 訳が分からずぽかんとしてしまう。すると、ローリエ様はぶるぶると震えて低く怒りの声を出した。

 

「辺境伯家が侯爵家よりも下とは言え、なんです、あの態度……!まるで私が弱者のような言い方して……!!おまけに見当違いなことでアリス様を侮辱して……!!」

 

 うお、背後に般若が見える。

 確かにあれは、ローリエ様を完全に見下した上での恩着せがましい感じだった。

 

 な、なんだったんだ……。

 

 そう思うものの、ヴィランデル侯爵令嬢の言動に私はとある確信を抱いていた。

 というより、初めて皇立庭園で遭遇した時から、そうじゃないかと薄々思ってはいたのだ。

 だがこうして事件が起こったことで、ソレは決定的なように思われた。

 

 ちなみにこの日のお茶会は結局、不穏な空気に包まれてしまい。

 あまり人脈を作れないまま終わってしまったのだった。

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