40 お誕生日会その③
「け、決闘って、何をするんです?!」
私は驚いて声を上げる。プログラムには催し物と書かれていたものの、そこの具体的な内容は関知していなかったのだ。
「あれ、アリスは知らなかったっけ?こういう大きなパーティーには、見せ物としての剣舞か決闘がつきものなんだよ?」
「えええ、なんですかその物騒な文化……」
驚く私にヴィル兄様は肩をすくめる。
「今は平和な時期だけどね。戦や、治安が悪化した時に民を守るのは貴族の義務だから。それを忘れないようにってことらしいよ」
「剣術と魔術の競い合い、切磋琢磨の意味もあるのですよ、アリス様」
ヴィル兄様の説明に、ヨハンが補足をくれる。
決闘という物騒な響きに何が始まるのかと思ったが、どうやら模擬戦闘というか……手合わせみたいなものを披露するということらしい。
安心したところで、アルフォンスさんの司会の声が響く。
「では。まず挑戦者です。アリス様の筆頭側近、アブデンツィア所属ヴィルヘルム・エリン・バージル伯爵子息!」
「ふふ。では行って参ります、アリス様」
にこーと笑ったヴィル兄様がひらりと身を翻して駆けていく。どうやら事前に知らされていたようだ。
「対するは、オーキュラス家当主、ジークムント・シュテファン・オーキュラス侯爵!」
そう呼ばれて、上品な拍手と歓声に包まれながら広場へ出るお父様。
社交用の麗しい笑みを顔に貼り付けて手を振っている。娘さん達の悲鳴が黄色い。
……まぁ。なんだかんだ中世~近世風の世界じゃ、やっぱり荒事、戦闘技術は尊ばれるよね。乙女ゲーの世界もわりとRPGというか、戦闘が多いって聞くし。
そんなことを思いつつ、身近なふたりの手合わせをハラハラして見守る。
ローリエ様とレティシア様もパーティー会場での決闘は初めて見るらしく、ドキドキした顔をしている。
マチルダとユレーナ、ヨハンは真面目な顔でヴィル兄様を見ていた。
年長ということで筆頭側近になっているヴィル兄様の評価は、彼らにも関わるので真剣なのだろう。
円形の広場で相対したお父様とヴィル兄様は、お互いにアサメイと指輪をはめた手を向けあった。
「では、決闘を開始致します。両者宣誓をお願い致します」
アルフォンスさんがそう言うと、まずヴィル兄様が口を開いた。
「我が守るべき主の為に、全力を尽くします」
それに対してお父様も宣言する。
「我が娘を守護する者を見定める。覚悟せよ」
どうやら常套句であるらしい形式ばった言い合いをした2人は、戦闘の構えをとった。
ヴィル兄様は腰を低くしてアサメイを構え、お父様は手のひらを前に向けてキリッと立っている。
「始め!」
アルフォンスさんの声により、両者が動く。
アサメイという物理的な武器を持ったヴィル兄様はさっと前に出てお父様に斬りかかる。
するとお父様は、腰に帯刀していた短剣でそれをキンと弾いた。
そして1歩距離を取ったところで「我が幸福よ」と囁く。
するとお父様の指輪を起点として寒風が吹き出し、ヴィル兄様の足元の地面を凍らせた。
それをバックステップで避けた兄様は、アサメイを構えて唱える。
「石門の獅子達よ通せ。枝葉行く道を!夜ごとの雨に打たれしものよ!」
唱え終わると同時に、ポーチから摘んだ粉を地面に叩きつける。
するとそれに応じるように土が盛り上がり、ドッと蔓草が飛び出た。
それは意志を持ったようにお父様を拘束しようと向かうが、お父様は余裕の表情だ。
「我が冬と共に落ちよ」
冷静なその声と同時に、蔓草が氷混じりの風に包まれる。あっという間に傷つき、凍った草は地面に落ちた。
悔しそうな顔をしたヴィル兄様は更に叫ぶ。
「石門の獅子よ通っ……」
そこまで言ったところで、お父様がすかさず叫んだ。
「行け、石窟に秘められた眠る氷。夜の狼、我がしもべ!」
その声に応じるようにして、空中に巨大な氷塊が現れた。それは歪ながら狼の形をしている。
それが大きな牙を剥き出しにして躍動しながらヴィル兄様へ向かう。
「なっ、危ないっ……!」
手を伸ばすが、届くわけもない。
驚き、一瞬動きの止まったヴィル兄様。
その光景にぎゅっと目をつぶってしまった次の瞬間、カッと光を感じた。
驚き目を開けると。
そこには、ヴィル兄様の前に両手を広げるようにして立ちふさがる、オルリス兄様の姿があった。




