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38 お誕生日会その①


 秋薔薇のシーズンも終わり、冬咲きの白いクレマチスやビオラの赤い花が咲く我が家のガーデン。

 そこは今、多くの人で賑わっている。

 

 パーゴラには魔晶石のランプが吊るされ、お屋敷に向けて渡された色とりどりの紐や飾りが、微かな風に揺れて明るい風景を彩っている。


 

 そう。

 

 

 今日は記念すべき、銀髪幼女爆誕祭!!

 

 

 ……じゃなかった。アリス6歳の誕生パーティーの日、なのである!

 

 

「本日は我が娘の誕生日会にお集まりいただき、誠にありがとうございます」

 

 今は会が始まったばかりで、お父様が満面の笑みでスピーチしている。

 

 お母様はお父様の斜め後ろだ。

 

 数日かけて磨きあげドレスアップした姿を、優雅な微笑みと共に来客へ披露している。

 一部の来客は、その美しい姿に感動のため息をついていた。

 

 それもそのはず、一か月前のあの日から、我が家+ハイメ家は、総力をあげてこの日の準備をした。

 特に私とお母様の磨きあげには余念がなかった。それはもう、結婚式かな?と言うくらい全身をピカピカにし、新たなドレスを作り、最新の流行とマナーの見直しをした。

 

 私はスーライトお姉様主導のお勉強があるので携わっていない部分もあるが、両親は私のデビュー戦だと全体的に相当な意気込みだった。いや、嬉しい限りだね。

 

「……では、前置きはこれくらいに致しましょう。それでは、我が娘をご紹介致します!……アリス、前へ来なさい」

 

 にこっと微笑んだお父様が、植え込みの後ろにアルフォンスさんと控えていた私を呼ぶ。


 

 その瞬間のお父様の甘い微笑みにお嬢様方から小さく黄色い悲鳴が飛んだ。

 それに笑いそうになりつつ、背中を押してくれたアルフォンスさんに微笑み返し、私も特訓した優雅な微笑みを浮かべてゆっくりと歩み出た。

所定の位置に立ってひと呼吸し、発声する。


 

「皆様、御機嫌よう。お久しぶりの方も、初めましての方も、これからどうぞよろしくお願い致します。アリス・リヴェカ・オーキュラスと申します。本日はご来場いただきまして、感謝致します」


 

 私は努めて笑顔で、ゆっくり、優雅に話す。

 

 すると、以前の私をちらりとでも見たことのある人々はどよめき、私を元々見たことなかったものは感心したように声を出した。


 

 ……ふう、第一歩は成功かな。


 

 会場を見回してみると、大体50人ほどの人が来ている。

 席次のグループ分けとしては、前の方には血の繋がりのある者、真ん中にハイメに付き従う古貴族達、後ろの方に中立派となっている。表情や温度の違いでも割とそれがよく分かった。

イメージ払拭のためにも中立派を呼んでいるのだ。大いに驚いてほしい。


「本日は、立食形式でお料理やお菓子をご用意致しました。また、催し物もご用意しています。お祝いに来てくださったお礼と言ってはささやかなものですが、皆様、どうぞ楽しんでいってくださいませ!」

 

 そう締めくくると、会場は拍手の音に包まれた。

 

 私は一礼して一旦下がり、お母様の横へ行く。お母様は満面の笑みで私を迎えてくれた。

 

「アリス、とても立派でしたよ!姿勢も声も、表情も可憐でした!」

 

 本当に嬉しそうに両手をぎゅっと握ってそう褒めてくれるのが嬉しくて、私は頬を染めた。

 

 しかし会場は食事と歓談の時間に入り、次々に私の元へ挨拶の人が訪れる。私はお母様から離れ、用意された場所でひたすら挨拶するマシーンと化した。

 

 最初に訪れてくれたのはもちろんハイメ家の一族だ。

 

「誕生日おめでとう、アリス。エレオノーレに似て美しくなったね」

「ありがとうございます、お爺様!」

 

 まず最初に声をかけてくれたのは、ロマンスグレーを体現したハイメ方の祖父、リヒテライトお爺様だ。

 私が回復してから会うのは2度目で、1度目は例のお墓参りの時である。あの時は私がまだまだ弱っていたので、挨拶はほんの短い時間だけだった。

 ちなみにお婆様はすでに亡くなっているそうで、リヒテライトお爺様は一人で皇城の要職に就きつつ、領地の運営はオイディプスおじ様に移行させているそうだ。

 

「おめでとう。うん、やはりドレスはその色で正解だったな」

「アリスちゃん、おめでとう。ふふ……名前をつけるとしたら月光と氷の薔薇姫……かしらね!」

「あ、ありがとうございます!」

 

 続いて色を褒めてくれたのはオイディプスおじ様。中二病感爆裂な名前をつけてくれたのはスーライトお姉様。

 

 ちなみにドレスの監修はこの二人だ。

 両親も巻き込んであーでもないこーでもないとかなり悩んでいたが、最終的にグラデーションになった薄氷のような水色を基調に、同系色の布でボリュームを出し、金色の刺繍を裾にほんのりあしらった清楚系のドレスになった。

 

 私の目の色を月光に、お父様の髪の色やお母様と同じ白銀の髪から氷をイメージし、リボンやドレープの華やかさで薔薇を表現しているそうだ。

 

「誕生日、おめでとう。まぁ、……それ、悪くないんじゃないか」

「お誕生日、おめでとうございます。……あの、その、とっても綺麗ですわ」

 

 続けて声をかけてくれたのは、オニキスお兄様とアテナお姉様。

 二人とはこの誕生日会の前に1度顔合わせしている。

 

 黒髪に金の瞳をしたオニキスお兄様は前情報の通り、勝気でフフン顔の男の子だ。

 スーライトお姉様情報だと初恋が私のお母様だったらしく、色彩などがそっくりな私の姿を見て相当動揺していたらしい。

 なんとなくどぎまぎして明後日の方向を向きながら褒めてくれているのがなんとも男の子っぽい。

 

 アテナお姉様も黒髪に金の瞳で、ちょっとオドオドした女の子だ。私と一歳しか年が違わないので、普通に幼女である。

 顔がスーライトお姉様にそっくりな上に学者っぽい黒縁メガネをかけているので、なんか気弱なお姉様を見てるみたいで面白い。これから仲良くしていけるといいな。

 

 勢ぞろいしたハイメ一族との挨拶が終わり、続々と血縁関係にあるらしい親戚や古貴族達との挨拶になる。

 ヴィル兄様とフレシアおば様もたくさんお祝いして褒めてくれたので嬉しかったのだけれど、やはりオルリス兄様の顔はなかった。

 

 最終的に中立・中級貴族の番になり、先程までの親戚的な人々の距離感から義務的な挨拶の場になっていく。

 

 その中で、私はある人物に目が止まった。

 

 

 ………………。なんか、どっかで見た事があるような……?

 

 

 その人物はこの挨拶スペースから遠い場所にいて、横顔しか見えない。

 

 まるで、燃やし尽くした後の灰のような白灰の髪。

 細いフレームのメガネをしていて、顔はやや向こうを向いているので瞳の色は見えない。

 深緑のマントの下に茶色と黒の服を着ている青年だ。

 

「んん……??」

 

 私が謎の既視感に首を捻っていると、テーブルの一角から歓声が上がった。

 

「まぁ……!これ、なんていうお菓子?!」

 

 びっくりしてそちらを見やると、自家製パンのコーナーに人だかりが出来ていた。

 挨拶もあらかた終わったので近づいてみると、恰幅のいい男性とその妻らしき女性が中心になってはしゃいでいた。

 

「なんてふわふわなの……!それに、この蜂蜜漬けの果物がよく合って……!」

 

 おお。力作が評価されている!

 

 今女性が食べているのは、フルーツから作った天然酵母で膨らませた小麦パンだ。

 バターも投入した程よくふわパリなそのパンに窪みを作り、生クリームを乗せたその上に飾り切りした蜂蜜漬けのフルーツを乗せている。

 りんご、くるみ、レモンに似た素材が入手出来たので、今回はその三種類である。

 

「リューコは食べたことがあるが、それとは全く違う……。なんだ、この香りと口当たりは?」

 

 恰幅の良い男性が呻いている。ふっふっふ。

 

 両親のドヤ顔が遠くに見えたので駆け寄ると、お父様にひょいっと抱き上げられた。

 そのままくるくると回される。

 

「やったね、アリス!お客様に大好評のようだ。流石は我が娘、我が妻だ!」

 

 そう言うと、私とお母様の頬に順番にキスしたお父様。

 

 この世界で普段食べられているパンは「メラン」と呼ばれるものだ。これはライ麦っぽいものから出来ている硬い黒パンのことである。

 

 ここで、「主食が硬いだと……?!」と日本人の血が騒ぐのは当然だ。

今回は時間があったので、サンドイッチの時の様に妥協したりしない。

 

 そんなわけで、かなり上の上流階級でメランと交互くらいの頻度で食べられている硬い白パン、「リューコ」を今回のお披露目に向けて改良してみた。

 

「お嬢様の言いつけといえど、腐敗したものをお客様に振る舞えません!!」とわんわん泣く料理長を三日三晩かけて泣き落とし、フルーツから取る天然酵母の開発担当に当てたのだ。

 

 大体の作り方は知っていたものの、実践したことはなかったので、概要を伝えたあとは調理場という名前の実験場の主に大部分を任せ、私は監修に回った。

 

 そうして調理場に潜り込んで半月ほど悪戦苦闘した後、料理長も私も、ついでにいつの間にか加わっていたアルフォンスさんとコニーも匂いを嗅いでOKした酵母を白パンに仕込んで、見事ふわふわ(当社比)にすることに成功したのだった。


 以前述べた通り、この世界のはちゃめちゃな調理理論に一抹の不安を抱いていたものの……。料理長は比較的柔軟な頭を持つ若手だったのが幸いした。

 ありがとう、料理長……。温度管理に徹夜して悪戦苦闘した君の犠牲は忘れない。

 

 一瞬の回想から戻ってみると、場は発酵パンに乗せられた飾りと香りにも言及していた。

 

「この薄く切って円を描いたりんごも美しく、美味しいですけれど……その上の香しい粉は何かしら?」

 

 その疑問に答えたのはヴィル兄様だ。

 

「それはカーシャパウダーというものです。今回のアリス嬢の生誕を祝い、バージル家から贈ったものです」

 

「おお、言われてみれば確かにカーシャだ……!」

 

 輪の中にいた男性が声を上げる。

 

 このカーシャというのは、いわゆるシナモンのことである。

 この世界ではパンのお菓子がまだ少ないため、シナモンのお菓子が一般的ではないらしかった。どちらかというとシナモンはまだ生薬の区分らしい。

 

 しかし、お母様とバージル家で「柔らかくて甘いパン」に合う香辛料を探した結果、採用したのがこのカーシャだった。

 飾り切りの図案とカーシャの採用をしたお母様は、輪の外でお父様と並んで控えめに嬉しそうにしている。

 

 本格的なお菓子は作れなかったけど、とりあえずお菓子パンは完成した。

 

 間に合って良かったぁ……。


 そう安心した時には、先程の既視感を覚えた男性が結局挨拶に来なかったことも気付かず、すっかり忘れていたのだった。


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