35 授業計画その1
「わぁ、綺麗です……!」
お姉様が持ち込んだ大量の教材を空き部屋に運び込んだ後は、全員でテラスに移って休憩のお茶タイムになった。
そこで今見せてもらっているのは、お母様とお父様のアサメイだ。
「うんうん、綺麗だろう。ここの装飾なんてまさしくエレオノーレの華奢で繊細な風貌を表現していると思わないかい」
「そ、そうですね」
アサメイは相手を表す、という話の通り、お母様に貰ったアサメイをまるでお母様のように愛でるお父様。
大切に仕舞っておく訳だ。
「普段は枕元に仕舞っておいて、定期的にお手入れしたり魔力を通してあげたりするのですよ」
「公式行事の時には身につけたりもするね。ま、普段から使う人はお姉さんだけじゃないから町中で見ることも普通にあるが」
独身か、結婚相手を見せびらかしたいリア充は一定数いるということですね、わかります。
ちなみに、お父様へ贈られた元お母様のアサメイは、白銀の髪色をイメージさせる白っぽい金属タイプの鞘だ。絡み合うラインの装飾が美しい。
そしてお母様へ贈られた元お父様のアサメイは、全体に茶色の革が張られ、蒼い宝石を柄頭に埋め込んだシックな色合いの短剣である。お母様に贈ることを想定してかそれほど無骨ではないが、やはり元お母様のアサメイに比べると少しだけ重厚感があった。
「こうして見ると、やはり多少の男女差はつけているのですね。……このオーキュラスの剣、と呼ばれているアサメイは元の持ち主が男性だったのでしょうか?」
そう言って私が視線を移したテーブルの上には、1本の短剣。
黒い革張りのシンプルなデザインで、こちらは柄頭がダイヤ型の突起になっており、攻撃力が高そうな仕上がりだ。
ここにあるどのアサメイよりもひと回りほど大きく、少し無骨である。
「ああ、ご先祖さまの誰かだろうとは言われているんだけどね。多分男性だろう」
「他のアサメイがないわけじゃないのだけれど、これが一番上質なのです。だから、どうせ使うなら同じ質で小ぶりなハイメの剣の方がいいと思いますよ」
そう言って示されたのは、私の手の中に収まったハイメの剣。
私はにっこりと頷く。
ふふふ。もう気に入っちゃったし、1人前になるまでの相棒は君に決めたって感じだ。
「さて、では授業計画を発表しましょうか」
話が一段落したところでスーライトお姉様が切り出した。
はっ、魔法のアイテムをゲットして浮かれていたが、今日はそのための日だった。
「はい、お姉様、お願い致しますっ!」
びしっとして向き直ると、お姉様は黒髪をさらりと靡かせ、うむ、と頷いた。
「まず、ローヴァインの第三学年までは文学、歴史学、算術、音楽、そしてアリスちゃんの大好きな魔術学を勉強する事になるわ。その他、薬草・霊草学やルーン文字・古代ロアン文字学など細かい授業もあるけれど、まずはこの五大授業をこなせなければ進級できず、その時点で貴族としては終わったも同然になるわ。心してかかりなさい!」
「ひゃ、ひゃいっ!」
貴族としては終わったも同然とか、小学一年生の時点でそんな試されるのか……!
まぁ留年制度のある学校と考えれば、確かに社会的には死んだも同然かもしれないが……。
「そして貴女はオーキュラスの唯一の娘、唯一の子供。更には私から教えを受けるのだから、満点を取るのは当然です。取れなかったらその時点で私はあなたから手を引きます」
「ひぇっ?!」
手を引くって……それ、つまり縁を切る的な……?!破門的な?!
「まぁまぁお姉さん、そんなに脅かさないでやってください」
「そうですよお姉様、アリスちゃんはまだまだ体が弱いですし、初年度から全教科詰めこまなくても……」
「分かっていないようね」
流石のデッド・オア・アライブな内容に両親が助け舟を出してくれたのだが、スーライトお姉様はそれにキッとした視線を返した。
「貴族社会では悪評・侮りを受けることは死を意味する……それはあなた達が一番わかっているはずじゃないのかしら?」
「うっ」
両親が気まずそうな顔をする。
まぁ、そうだよなぁ。
この前のヴィランデル夫人の態度を思い出せば、お姉様の言いたいことはわかる。
病に臥せったとか、コミュ障とか、精神的に病んでるとか、なにかしら相手に弱みを見せれば侯爵家と言えどもすぐにああなってしまうのだろう。
それは、前世ブラック企業の劣悪な人間関係の中でも垣間見たことなので、イメージしやすかった。
メンタルバランスや体調を崩した部下のことを心配するでもなく、次の新人……生贄?をさっさと採用し、切り捨てる上司。
要領の悪い同僚を助けるでもなく、どんどん面倒な仕事を押し付けて自分はさっさと帰る奴。
取引先の不利な状況を嗅ぎつけるやいなや、弱みを逆手に取って無理な仕事を強制する取引先。
弱肉強食な世界では、自分をしっかり保っていなければすぐにそういうやつらに食われてしまう。
おまけにこの世界、どう考えても法律やモラルが成熟していない。それが魔法というふわふわした何でもあり要素のせいなのか、現代日本よりもかなり文明が遅れているからなのかはわからないが……。
自分の身は自分でしっかり守らなければ、どんな方法で蹴落とされるかわからない……と、思う。
スーライトお姉様はたぶんそれが言いたいのだろう。
そうと分かれば、私も尻込みしてる場合じゃない。
「任せてください、お姉様!私、必ず初年度から五大教科で満点をとって見せます!」
私はぎゅっと拳を握り、立ち上がってそう宣言する。
するとお姉様はふわわっと大輪の薔薇が花開いたような、キラキラと輝く笑顔を向けてくれた。
「いいわ!その意気よアリスちゃん!! やはり、貴女は私が教えるに相応しいわ!」
「ありがとうございます!!」
やけに体育会系のノリになってきたが、両親もいい流れになったことにほっとしている様子だし、まぁいいか。
「満点取れなきゃ手を引くって言ったのはアリスちゃんを試したの。ごめんなさいね。……でも、満点取れなきゃ…………破門された方がマシだったと思うハメにはなるわよ♡」
「ひぃっ」
お姉様の良い笑顔にビビりつつ、なんとか頑張ろうと思うのだった。




