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309 夢の旅路


「魔王を たおすと 城が崩壊をはじめた! ▽」というRPGチックなナレーションが脳裏をよぎる。

 が、耳を済ませても崩壊の音は聞こえてこなかった。

 

 試しに「ちょっとだけ失礼します」と謝りつつ“流星”さんのしっぽの先の骨を拝借して部屋の結界に近づけてみたところ、ラインが水色に発光した。

 

「まだ機能していますね」

「充填された分があるんだろう。何にしても助かったが……君の大好きな“死亡フラグ”が立つところだったな」

 

 ちょっと恨めしそうに見られる。思わず口笛を吹きながら明後日の方を向いたが、ぺしっとデコピンされた。

 

 「すみませんって……」と謝りつつ、額を押さえて考える。

 

 結界が反応したということは、“流星”さんの骨を持ち出して弔うこともできないということだ。

 骨を元に戻しながらもいつかここから出してあげたいと考えていると、アベルさんが「出来るさ」と言った。

 そう言われて彼を見上げる。

 

「ろくでもない奴らを片端から潰していけば、この迷宮に堂々と入れる日も来るだろう」

「わぉ……」

 

 聞く人に聞かれたら罪に問われそうな言葉だ。

 が、私も同意見だった。

 

「死ねない生贄などという非人道的な行いが許されていいはずありませんからね。なんとかしたいところです」

「ああ。……」

 

 しっかりと頷いたアベルさんだが、共に部屋を出て進もうとする前、振り返って“流星”さんを見やって黙った。

 どこか不安がるような、暗い目線だ。

  先程の意気込みなら「自分の未来」だと思っている訳では無いだろう。

 

「どうかしましたか?」

「いや。…………なぁ、君は、……」

 

 何かを言いかけて、やめる。

 視線で促し、根気強く待ってみると、アベルさんは考え込む顔をした。

 

「どんな魔術にも、しかけにも、動力源があるとしたら」

「したら?」

「……いいや」

 

 なんでもない。と言ったアベルさんが歩き出す。

 どうしたんですかと問いかけても硬い表情だ。

 袖をくいくいと引いてようやく立ち止まる。

 

「アベルさん? 気になることがあるなら教えてください」

「いや、駄目だ。言いかけておいて悪いが、言えない」

 

 首を振るアベルさんは、教えたくないというよりは、まるで口止めされている人のようにもどかしげな顔をした。

 どうしてそんな顔をするのだろうと見上げると、アベルさんはますます苦しげになる。

 そして、ひとつだけ、と呟いた。

 

「知っている人間にだけ、降りかかる厄災がある」

 

 知っている人間にだけ?

 

「それが条件なのですか?」

「そうだ。本当なら“秘密があることすら知ってはならない”という類のものだから、これも言うべきではなかった。……君ならいずれ辿り着くだろうが、私は君にいらぬ不幸を感じて欲しくない」

 

 謎めいている。が、何やら心配されているらしいことは分かった。

 

「それは、タロットがあっても解決できない厄災なのですか?」

「分からないな……なにせ私も全貌は知らない。だが、人智を超えていることだけは確かだ」

 

 これでこの話は終わりだ、終わらせてくれ。

 そう申し訳なさげに言われると、私もそれ以上は突っ込めない。

 仕方なく頷く。

 

 ──知っている人間にだけ降りかかる厄災。

 そう言われれば言われるほど知りたくなってしまう恐ろしいワードだ。

 アベルさんが何故それを知ったのか、知ったことで何があったのか、教えてくれないから分からない。

 でもひとつだけ分かるのは……それはきっと、“丘陵事件”に関わっているのだろうということだけだ。

 アベルさんは、「どうして事件が起きたのか」「何が起こって大勢の人が亡くなったのか」をいまだに教えてくれない。

 「様々な幻覚が見え、魔力暴走が終わった時には皆死んでいた」ということだけは前に教えてくれたが、それだけだ。

 後ろめたいから言えないという感じでもなかった。

 それはつまり、言えない厄災はそこで起こったということを示している。

 

 厄災とは一体何なのだろうと悩みつつ歩いていると、狭い通路が終わった。

 一気に開けた空間へ出る。

 

「これは」

「随分、また」

 

 その光景に少々言葉を失った。

 

 現れたのは、足が竦むほど高い天井と、何十メートルもある横幅の空間。

 そして──先が見えないほど暗く広大な、地底湖だった。

 

「飛行具を召喚すれば渡れるでしょうが、まぁ、そう簡単にはいきませんよね」

「だろうな」

 

 今、私たちの手元に飛行具はない。

 「恋人」のタロットの力で自室の安置場所と自分の手元を結び、自由に転移できるようにしてあるので、不要な時は送り返して仕舞ってある。

 いつでも召喚して飛べるが、これまでの歩みを考えればそれでクリアできるとは思えなかった。

 

「思ったんですが、ここって物理的に皇城の地下ではないですよね」

「ああ。規模が大きすぎる……あの水路で転移させられたんだろう」

 

 水から逃げている最中になにかの仕掛けを動かしてしまったのか、それとも水自体に魔術がかけられていたのかはわからないが、あのタイミングでどこかに飛んできたのだろう。

 どうしてそこまでして迷宮を作りたかったのかはわからないが、いずれにせよまだ私達が開発できていない「人体の転移」をしっかり組み込んでいるあたりが恐ろしい。

 やはり、古代の帝国は魔術が栄えていたのだろう。

 

 恐る恐る湖に近寄ってみると、水は怖いほど透明に澄んでいる。

 だが植物や生き物の姿がひとつも見えなくて、その不自然さに鳥肌が立った。

 足元の小石を投げ入れてみても溶けたりはしなかったが、音もなく暗い水に沈んで消えていった石には不安を掻き立てられるばかりだ。

 

「あったぞ」

 

 アベルさんに声をかけられて振り向くと、入ってきた通路の横にお約束の石版があった。

 

「“夢を征服するものよ、旅路の果てに王冠を掴み取らん”と書いてあるな」

「夢を征服する?」

 

 また謎かけだ。

 

 “夢”というのは、オカルトでは重要な要素だからいくつか思いつく。

 予知夢、夢占い、夢のお告げ、正夢、夢を共有……夢にまつわる不思議現象は枚挙にいとまがない。

 が、その後に続く「旅路」と「王冠」はなんだろう。

 

 激オカ知識を脳内でグルグルさせていると、アベルさんがこともなげに「これは簡単だな」と頷いた。

 

「えっ、何をすべきかわかったんですか?」

「これが使用すべきタロットを表しているのなら、ひとつしかないだろう」

 

 そう言ったアベルさんが懐からカードを一枚取り出す。

 そして少量の魔力を注ぐと、正解を示すようにカードが光り輝いた。

 

「“展開(スプレッド)”、正位置。──“解釈(リーディング)”」

 

 そう言ってアベルさんが発動させたのは……“愚者”のタロットだった。

 

 言われてみれば納得である。

 愚者のタロットは、旅に出ようとする楽しげな青年の絵柄のカードだ。

 故に、その意味も「旅の始まり」「自由」「夢想」などを意味する。

 オカルトマニアであるが故にあれこれ考えてしまったが、どシンプルな答えであった。

 

 カードが空間に溶けていくと、まもなく音がした。

 波ひとつなかった水面がかすかに揺れ始め、キイ、キイ、という音がする。

 警戒してアベルさんと視線を交わす。

 ほどなくして音の正体が現れた。

 

「船……?」

 

 小舟が一艘、暗い湖の彼方から現れた。

 その上にはフードを深く被った船頭がいる。

 船のオールを持つ手は骨だけなところを見ると……人ではない。

 

 私たちに構いもせず、船頭は水際へと船を横付けした。

 静かな空間に船が揺れる音だけが木霊する。

 

 

「うわぁ……」

「乗れ、ということだろうな……」 

 

 激しく乗りたくない。雰囲気が完全に三途の川だ。

 が、乗らない訳にはいかないだろう。

 船頭はこちらを見るでもなく、フードを目深に被ったまま虚空を向いている。

 ちらりと見えた口元はやっぱり骸骨だった。

 

 恐る恐る船へ乗り込みつつ、私は思い出したことをひとつ呟いた。

 

「旅という言葉はこれで紐解けましたね。……もうひとつの重要そうなキーワードに夢がありましたが、私にひとつ思い当たるものがあるんです」

「なんだ?」

「……アストラル旅行という言葉を聞いたことはありますか?」

 

 首を横に振るアベルさんに、それもそうかと思った。

 

 アストラル旅行、あるいはアストラル照射。

 それは前世のオカルト用語だからだ。

 

 アストラルというのは、ざっくり言えば霊魂のことを指す。

 霊魂とは言っても、いわゆる幽霊的な意味ではない。

 その人間の霊的な核とか、本質みたいなものを意味しているらしい。

 そしてアストラル界には様々なものの記憶が永久に消滅せず残るという。

 つまりアストラル旅行とは、平たくいえば、魂の目で世界の真相を見てみようというとか、アストラル界に残る世界の記憶に会いに行こうという試みなのだ。

 流石に前世でも試みたことは無かったし、出来るとも思えなかったが。

 

「つまり、この船の行く先は……」

 

 私の話を聞いたアベルさんの体が──ぐらっと傾いた。

 

「く……っ!?」

「アベルさ、……あ、れ」

 

 アベルさんがずるりと船のへりにもたれ掛かるようになる。

驚きそれに手を伸ばしたところで、私も強烈な眠気に襲われた。

 アベルさんがなんとか守るように抱えてくれるが、苦しげな顔からは見る間に力が失われた。

 お互い、なすすべも無く無力化される。

 

 くらくらする視界の中で、船頭がゆっくりと冷たい闇に向けて船を出発させるのだけが見えた。

 

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