30 お父様と一緒
コニーとつかの間戯れのあと、私はお父様の書斎へ向かった。
「お父様、ポプリの中身について調べてみました!」
「どれ、見せてみなさい」
促されて、カレンデュラ、セージ、コルツフットについて調べた羊皮紙を渡す。
するとお父様は目を見張った。
「……本当に探し当てたんだね」
「はい!たくさん調べました!」
調べものが楽しくなってきてしまい、結構細かく書き取りしたので、小学校入学前の幼児にしては出来すぎかもしれない。
しかし、スーライトお姉様が子供の家庭教師として出した宿題なのだ。まぁ、この世界の貴族の子供なら出来るレベルのことを要求されている……はず?なのだ。多分。
「ううーん、アリスには本当に研究者の素質があるかもしれないねぇ。よく調べられている」
「んふふ~」
褒められてニコニコする。
すると、お父様は続けた。
「それではいよいよ、どんな魔術がかけられているのかを調べるということだね」
「はい。この素材を使った魔術の例を知りたいのです。何か参考になるものはないでしょうか?」
ふむ、と考え込んだお父様は立ち上がった。
「流石に魔術書は危険だから、一人では読ませてあげられない。私の仕事も今一段落したところだから、一緒に見てあげよう」
「わぁ!ほんとですか!」
お父様とお勉強!
最近のお父様は、この2年の間に手付かずになっていた仕事の処理に追われていて忙しそうなので、一緒に何かできるのは素直に嬉しい。
羊皮紙は私が持ち、その私をお父様がさっと抱っこして部屋を出た。
正直……、最初の頃は甘えたい気持ちが先行してたから嬉しいだけだったんだけど、少し落ち着いてきた今はアラサーの意識が恥ずかしいってめっちゃ訴えてくるのよね。お父様がイケメンすぎるせいで尚更。
「お父様、重くないですか?」
「ん?何を言うんだ、羽が生えたように軽いじゃないか。はっはっは、気にしなくていいんだよ」
嬉しそうに私を抱え直すお父様。
「うう。もう六歳になるのに。少し恥ずかしいです……」
「まだまだ甘えていい年頃だろう?……しかし、六歳か。いよいよ来月だね」
お父様が感慨深げに呟いた。
「来月の誕生パーティーは盛大にしなければね。アリスとエレオノーレの快癒お祝いと、お披露目も兼ねて人を沢山呼ばなければな」
ルンルンした声だ。確かに、私とお母様が完治というか解呪したことはしっかりとアピールする必要がある。
「そろそろアリスの側近も決めなければね。来年に入学を控えているし、当日は仲良しを沢山作るんだよ?」
「はい、お父様」
素直にこっくりと頷く。
言ってみれば、これは私のプチ・社交デビューみたいなものだ。気合を入れなければ。
そんな話をあれこれしているうちに、書庫に到着した。
「さて、霊草術ならこの棚かな」
私を降ろしたお父様は、奥の鍵付きの棚へ近づいた。
「霊草術……ですか?」
私の不思議そうな声に、うん?と振り向いたお父様は簡単な解説をしてくれた。
「霊草術っていうのは、まぁ要するに植物をベースにした魔術のことだ。ローヴァインでも最初の方に習うから、ハイメのお義姉様に予習をお願いしてある」
「おおお……!」
キラキラと目を輝かせた私にふふっと吹き出しつつ、お父様は腰にぶら下げた小さな鍵束から鍵をひとつ選び、解錠した。
他の本棚と違い、魔術書関連はガラスケースや木の扉付きの棚に収納されている。
盗難防止の意味もあるし、幼い私が未熟なままに魔術を使って事故を起こさないよう、いわゆるチャイルドロック的な意味でも施錠しているそうだ。ちぇっ。
「霊草術……霊草術……あったあった。これなら載っているだろう」
そう言ってお父様が取り出した本は、革張りの重厚な本だ。
タイトルは「霊草と変化の魔術」だ。あぁ、ヨダレでそう……。
激オカを遥かに上回る魔法オタク垂涎の本を抱えて閲覧用の机に向かったお父様は、椅子に腰掛けて膝をぽんぽんと叩いた。
「さ、おいでアリス。お父様が抱っこして一緒に読んであげよう」
にこにこ。
おおう。さっきやんわり拒否したせいで、逆に触れ合いスイッチが入っている……!!
「は、はひ……」
嬉しい。凄く嬉しいんだけど、やっぱりアラサーの魂が超恥ずかしがってる。
いやしかし、……やっぱ嬉しい!!
いそいそとお父様のお膝に乗ると、後ろから抱きしめるような姿勢でお父様は本を開いた。




