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302 皇城 船着き場

 

 “皇城”は都の中心からやや北に位置しており、なだらかな丘の上にそびえ立っている。


 元は古い城塞だったという皇城には天守(キープ)と呼ばれる最も背が高く荘厳な塔があり、その周囲を美しく整えられた中庭が囲んでいる。

 そんな天守(キープ)を中心に、西には皇族の生活空間である居館(パラス)、東には政治の中心である宮廷館(ホーフ)、そして正面である南側には城門や民のための広場、そして迎賓館などが建っていた。


 広大な城だ。

 それを少し離れた上空から眺める私の横には、特製飛行具に乗ったアベルさんがいる。


 私たちは決行日である今日まで下見を重ねてきたが、当日の様子を見るまで作戦を本決定はしないことにしていた。

 潜入に適した道具をもっと最適化できないか、新しい技術を生み出せないかとギリギリまで粘ったからである。

 そして勘づかれていないかどうか、警備に特別な動きがないかを確認。

 どうやら問題は無いと結論し、頭の中を整理するように口を開いた。


「プランその一は変身の魔道具で貴族の使用人に化け、宮廷館(ホーフ)に用があるふりをして城門を潜る案です。……でもこれはリスクが高いんですよね」

「ああ、城門に魔道具を見破る術が施されていないわけがない。身体検査に引っかかることも考えられる……しかも一度気づかれたらアウトだからな。あやふやなままそこを通ることはできない」

「ええ。他の方法で入るしかありません」


 こくりと頷いて壮麗な天守(キープ)を眺める。

 私だけならお爺様に用があると言って入ることが可能かもしれないが、アベルさんは瞳の色を変えていても絶対に通して貰えないだろう。


 かといって、一人で潜入するのは危険すぎて反対される。

 心配したアベルさんとヴィル兄様により“保護(監禁)”される未来が目に浮かぶようだ。

 つまり皇城に隠された秘密を知りたいのなら、アベルさんと二人で、非正規な方法で侵入するしかない。


 大教会の時のように塀を超えて上空から侵入するのもありだが、隠匿の魔道具を使っていても大勢の人目のある場所を横断するのははばかられる。

  万が一バレて矢を射かけられれば、「塔のオース」では防御が間に合わないかもしれない。


 なにより大教会と違い、皇城はもともと城塞だ。

 周囲を取り囲む二重の城壁は高く分厚く、その上の歩廊には見張りが等間隔に並び目を光らせている。

 露台や見張り塔にも等間隔に兵士がいるから、隠匿の魔道具で姿を消したとしても戸や窓を開けることが出来ない。

 それに……そういった場所に、魔術トラップや探知の術式が施されていないわけが無い。


 ならどうするか。

 それを考えて、私とアベルさんは同時に天守(キープ)を見た。


 ……正確には天守が建てられている丘の上──その裏にある崖と、崖下を流れる都の大河川・スヴェン川の方角を。


「やはり、プランその二で行くしかありませんね」

「ああ」


 プランその二。

 それは、下見の時に発見した「船着場」から侵入するというものだ。


 皇城の船着き場は二つある。

 ひとつは使用人たちが荷を上げ下ろしする大きな船着き場だ。崖の上へと階段や引き揚げ用の機材や縄が伸びており、登りきったところに裏の城門がある。

 そちらは常に人が多く、物資を運ぶ人が行き交い忙しない。

 当然、険しい顔で人々を監視している兵士が複数いる。恐らくは表の城門並みの警備だ。


 そしてもうひとつは……崖の隅のほうにある、ちらりと見える小さな船着場だ。

 こちらは桟橋が崖下の空洞から這い出てくるような作りをしており、天然の洞窟を利用したもの。

 おそらく、天守(キープ)の地下空間へ通じる水路と見て間違いない。古くからある船着場といった雰囲気だ。


 アベルさんと共に皇城の表側から飛び立って裏へ回り、距離をとってその船着き場を観察する。

 洞窟内の水路の幅は、頑張っても三人乗り程度のボートしか通れないであろう狭さだ。

 恐らく敵に攻められても城内に一気に侵入されることの無い小ささであり、普段は使っていないから警備が手薄なのだろう。

 見える範囲には二人しか兵士がいなかった。


「やはり、あそこから入るしかないですよね……」

「見た感じでは洞窟のままの形だしな。罠が透明化されてでもいない限りは、入口に仕込みはないと思うが」


 勿論、そこだけ妙に手薄な感じも否めない。

 否めないが、一番人目につかず城の中へ忍びこめそうなのはそこしかなかった。


「……行きましょう」

「ああ」


 私の言葉に頷いたアベルさんだったが、体重をかけて飛行具を発進させる前に「待て」と声をかけられる。

 どうしましたかと振り向くと、アベルさんは少し黙って、それから横に並んできた。

 赤いいちご飴のような瞳が真剣な色を増す。


「約束を忘れるなよ」

「……アベルさんこそ」


 あえて、にやりと笑って返す。


 どちらかが囚われ、利用されてこの世に危機をもたらすようなら、相手を躊躇わずに殺すこと。

 妙な話だが、それが私たちにとっての一番の安心材料で。


 この人がいれば後ろを気にせず飛べるという安心は、暴走魔の私にとっては大きな意味を持っている。


 まぁ、私の方は「殺さず救い出す」と豪語したから、正確には約束していないのだけども。

 そこは全力でウヤムヤにし続けているので、多分今、再びしっかりと約束させようとしたのだろう。

 が、突っ込まれる前に私がするりと降下を始めると、アベルさんは慌ててついてきた。

 横並びになって呆れたような声をかけられる。


「アリス……君なぁ」

「むふ。ほらアベルさん、もうすぐ着きますよ」


 そう言うとアベルさんは一旦諦めたのか、何も言わなくなった。

 が、見なくても眉間にしわがよっているのが分かって、私はくすりと笑ってしまったのだった。

 

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