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282 二人の妖精

サブタイトル:モブ女神官の受難。

三人称視点です。


 教会の中をひた走る。

 どうして神聖なる神官である自分がこんな目に遭っているのかと思いながら、とある女性神官は転びそうになる足を必死に動かしていた。


「誰か、誰かいないの!?」


 そう声を上げるのだが、見回りの兵士はどこかに行ってしまったのか誰もやってこない。

 

「はぁっ、はぁ、っきゃあ!」


 転びそうになったところで着ているローブが後ろにぐいっと引っ張られ、転倒を免れる。

 しかしすぐさま振り向いても誰もいない。


「~~~っもう、なんなのよ!?」


 恐怖に震えながらも、また廊下をひた走る。

 ──そもそもが嫌だったのだ、と神官は涙を拭った。

 せっかく頑張って教会の神官になり、苦労して大教会で勤められるようになって。

 なのに平民出身の女性神官は冷遇され、魔力が多いからと理由をつけて、こうして夜の“お祈り”当番に回されていた。

 昼間に参拝にやってくる貴族や豪商とお知り合いになる機会など無い、下っ端の下っ端。

 

 損しかないお役目な上に、夜の仕事は少し怖いのだ。

 元々が古い城だったというこの大教会は雰囲気満点で、お金をかけて改修工事をしてはいるものの夜の物陰は暗く、通路に自分しかいない時などはぞっとすることが多々あった。


 そう、この女性神官は、いわゆるお化けが怖いタイプだった。

 夜にカーテンの向こうとかベッドの下を見られないくらいの怖がりだったのである。


 しかし文句なんて言えない。

 やっと上り詰めた神官の地位をその程度のことで捨てる気にはならなかったからだ。

 なのに。


「きゃあっ!」


 ローブの裾が突風で揺れる。

 ともかく誰か人が居るところにいかないとと、真っ青な顔で神官はよたよた走ろうとした。

 しかし……今度は上からローブの肩を引っ張られて、とうとう身体が宙に浮いた。


「ひえっ、や、やあぁ! なになになにぃ!?」


 半べそをかくが、誰も助けには来ない。

 大教会の神官は大概自分の屋敷を持っていて通いだから、夜はいないのだ。しかし見張りの兵士はいるはずなのにと、神官はいよいよ限界だった。


「もう、もうなにがどうなってるのよぉ! 私がなにしたっていうの!?」


 ──そう言って宙ぶらりんのまま、えぐえぐと泣き出した時だった。


「うーん。やりすぎちゃった?」

「でも仕方ないだろ、フレ……じゃなかった、相棒」

 

 虚空から、そんな子供の声がした。


「……へ?」


 神官は吊られたまま目をぱちくりする。

 すると、ゆっくりと床に下ろされた。


「ごめんなさいお姉さん。でも、あそこに居られると困るんです」


 虚空から声がする。

 その方向をぽかんとしながら見ていると……ゆらゆらと、何かの姿が浮かび上がるようにして出てきた。


 ──それは、不思議な光景だった。


 教会の通路にふわふわと浮かんでいたのは、二人の妖精だった。


 背中にはちょうちょのような羽……そう、まさしく妖精のような羽が生えていて、頭には可愛らしい花輪付きのとんがり帽子を被っている。

 服装も普通の子供服ではなく、古代のローブのような簡素なもので。

 まさに童話に出て来る妖精そのものだった。


 二人は木の棒のような物から降りて地面に立つ。

 黒髪の子供が大丈夫? と神官を覗き込んだ。


「手荒にしてすみません。立てますか?」

「え、ええ……」


 金髪の子供に言われて、なんとか立ち上がる。

 あなた達は一体……と問いかけると、金髪の子供が黒髪の子供に話しかけた。


「なんだろうね、僕たちって」

「……まぁ、んー。……よ、妖精……かな」

「じゃあそうしよっか」


 そんなふわふわした会話が繰り広げられる。

 それに対して女性神官は……夢見るように頬を赤くしていた。

 この子供達には羽が生えているし、なにより、宙を飛んでいた。そんなの人間には出来ないことだ。

 そして姿を透明にもしていた。これも人間業じゃない。

 と、言うことは……。

 私は今、奇跡とおしゃべりしているのではないか!?

 そう大興奮していたのである。


「妖精さん、初めて見た……」


 思わず呟く。

 “奇跡”なんて殆ど見たことなかったが、今目の前に居るのは本物の奇跡なのかもしれないと神官は思った。

 そんな風に神官が興奮していると、金髪の妖精がにこりと笑った。


「貴女がお祈りしていた、あの外の温室のことを聞きたいのです」

「温室?」


 こくりと頷かれて、なんとなく毒気を抜かれた神官はぺらりと喋った。


 「あれは教会に伝わる金色の薔薇を栽培している温室よ。普通の神官は中には入れないけど、朝昼晩と外の祭壇からお祈りを捧げるの」

「なんだ、金色かあ」


 そう黒髪の妖精がちぇっと呟いて、横の窓からにゅっと外に手を差し出した。

 そしてぼそりと呪文らしきものを呟いた瞬間、指先からぱっと光が走る。


「今のは……?」

「ああ、貴女は気にしないで。ええと、その~……、そう。我らが妖精の女王様が、珍しい色の薔薇を欲しがっていらっしゃって。それで花を一輪いただきたいなと思ってここに来たのです」

「妖精の女王……!?」


 そ、そんな存在までいるのか。

 そう慄いた神官に、妖精二人が畳み掛ける。


「夏の夜の宴に薔薇は必須なのです」

「あー、そうそう。珍しい色で競い合いをするんです!」


 そう言う彼らは必死な様子だ。

 しかし金色の薔薇は本物の国宝……いや、神宝ともいえる神秘の物質だ。いかに妖精さんといえど、奪って良いモノではない。

 そう考えた神官はやめた方がいいと言って首を振った。

 すると、妖精二人が顔を見合わせる。

 そしてまた何かをこそこそと話してから、揃って笑顔で神官を見た。


「金色の薔薇を貰うのは、流石に畏れ多いから止めにします。他に良い薔薇はないでしょうか?」

「赤はありふれているから要りません」


 そう二人に言われて、神官は考えを巡らせた。


「うーん。教会の薔薇と言えば、金色の薔薇、寵愛の赤い薔薇、あとは奇跡の群青の薔薇です。赤が嫌なら、群青の薔薇でしょうか」

「それは本当にあるのですか?」


 そう黒髪の妖精が言うと、神官は頷いた。


「ええ。そちらは私も見たことありますが、それは見事な青ですよ。中央の小さい温室が栽培地になっていますが」

「なるほど。……では、その群青の薔薇を一輪だけ取ってきては貰えませんか?」


 そう金髪の妖精が言うが、絆されつつある神官もそれには慌てて首を横に振った。


「そっ、そんなことはできません! もしバレたら重罪です。クビでは済みません!」


 そう言うのだが、妖精二人は大きな瞳をうるうるとさせる。

 

「どうしても薔薇が必要なのです。夏の宴に必要なんです」

 

 らしすぎる二人の妖精の猛攻に、神官は唸った。

 お願いされると聞きたくなってしまう。

 なにかの魔術だろうかと感覚を研ぎ澄ませてみるが、まったくそれらしいものは感じられなかった。

 

「きゅう~~ん……」

「ふにゅ~ん……」

「うぐぐ……」

 

 きゅうきゅう、ふにゅふにゅされた神官は三分で折れた。

 

「では、中央温室の近くの警備に話しかける……くらいなら、やりましょう。今日は妙に人が居ないですし、それを不審に思って、という流れならいけるかもしれません」

「ありがとうございますっ!」

 

 ぱっと笑顔になった妖精二人がむぎゅうと神官に抱きつく。

 

「(か、可愛い……)」

 

 なんだこの可愛さは、と神官は身悶えした。

 

「(なんだか無性に撫で繰り回したくなる。お持ち帰りし……いやいや駄目だろ私は何を考えている?)」

 

 神に仕える身で一体何を考えたと神官が自戒していると、二人の妖精がにっこり笑った。

 

「では、おねーさんお願いします♡」

「んんっ、うん……任せなさい!」

 

 こうして、なんとなく良いように動かされている感を感じつつ……。


 「可愛いは正義」という謎の言葉に頭を支配された神官は、ふらふらと大教会の中央に向かったのだった。

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