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27 コース変更


 さて。地獄のブートキャンプはもちろん肉体面のみではない。

 

「肘!」

 

 ピシンッ。

 

「ふぎゃっ」


 雅じゃない悲鳴をあげて飛び上がる私と、状況に応じて妖艶な笑みと鬼軍曹の顔を交互に繰り出すスーライトお姉様。

 ……時々メガネが光るのは、多分幻覚じゃない。

 

 午前に体力作りを終えたら、昼食だ。

 しかし昼食の時間とはイコール、マナーのお稽古の時間なのである。

 

 先に断っておくと、体罰は一切無い。暴言もない。

 むしろたくさん褒めてくれるし、手取り足取り教えてくれる。

 

 教えてくれるのだが、何回も同じミスをしたり、集中力が切れているのを察されると、鋭い声&床を叩く鞭の音がすっ飛んでくる。

 体が飛び上がること、もはや何回目だったか。

 

 こんな恐怖政治許されるの??と思って両親へ目を向けても、「アリスはどんどん上達しますね」「そうだな、流石は私たちの子だ」とか言っていちゃいちゃほのぼのとこちらを見守っている。(お父様は仕事でいないことが多いが)

 

 なんで?!と最初こそ脳内で恐慌状態に陥ったが、なんてことは無い。

 

 

 みんな、似たりよったりな道を通ってきている……のである。

 

 

それを聞いた時は、ついぽろっと

 

「マジかよ……」

 

 と素が出てしまったのだが、そんな小さな声すらスーライトお姉様は聞き逃さない。

 

「アリスちゃん?今の言葉の意味は分からないけれど、語感にとぉっても矯正の必要を感じたの。なぜかしら?」

「ひ、ひぃっ!!」

 

 とまぁ、こんな感じになる。

 

 こうしてテーブルマナーの時間は姿勢・仕草・言葉遣い・話題選び&失言をしない気の保ち方などなど、様々なことを教えられた。

 

 ちなみに後で聞いたところによると、鞭まで出てくるのは流石に貴族の子供全員の標準ではないらしい。

 

 なんでも、これは「ハイメ式・王族の前でも一切隙を見せない!完璧☆マナーコース(時短Ver.)」であるらしいのだ。

 

 時短コースVer.になってしまったのは全体的にルージのせいなので、私のコースが終わるまで地獄で釜茹でにされててほしい。

 

 ……うっかりその2で、


「私、王族の前にそんなに出たくないです……。貴族の仕事はちゃんとやりますけど、あとは魔法使いになれればそれで……」

 

 と口から漏れたのだが、それによりハイメ式スパルタ時短コースは更に苛烈を極めることになった。

 

 曰く、「魔術の道は心身の鍛錬無くして成らない。ついでに言うと貴重な魔導書とかは、偉い人と仲良くならないと読めないよ☆」とのことである。

 

 くそ、街の本屋に上級魔導書とか、そんな感じで売ってないのかよ……!?そこはファンタジーじゃないのかよ!!

 

 ダムッと床に拳を叩きつけたい衝動を抑えつつ、阿鼻叫喚の昼食を終える。

 

 

そんな日が数日続いていたのだが、本日。



「テーブルで長時間、姿勢よく座れるようになってからね」とお預けされていた座学に、いよいよ取り組むことになった!

 

 

 

 ◇

 

 

 

「……世界は長く闇に閉ざされていた。闇は時を経て意思を持った。闇は孤独から変化を求めた。…変化が生まれた。変化は初め光であった……」

 

 スーライトお姉様に与えられた超初級の教科書「しんわとまじゅつ」に記された神話を、慎重に読み上げる。

 

 ちなみに、「何の教科から始めようかしら」と呟いたスーライトお姉様へ食い気味に「魔術でお願いします!!」と懇願した結果、私の願いは叶えられた。

 

 何度か繰り返し読み上げ、目を閉じても唱えられることを確認する。

 

「好きと言うだけあって、集中力が違うわね……。素敵よ、アリスちゃん。では、次のページの一行目を読んでちょうだい」

 

 お姉様の声に従ってページを捲る。

 

「魔術は、精霊や神の力を借りるオリジン・スロットと、魂の力で行うアニマ・スロットに大きく分かれています」

 

 

 ふお、ふおおお!

 

 そそそ、それっぽい内容出てきた!!

 

 にまぁ~っとしてしまうのをなけなしの表情筋で食い止める。ここ数日で私はお利口さんになったのだ。

 

「アリスちゃんは、オリジン・スロットとアニマ・スロットの違いについて何か知っている?」

「ええと……」

 

 頬に手を当てて思い返してみる。うーん。

 

「お父様やお母様が魔術を使う時、詠唱有りな時と詠唱無しな時があるなぁとは思うのですけれど……」

 

 私がそう言うと、お姉様の眼鏡がキラリと光った。

 

「そう、そうよアリスちゃん! アニマ・スロットは己の力で行うから、詠唱はしないか補助程度にしか使わないわ。でも、オリジン・スロットは手助けしてくれる存在に指示や祈りを捧げる必要があるのよ。それだけ効果は絶大だけれど、個人戦闘にはあまり向かないわね」

 

 貴族令嬢がそんなスピード感ある個人戦闘する機会とは……??と思ったが、羽ペンをインク壺に浸し、急いで羊皮紙にメモを取る。

 

「使用する呪文はきっちり決まっているのですか?」

 

 両親の魔術をちょこちょこ見て不思議に思っていたことを尋ねてみると、更に眼鏡が光りだした。ちょっと眩しい。

 

「目の付け所がイイわね……。いいえ、ほぼ決まっていないわ!と言っても、推奨されるワードを学園で習うからそれ以外を使う事は稀ね。独自に組み立てるのは、専門職の魔術師か魔術研究者くらいかしら……私みたいな、ね」

「えっ、スーライトお姉様は研究者なのですか?!」

 

 なんと。私が目指すかもしれない素敵職業じゃないか!

 

「あら、エレオノーレから聞いていなかったの?私は領地の視察以外に、魔術研究とか、遺跡研究とか……まぁ、趣味と実益を兼ねて色々兼業しているわよ?」

 

「えっ……えぇぇ?!」


 私はぶるりと震えた。

 

「魔術研究に遺跡研究……!?お姉様、かっこいい!!私もやりたいです!!」

 

 私が感極まって立ち上がりぐっと拳を握ると、スーライトお姉様もすっくと立ち上がり、私の手を握った。

 

「そんなに興味があるのね!女の子では珍しいのよ、素晴らしいわ!……よし、魔術も究極コースに切り替えて、みっちりお勉強しましょう!!」

「はい、やります! もう、一生付いていきます!!!!」

 

 いよいよお姉様の眼鏡が直視できない勢いで光り輝いているのだが、ファンタジー本格開幕に心躍らせる私は、その危険なサインを察知できなかったのだった……。

 


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