272 レティシア様の悩み
「このお庭のお花は……ううん、このお屋敷の全部が、お兄様のためにあるのです」
お兄様?
お兄様って……確か。
「病気で亡くなられたっていう、お兄様のことですか?」
「はい。第一子だったマルクお兄様です」
レティシア様は確か、病死した兄の代わりに急遽、宵闇寮に入った。
元々は月光寮に入ろうとしていたから、それで宵闇寮の勉強に馴染みがなく成績が悪かったのだ。
まぁ、そこは入学してすぐに私とローリエ様で支えることが出来たとは思う、けども。
そんな事情を思い出していると、レティシア様が苦笑した。
「お父様も、お母様も、お兄様のことが忘れられないのです」
そう言って歩き出したレティシア様に慌てて着いていくと、庭の奥に墓標のようなものが建っているのが見えた。
これはまさか。
「お兄様の、お墓ですぅ……」
レティシア様が持っていたお花を石碑にそっと添えた。
「本当は、家族のお墓が領地にはあるのです。でも、お父様もお母様も、ずっと傍に居たいと。だからお兄様が亡くなってからは、お父様もお母様も、ずっと領地に帰らないでここにいるんです」
「それは……」
相当、病死した第一子に未練があるらしい。
「このお庭の木も花も、全部お兄様の好きな物だけ植えられているんです。お花が好きな方でしたから、領地の石造りの墓地よりも庭の方が喜ぶだろうって、お父様は言ってました」
そんなの、残されたレティシア様から見たら……この風景全てが第一子への未練ということに他ならないじゃないか。
弔いは悪いことではない。
でも、この一際華やかな庭は、レティシア様の目にどう映るのか。
ただでさえ急に家を継ぐことになって大変で、勉強に苦労していて、それでも精一杯頑張って成果も出しているのに。
ローリエ様がレティシア様の手をそっと握る。
「レティシア様、あの。……分かりますというのは凄く失礼かもしれませんが。家にいるのが辛い時のお気持ちは……少しだけ、分かります」
そう言われてレティシア様がはうんと小さく鳴いた。
そうだ、ローリエ様も妹メリルちゃんのことで似た苦しみを味わっていたんだった。
メリルちゃんとの関係はもう良好になったし、実際はローリエ様にめろめろだった訳だから事情は違うけども、その辛さは体験したことがあるものだ。
両親とも今は仲良く出来ているみたいだけども、当時は本当に辛そうだった。
私もレティシア様の手を握る。上手く言葉がかけられないけど、何かしたかった。
そうするとレティシア様は俯きながらも、少しだけ嬉しそうに笑ってくれて。
しかしこんな状態で放ってはおけないので、中庭の出入り口で待っていた側近達に伝言を頼み、もう三人で部屋に下がることにした。
そもそも役割もないので社交は両親に任せ、「女の子の秘密のお泊まり会です!」と子供の顔でお願いし、軽めの晩ご飯も寝る支度も部屋で全部済ませる。
そうするとレティシア様はパジャマパーティーだと大喜びして笑ってくれた。
ベッドに三人で潜り込んでおしゃべりする。
するとレティシア様はやっと気が抜けたようで、ようやくいつものようにふにゃりと笑って、安心したように眠ってしまった。
その様子をローリエ様と一緒に眺め、しばらくしてからはふぅと揃って溜息を吐く。
「眠られましたね」
「あまり眠れていなかったんでしょうか。ちょっとクマがありますね」
レティシア様の目元をそっと撫でる。
こんなに小さくて無邪気なのに、背負う苦悩が大きすぎる。
しんみりしつつ、そうしてぼんやりしていると、ローリエ様が呟いた。
「しかし、少し気になったのですが。あの中庭を見ていて辛いというだけなら、ここまで言いにくくはないんじゃないでしょうか」
それに同意する。
「確かにそうですよね。学園にいる時からずっと気が重そうな感じでしたし」
両親の関心があまり自分に向いていないのは辛いことだろうが、急に学校で暗い顔をするのは違和感がある。
しかも、ずっとそうだったのならまだしも……最近になって急にそうなったのだ。
悩みつつ、整理するように口に出す。
「他にもきっと隠していることがあるのだと思います。それも、私達にすら言いにくい何かが」
「はい、私もそう思います」
そう言い合って頷くと、コンコンとドアがノックされた。
来た、と思ってローリエ様と一緒にベッドから抜け出し、ドアを開く。
そこに立っていたのは私達の側近一同だった。