25 約束と伝神霊
オルリス兄様の話題からしばらくは、お通夜モードだった。
なんとか勇気を奮い立たせて「その、事故だったのでは?」と言っても「首に蔦を巻き付けるのがかい?」と返されてしまい、沈黙が落ちる。
オルリス兄様が昔と変わらず優しい態度で私に接してくれたことも、正直に話したのたが、あまり取り合ってもらえなかった。
「怒りに任せて突然暴走する可能性はあるのだから、あまり近づいては駄目だよ」と言われてしまえば、現場を見ていない私は何も言えない。
このままではオルリス兄様と会うことが……いや、この気まずさではバージル家に来ること自体が難しくなりそうというか、ギクシャクしそうだったので、私は意識して違う話題を出した。
「あの、ヴィル兄様。そういえばヴィル兄様は、いつ学園に通っているのですか?」
この前のピクニックといい今日といい、昼間から優雅に寛いでいる訳だが、いつ勉強しているのかが実際気になっていたのだ。
「うん?あぁ、僕はもうローヴァインは卒業してるからね。今はアブデンツィア貴学院って所にいるんだけれど、こっちは固定の授業が少ないから融通利くんだよ」
う……うおおお。いい感じに厨二な新ワード出た。
思いがけず飛び出してきた新・ファンタジーな単語に、私は意識してわくわくした顔を作り、身を乗り出す。
「そこはどんな所なのですか?」
そんな私に吹き出したフレシアおば様が、先程までの暗い雰囲気を一旦置いて説明を引き継いだ。
「アリスちゃんは学校が気になるお年頃なのね。アブデンツィアは、言ってみれば1人前の貴族になる準備の場所かしら。何かを研究するもよし、実家の事業に関することに本腰を入れるもよし。とにかく成果を出すことは求められるのだけれど……。ローヴァインが基礎的な事をしっかりやる場所なら、アブデンツィアは自由な勉強ができる研究施設といった所なのよ」
「そうなのですね……!!うわぁ、うわぁ……!!」
心の暗闇は晴れないが、アブデンツィア貴学院自体はめっちゃ気になる。
「アリスは来年からローヴァインだけど、勉強はどうしてるの?」
「あ、えっと。そろそろ家庭教師をつけるというのは聞いているのですけれど……。まだあまりしていないんです」
そうしょんぼり答える。なにしろ色々あったばかりだし、私を親戚以外の外部の人間に会わせるのを少し躊躇っているみたいなのだ。
ていうか、親戚ですらこんな感じで闇を抱えてるしな。ほんと貴族社会いろいろありすぎる。
「そうか……。でもアリスの場合は少しスタートが遅れているから、急がないといけないね」
「そうねぇ、早い子だともう一年前から予習しているものね」
「ええっ、そうなのですか?!」
なんということだ。前世チートどころか、遅れているだと?!
狼狽えた私を見て眉を下げた兄様が、うーんうーんと悩んだ後で提案した。
「薬草学なら教えられるけど、どうする?入学までの一週間に一度、午前くらいなら固定の時間を作れると思うけれど」
「お願い致しますっ!!」
食い気味に即答すると、私の勢いに戦きつつ頷いてくれるヴィル兄様。やった!!
「そうね、ヴィルは薬草学が本当に得意だし、基礎の復習にもなるわね。教えてあげなさいな」
フレシアおば様のGOサインも出たので、早速来週からカリキュラムを決めてのお勉強が決定した。
浮かれているが、もちろんオルリス兄様の問題も忘れない。
「教えてもらう側だから、オーキュラス邸に来てもらうのは悪い。お勉強はバージル邸で受けたい。温室もあるし!」と申し出ると、恐らくオルリス兄様の存在を考えて渋られたものの、なんとか了承してもらった。
オルリス兄様が部屋から出ることは本当に希で、私とエンカウントしたのはかなりレアだったようだ。
定期的に通えば、問題解決の糸口も掴めるはず。
こんな感じで様々な収穫を得て、私はお屋敷に帰った。
◇
「ただいま戻りました、お母様!」
オーキュラス邸に戻ると、お母様がテラスでのんびりお茶をしていた。
「おかえりなさい、アリス。お料理はどうでしたか?」
「はい!大好評でした!」
腕を広げてくれたお母様の懐にぽすっと収まりながらそう言うと、頭を撫で撫でしてくれた。
「食べさせてくれたあのお料理、本当に美味しかったですものね。良かったわね」
そう、試しに食べてみた時はもちろん両親もいた。大絶賛だったので、これからは我が家でもお肉を美味しく食べられる。良いことだ。
「あとね、お母様。ヴィル兄様にお勉強を見ていただけることになったんです!良いでしょうか?」
私がそう言うと、お母様は「まぁ、それは良いですわ!」と喜んだ。
「お勉強のことはお父様にも相談しないといけませんね。さ、一緒に執務室に行きましょう?」
「はい!」
元気にお返事をして歩き出す。
ちなみにオルリス兄様についても様子はどうだと聞かれたのだが、私から感じる優しくてちょっとおどおどした様子を伝えたところ、お母様はそう、と普通に微笑んだ。
オーキュラス家とバージル家は親戚関係にあるし、事件のことは知っているかと思ったのだが……。家の内輪揉めとして、まだバージル家内のみで秘されているのだろうか。
そんなことを考えながら着いた執務室。
お父様はやっと「療養期間」と称した、家族のラブラブ期間をほどほどにしてお仕事を始めたらしい。
ドアをコンコンとノックすると、すぐに入室を促す声がした。
中に入ると、アルフォンスさんとお父様が必死に書類を捌いていた。
しかし私とお母様の姿を見るとぱっと笑顔になり、書類の山を横にすっと押しやった。だ、大丈夫かな?
「…………というわけで、ヴィル兄様とお勉強することにしたのです。お父様、いいでしょうか?」
かいつまんで今日の報告をすると、お父様はうんうんと頷いて喜んでくれた。
「もちろん良いとも。ヴィルヘルム君にもお礼をしないとね。それにしても、我が愛娘は勉強熱心で本当に素晴らしいなぁ……!」
またもや親ばか残念顔になったお父様はそう呟く。お母様もうんうんって頷いてるけど、お勉強が遅れているらしい事実をきちんと伝えなければ。
「お父様、お母様。フレシアおば様から聞いたのですが、私はお勉強が少し遅れているそうなのです。私も沢山お勉強がしたいの。どうすればよいのでしょうか?」
そう投げかけると、お父様がむむう、と唸った。
「そうだね、そろそろ家庭教師を付けなければね……。どうしたものか」
絶対に信頼出来る、家庭教師をできるような人材ということでお父様は悩んでいるようだ。
するとお母様が手をぽんと打って、笑顔で提案した。
「そうですわ、ハイメのお姉様にお願いしましょう!」
ハイメのお姉様?
私がハテナを浮かべていると、お父様もああ!と納得顔を浮かべた。
「確かに今は、皇都に滞在しているはずだね。早速連絡してみよう!」
そう言ってお父様が引出しから手紙を取り出す。
さらさらと何かを書き、窓辺に立つと、手を空中にかざして何事か囁いた。
すると、空中から溶け出すように透明な一対の羽がすっと出現した。
「わぁっ!お母様、お母様!あれはなんですか?!」
思わず興奮してお母様に問うと、お母様はくすりと笑った。
「あれはお父様と契約している精霊よ。伝神霊というのだけれど、仲良くなるとああやって気軽にお手伝いしてくれる良い精霊なの」
「でんしんれい……!それは、私でも仲良くなれますか?」
目をキラキラさせてそう言うと、お母様はそうねぇ、と頬に手を添えた。
「本当はローヴァインで資格を得てからの方がいいのだけれども……規制はされていないし、いいかしらね?今度喚び方を教えてあげるわね」
そんなお母様の言葉にふわわっと花を散らしている内に、お父様は伝神霊の羽に手紙をくっ付けて飛び立たせた。
「これでよし、と。了承してもらえるといいね」
「はい!」
……しかし、この時の私はまだ知らなかったのだ。
【ハイメのお姉様】の教育水準が、この世界でどの程度のレベルに当たるのかを……。
ちょっぴり前進、ちょっぴり魔術要素です。




