250 モシュネの小箱
言葉を失う。
見間違いではない。
私の目の前、レイ先生が差し出した「モシュネの小箱」の中に入っていた魔石には、知っている文字が刻まれていた。
その魔石には……アルヘオ文字の「ヨッド」が逆さまに刻まれていたのだ。
「これは……。レイ先生……」
「やはり知っているんだな。これは、お前たちの“研究”に関係あるんだろう」
そう確信を持って言われて、私は対応を誤ったと思った。
レイ先生が味方なら良いが、そうでなければ不味かった。
「知っています」と言っているも同然の反応をしてしまった。
それを少しばかり後悔しつつ、どこでこれをと問うと、レイ先生はニヤリと笑った。
「うちに伝わる家宝さ。あくどい事をする時には相当重宝したらしい」
「はぁ、でしょうね……」
そう溜息をつきつつ、その文字を再び見やる。
魔石に刻まれたヨッドの文字は、タロットで言うところの「隠者」のカードに対応している。
隠者とは、静かに秘密や叡智を探求するもの。
「内省、知識、探求、人生の経験」などを象徴すると言われる。
それが魔力を以て逆さに刻まれ、小箱の中に描かれた魔法陣の中心に安置されていたのだ。
そして魔法陣の中にはざっと見る限りでも「ユル」「イアー」のルーン文字……つまり、斧と墓地を意味するルーン文字などが配置されている。
「特定の記憶の消去」という効果があるというのは、かなり説得力があった。
説得力はあるのだが……おかしいのだ。
ルーン文字の魔法陣の方はおかしくない。
だが、ハッキリと意味を持って逆さまに刻まれた「ヨッド」の文字はおかしい。アルヘオ文字は、本来ならこの世界には存在しない。そう私は確信していたのだ。
存在しているのならば、少なくとも王家やその親戚である公爵家、あるいは侯爵家レベルはその存在を知っていてもおかしくないと思うのだ。
そう思いながらも、耳をそば立ててもそれらしい話は欠片も聞かなかった。
しかもレイ先生の家は極々一般的な家だ。
それがなぜ、こうも平然と、個人の手元に存在しているのか……?
「レイ先生。レイ先生の抱えている、生死に関わる秘密というのは……この文字にも関係しているのですか」
「まぁ、そうだな」
平然とレイ先生は言う。
だがそれは、つまりそういうことで。
「レイ先生。その……レイ先生の本当のお名前は、なんと言うのですか」
そう、聞いていいのか悪いのか恐る恐るしつつも問うと、レイ先生は長い睫毛を伏せて、静かに口を開いた。
「俺の顔を見てどう思った」
「……え」
問い返されると思っていなかったので若干たじろぎつつ、正直に答える。
「美形……ですかね」
「ああ整ってるだろう俺は。……じゃなくて、他にないのか」
間髪入れずにそう返されて閉口しつつ、事実なのでとりあえず頷く。
レイ先生は美形だ。
それはもう、現代日本ならばトップモデル間違いなしという程度に整っている。
うんうんと頷くと、レイ先生は「他に思うことは」と再度、心配そうに聞いてきた。
なので思ったことを言う。
「瞳の色がオレンジなのは変わらないですが、メイクで随分印象が違いますね」
「まぁそうしてるからな」
「巨乳じゃないんですね」
「そりゃな」
そんなくだらない問答をいくつかして、それから、私は。
……一番気になっていたことを聞いた。
「カツラは黒髪でしたが……地毛は金髪で、ウェーブというか、巻き毛ですね」
「……あぁ。これも遺伝だよ。先祖代々、きつい巻き毛だ」
それを聞いて、私はひとつの、どうでもいいと思っていた情報を思い出していた。
更新遅くなってしまいましたが、続きでございます……!




