21 温室
庭園に行った日から数日後。
迎えに来てくれたヴィル兄様に抱っこされて、ご近所のバージル家のお屋敷にやって来た。
「御機嫌よう、フレシアおば様!」
「まぁ……!!まぁまぁ、アリスちゃん!」
感極まった声を出して私に駆け寄ってきたこの人は、フレシア・イリス・バージル。ヴィル兄様のお母様だ。
オーキュラス家の方の親戚筋で、ふくよかな「いいお母さん」って感じの人である。
「ヴィルから聞いてはいたけれど、本当に元気になったのね……!あぁ、良かったこと……!」
そう言ってぎゅっと抱きしめてくれるフレシアおば様。
「ご心配お掛けしてごめんなさい、おば様。これからまた仲良くしてくださいませ」
私がへにょりと眉を下げてそう言うと、おば様はうんうん、と涙目を拭って頷いてくれた。
「母上、温室を見せる約束をしているので、連れていきますね」
「ええ、そうしてあげて」
にっこり笑ったおば様は、特製のお茶を用意させるわね、と言って一度去っていった。
「それじゃ行こうか」
そう言ったヴィル兄様に手を引かれてバージル邸内を歩く。
裏庭に出ると、大きな温室が見えた。
バージル伯爵家は植物関連の産業が得意で、領地でも盛んに農業や薬草栽培が行われている。
その為、皇都のこの上屋敷でも大きな温室を構えているのだ。
「わぁ……!久しぶりに来ましたけれど、本当に大きいですね」
温室はいくつかのエリアに分かれており、低温からやや暑いエリアまで多種多様だ。このへんはファンタジー様々だね。
「そういえば、アッピキオおじ様とオルリス兄様はどちらに?」
ちなみにアッピキオおじ様とは、ヴィル兄様のお父さんのことだ。
訊ねてみると、ヴィル兄様は曖昧な表情をした。
「父上は一足先に領地に帰ってるよ。兄上は…………まぁ、部屋にいるんじゃないかな」
あれま。また、オルリス兄様については歯切れが悪い。
私としては確かめたいこともあるのでぜひ会いたいのだが……。
あぁ、疑念が深まっていく……。
「アリス、新しく地方から仕入れた花が沢山あるよ。見に行こう?」
話を逸らされてしまったので、とりあえず私はヴィル兄様について温室の中を歩いた。
今いる入り口から二つ目のエリアは、やや温かい。鮮やかな花が多いエリアだ。
「綺麗ですねぇ!」
前世で見たことがある花もあれば、まったく見たことがない花もある。ちょっとわくわくしてきた。
「この中のものには触っちゃダメだよ、アリス。毒があるものもあるし、刺激を与えると花粉を飛ばす花とかもあるからね」
「はい、兄様」
そんな会話をしながら歩いていると、メイドが一人兄様を呼びに来た。
「え……?ああ、それか。うーん……わかった、僕が見よう」
メイドに何かを言われた兄様は、困り顔で私に向き直った。
「ごめんねアリス、急いで様子を見ないといけない鉢植えがあるみたいなんだ。すぐ戻るから、この中で花を見ながら待っていてくれるかい?」
「はい、わかりました!私のことは気にせず行ってらっしゃいませ」
にこっと笑って言うと、ヴィル兄様は心配そうな顔をしつつも早足で去っていった。
植物魔法が得意なバージル家では、特に繊細な薬草や花を魔法の力を使って管理していると聞いたことがある。きっとその関係だろう。
幸い見るものは沢山あるので、私は温室の中を歩いていく。
「おお……いかにもな薬草」
毒々しい色の草や、怪しい模様の花。
花は綺麗なのにトゲが殺意高めなものや、見たことのない実をつけている低木。
見るもの全てが面白くて、私はどんどん歩いて行く。
「ふふ。薬草を調合して魔法の薬を作ったりとか、学校でやるかな?やるよね。うふふ、ふふふふ」
怪しい笑いを漏らしていると、視界の端に揺れる何かが見えた。
ん?とそちらを見るが、なにもない。次のエリアと繋がっている扉が開いているだけだ。
とてとてと歩いてそれを覗き込んだ私は、
……衝撃を受けた。
やっぱり……。
やっぱり、そう、だったんだ。
そんな言葉が脳内を巡る。
私の視線の先にいるのは、一人の美しい人物。
彼は、オルリス・フローンス・バージル。
前世で見たことのある、……ゲームのキャラクターそのままの姿の美青年が、そこにいた。




