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211 怒られ令嬢と兄様達


 私がアベルさんを警戒せず、呑気にまったりしている理由は、説明しにくい。


 今は実際の性格を見て、ある程度信頼している。

 とはいえ……本当に最初の理由、初日から心を許していた理由は「前世の乙女ゲームの登場人物で、根が善良な若者であることを知っていたから」としか説明できないのだ。

 つまり「前世のゲーム」のくだりから説明しない限り、最初から信用していたことの説明にはならないのである。


 もちろん、アベルさんがゲームの登場人物だったという話を分かりやすく「おとぎ話の登場人物でした」と言い換えることはできる。しかし、根本的な問題は変わらない。


 私が懸念しているのは、純粋にこの世界に生きている人からしたら「そういう話は得体の知れない気持ち悪さを感じるだろう」という点だ。


 どう表現を変えた所で、「あなた方の人生は本来決まっていて、他の世界ではそれが物語として知られ、娯楽となっています」と言っているのと同じだからだ。


 こんな話をしたら「僕は、私はこれからどうなるの?」となるのが自然な流れ。

 しかしだ。相手が偉人ならその人の選ぶべき道や結末をある程度知っていないとおかしいが、私はヴィル兄様やオルリス兄様がどんな人生をたどるのか知らない。

 

「金薔薇」は国民的おとぎ話などではなく、一部のファンが好んだ嗜好品のお話。しかもバージル兄弟はその中のサブキャラクターで、私は二人の事情を、物語をこれ以上知らないのだ。


 よって、どう足掻いても「名前は知っているがそれ以上はよく分からない」としか答えられない。そんなの「貴方は有名ではない物語の脇役でした」と言うのと同じ。


 気持ち悪い思いをした上に、人によっては大きなショックを受けるだろう。人生レベルでお遊戯会の木の役や草の役だって言われるも同然だから。


 じゃあどうするよ……!? と頭をかきむしりたくなるが、私がまごまごする様子を見たオルリス兄様が静かに言葉を発した。

 

「言えないってことは、アリスの言いにくい話……前世に関係するんだね?」

「うあ、えと、……はい」


 うあああ普通に肯定してしまった。駄目だ、咄嗟に他の嘘を吐くほどの知能は私にはない……。

 

「前世で、その〝塔の管理人さん〟が危険ではないことを知っていたってことだね」

「ひえ」


 オルリス兄様の勘が冴え渡りすぎて怖い。なんか魔術師モードになってない?

 

翡翠のような美しい瞳が私をじっと観察している。変な汗でてきた。

 

「その人、本当に〝塔の管理人さん〟なのかな」

 

 やばいやばいやばい。

 壊れた人形よろしく首を縦に振って肯定するが、兄様は「ふぅん……」と目を細めた。

 

「どうしてただの管理人さんを、前世から知っていたのかな」

 

 ですよねー!

 そうなるよね、普通知っているわけないよねモブ管理人のことなんて。

オルリス兄様の追求の手は緩まない。

 

「前世で出会ったことがある、とかかな。家族か友達……まさか恋人だった?」

 

 あ、そっちか。

 そりゃそうか。前世で知っていたと言えば、普通はなにかの登場人物じゃなくて実際の知りあいを連想するよね。

 オルリス兄様の言葉を聞いて、ヴィル兄様がハッという顔をした。


 ……いや、いやいや。そんな「もう会えない人の生き写し」みたいな切ないやつじゃないよ!?


 でもどうしよう、否定したら他の説明をしないといけないし、肯定しても変な空気になるよ。

 

でもでも、と考え込んで焦っている私の様子を見て、兄様二人は「そうか……」と納得してしまったらしい。

 

「その人のこと、信用しているんだね。本当に危険は無いんだ?」

「えっと、はい」


 それは事実なので力強く頷く。本当は将来ラスボス化する可能性はあるが、今のうちに人の輪の中に入れてしまえば防げるかもしれないので、一応無害なはずである。

 

「転生者じゃないんだよね、その人。それでも信用できるくらい、前世の人に似ているんだ?」


 ヴィル兄様がやたら沈痛な面持ちでそっと聞いてくる。えーとえーと。


 名前も顔も同じだから、前世のゲームキャラ・アベルであることは間違いない。あの様子だと転生者でもないだろう。

 

「はい、そうです。あれはあの人で間違いないです」

「……!」


 え、なんで天を仰いだのヴィル兄様?

 正面を見るとオルリス兄様も顔を手で覆っている。

 

「ヴィル……」

「兄上……」


 目を見合わせるバージル兄弟。先に口を開いたのはヴィル兄様だった。

 

「兄上、今、ショックを受けていますか?」

「うん。……なんでだろう。凄く悔しいような、焦るような変な気持ちなんだ」


 弟にそっと問いかけられたオルリス兄様は、そう答えた。あれ、魔術師モード解けてる。

 

「きっと兄上も、心の底では自分の気持ちにもう気づいているんじゃないですか?」

「気持ち……」


 そっと胸に手を当てる兄様。そして目を閉じ、一拍おいてから「そうだね、違うと思っていたけど……これはきっとそうなんだろうね」と呟いた。

 

「兄上。僕は正直、僕こそがと最初思っていました。でも僕じゃ駄目だ。僕も側近として精進しますが、これはもっとアリスをよく見てくれる人、叱ってくれる、兄上みたいな人じゃないと駄目です。あと僕では力不足な気がする……今日、はっきりそれが分かりました」

「……」

「兄上、頼みましたよ」

「うん、わかった。必ず僕が……」


 こくりと力強く頷いたオルリス兄様の目は何かに気づき、闘志に燃えていた。それを見て、ヴィル兄様が「任せました」と頷く。


 うん?

 任され……て、なにを? 私の面倒を?


 まぁ確かに、オルリス兄様にしか頼めないことをよくお願いしているし、当主格の人にしか頼めないことも今後出て来るだろうし。そのへんを改めて確認し合ったというところだろうか。


 うーん、後は、「頼れる度」でアベルさんと張り合ってるってことなのかな。

 

「アリス、その人の名前はなんておっしゃるのかな」


 私が軽率に広めて良いんだろうかと一瞬考えたが、私が二人と関わる限り今さらか。この後会うし。

 

「このあと、魔獣を連れて廃塔……その、管理人さんがいる場所へ連れて行く予定なんです。そこで、魔獣のお世話に関わる最低限の人とは顔合わせしてもいいと言われているので、よければそこで」


 ひとまずそう答える。本当ならオルリス兄様はそのメンツに入っていなかったが、遅かれ早かれな問題だろう。


 アベルさんにもオルリス兄様にも同年代の男性の友人いなさそうだし、もし二人が仲良くなれたら僥倖じゃなかろうか。

 

「そっか、この後会えるんだね」


 にこりと笑うオルリス兄様。


 ……謎の圧を若干感じるのは気になるが、誰かに会うのを楽しみにしている姿にちょっと感動した。


 そんな風に話が落ち着いたところで、御者二人から到着しましたと声がかかった。




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