204 力のタロット
目を光らせた鳥達は、一斉に舞い上がり急降下した。
そしてあれよあれよと言う間にわっさわっさとアベルさんのもとへ集い、からかうように頭や肩にとまったり服をつまんだり、羽でばさばさ顔を扇いだりする。そのピーピー喧しい様子とこそばゆさに、アベルさんが堪らず笑い出した。
「なっ、こらやめ、ふはっ」
「ふふふ。さあ、どうですか。戦うべきときは今ですよ?」
「悪用はやめっ、ふぐっ」
どうやら口に羽毛が入ったらしい。麗しい眉間に盛大にしわが寄った。
ええい、と頭を振ったアベルさんが「〝逆位置〟!」と叫ぶと、役目を終えたタロットが燃え尽きた。鳥たちは一仕事終えた顔で塔の壁の上へ戻っていく。
「……」
「えへ」
物凄いじっとりと睨まれている。しかし、それもからかわれたバツの悪さが大半の理由なので怖くはない。
むふむふ笑っていると、諦めたようにアベルさんが溜息を吐いた。そして、襲撃の犯人である鳥たちの方を眺めながらぼやく。
「まったく。これが生物の洗脳ではなく、意思の疎通と依頼に近いものだと解かってはいるが……いずれにせよみだりに使ってはならないと言っているだろう」
「てへ」
幼女っぽくテヘペロしてみるが、もはや私の本性は見破られているので無意味である。胡乱な目線を受けたので下手くそな口笛を吹いてみるが、再び溜息を吐かれた。
アベルさん立ち会いのもとでちょこちょこ実験しているタロット研究だが、危険が少ないことが想定されるもの、そして大規模な爆発だの世界改変だのと大ごとになる可能性が少ないもの……と考えた結果、一番最初に取り掛かったのはこの「力」のタロットだった。
女性が獅子の口元に手を添えている絵柄のこのカードは、見たままの解釈がし易かったからだ。
私とアベルさんの考察は当たり、正位置の効果は主に「理性を残した状態での生き物の使役、あるいは依頼」である。そして逆位置は「使役の解除、または力の暴走、あるいは無力化」だった。恐らく違う解釈をイメージすれば違う使い方もあるのだろうが、メインはこれである。
ちなみに実験の結果、「逆位置」を唱えて効果があるのは、これらすべての事実を把握してイメージし、呪文に魔力を込めて対抗した場合のみだった。
やはり、いざという時の対抗や防衛には知識がないといけないということだ。
そして魔術としての質は、魔法陣であるタロットの絵柄の正確さに左右される。ウェイト版タロットを意識して模写できているかどうか、正確に着色しているかどうかも関係してくる。簡易的なものやモノクロでも発動するが、その場合は精度や持続時間が減退するようだ。
たったこれだけ、つまり一枚のタロットの完全再現に数か月かかってしまったのは、廃塔に来られる時間の少なさ、実験だけに時間を割いているわけではない事実、事前の考察、準備、作画の試行錯誤、安全を確保した上での実験などなど細かなことに時間がかかっているせいだ。
まぁ幸いにして我が身は幼女、人生の時間はまだまだある。着実に進めていけば……などとオカルトハッピーモードになっていたのだが、そこでアベルさんの異変に気が付いた。
……真っ青である。
遅くなりましたが、今日の分です。
ハトに群がられてきゃっきゃするのは本来清純派ヒロインのはずでは……というのは言ってはならない。




