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19 邂逅

神の食べ物・マヨネーズと酵素漬け肉の衝撃はなかなか冷めなかった。

 

 落ち着かせるために、まずヴィル兄様の家には近いうちに遊びに行き、使用人にレシピ伝授することを約束。

 次にお父様とお母様には、これからも何か思い付いたり、精霊のお導きを思い出したら形にしますねと約束をした。

 

 そうしてようやくひと心地つき、急いでお腹をいっぱいにしたコニーが満面の笑みで給仕に戻って食後のお茶となった。

 

「それにしても、アリスをうちに招く事になるのは二年ぶりだね」

 

 ニコニコしながら兄様が言う。確かに、ルージ事件以来避けてしまっていたので丸二年ぶりになる。

 ヴィル兄様の兄、オルリス兄様にもはやく会いたいな。

 

 オルリス兄様は物静かなとても優しい人で、バージル家の特技である植物魔法が得意な人だ。なぜ当時三歳の記憶力でそれを覚えているかというと、相当な腕前だからである。

 照れながら、萎れた花を一瞬で見事に瑞々しく蘇らせたり、蔦を急成長させて操って見せてくれた。

 

 ……オルリス兄様については、実はひとつ気になっていることがある。

 あるのだが、それはオルリス兄様が悪い訳では無いので、全てはもう1度会ってから考えようと思う。

 

 そんな事を思い出した私はヴィル兄様に声をかけた。

 

「ヴィル兄様、オルリス兄様はお元気ですか?」

 

私がそう聞くと、何故かヴィル兄様が少し硬い表情になった。

 

「兄様?」

 

「あ、うん……。元気だと思うよ」

 

 思うよ、って。今は別に暮らしているのだろうか?

 

 カップに口をつけて黙ってしまったヴィル兄様にそれ以上聞くのは憚られたので、違う話題をふった。

 

「ヴィル兄様、遊びに行くときのお土産はお肉とお魚どちらのお料理が良いですか?」

 

「肉で」

 

 即答された。めっちゃキラキラ笑顔だけど……さっきまでの硬い雰囲気どこいった?

 どうやら、ヴィル兄様の胃袋を完全にキャッチしたらしい。

 

「私はアリスの考えた魚料理が食べてみたいなぁ」

 

 お父様がさりげなく便乗してきた。

 

考えておきますねと返答していると、お母様も美しく微笑みながら口を開いた。

 

「あら、なら私はアリスと一緒にお菓子を考えてみたいわ」

 

 まさかのお母様まで便乗である。でも一緒にお菓子考案っていいな。親子って感じするし!

 

「 えへへ。私も一緒にやってみたいです!」

「なら決まりですね、うふふ」

 

 結局お肉、お魚、さらにお菓子まで考案することになった。社畜の乏しい料理知識を総動員しなければな。

 

 そうして和やかに話していたのだが、秋の風に当たり続けた体がぶるっと震えたのをお父様に見られ、慌てて帰ることになった。

 

 今はお父様の腕にインして庭園を下っているところだ。

 

「アリス、まだ寒いかい?」

 

 心配そうに覗きこむお父様を安心させるために、ぎゅっと抱きついて「お父様がとっても温かいので、今はぽかぽかしています!」と元気良く答える。

 

「そうか、ぽかぽかするか」

 

完全に心がぽかぽかしている顔でお父様が安心したので、楽な姿勢に戻る。

 

 お父様って私以上に寒色系クールビューティーな風貌なのに、「ぽかぽか」とオウム返しに言っちゃう所はちょっと可愛い。

 家族と会話している時以外はわりと冷たい印象の無表情なので、差が凄いのだ。我が父ながらギャップ萌え。

 

そんな風にデレたお父様にデレ返して観察し、至福の一時を味わっていたのだが。

 

 

 ふいに近くから怒声が聞こえてきた。

 

 

 今まで見かけたのはのんびり散歩しているカップルや老夫婦など静かな来園者が多かったので、一層その声が響く。

 

 

「――何?!その顔。私の言うことに文句があるのかしら?!」

 

「も、申し訳ございませんっ」

 

 

 そんな怒声とパシンと響く音がする。穏やかでないな。

 そちらを見ると、6人組が道の途中で立ち止まって騒いでいる。

 

 大声を出しているのは金髪ドリル頭に赤いドレスを着たお嬢様だ。遠目から見てもかわいい顔立ちをしているが、激怒したオーラのせいで近寄りたくない雰囲気。年のころは私と同じくらいかな?

 

 それに頬を張られたらしいメイドと、気の弱そうな男の従者がお嬢様を宥めている。

 

 それを一歩引いた場所から冷たい視線で見ているのは妙齢の女性なのだが、こちらは一目見ただけでゾクリとするような冷ややかな感じだ。顔が似ているので恐らくあの子の母親だろうが……。

 一見すると少し微笑んでいるように見えるのだが、温度が無さすぎて無表情にも見える。内側が見えない感じだ。

 

 その謎めいた母親に付き従っているのは、これまた無表情かつ感情を感じさせない従者が二人。

 

 関わりたくないなぁ、早く通りすぎたいなぁと身を固くしていると、お母様がおっとりと私に声をかけた。

 

「アリス。何が起こっても、何を言われても笑顔で余裕を見せなさい」

 

 ?!

 

 え、巻き込まれるの確定なの??とビビりつつ、咄嗟にアラサーの胆力で営業用の笑顔を作り、はいと答える。

 

 見ればお父様もお仕事モードだ。表現するとしたら、冷徹ビューティー顔・よそ行きやや微笑みバージョン。どうやら良くない知り合いらしい。

 私を抱き締める力がちょっと強すぎて痛いが、守ろうとしているのを感じるので黙っておいた。

 

 事情を知らないらしいコニーは動揺しているようだが、ぐっとバスケットを持つ手に力をいれた。ヴィル兄様は顔に力を入れているが、うんざりしているのが透けて見える顔をしている。

 

 

「お嬢様、人目もございますから、どうか少し落ち着いてくださいませ」

「はぁ?!人目がなに……」

 

 

 気の弱そうな従者が声をかけたことで、甲高い声のお嬢様がこちらに気付いた。

 

「…………」

 

 じろじろとこちらを眺めたお嬢様は、お父様とその腕に抱かれた私を見た瞬間にムッとした顔をした。

 え、なんで?

 

「ご機嫌よう、オーキュラス侯爵、バージル伯爵子息」

「……ご機嫌よう、ヴィランデル侯爵夫人」

「……ご機嫌よう」

 

 あちらの母親が挨拶をしてきたので、お父様と兄様が渋々といった様子で返事をする。

 

「お見苦しいところをお見せして、申し訳ありませんわ。なにぶん勝ち気な子で」

 

 謎めいた母親は自分の娘のほうをちらりとも見ず、張り付けたような笑みでこちらに謝罪をした。

 言っていることは普通の母親っぽいのだが、何故かうすら寒く感じる。

 

「いいえ、お気になさらず。まだお嬢様も五歳ですから、そういうこともあるでしょう」

 

 お父様が義務的な感じにそう返すと、向こうの母親は目線を伏せて微笑んだ。


 

 しっかしさぁ。

 

 

 さっきからうちのお母様が、超放置されているんですけど。

 

 

 挨拶はお父様と兄様に対してだけだった。

 今もお父様と一言二言会話を交わしているが、視線すら送らない。

 お母様自身はいつも通りのおっとりとした微笑みでお父様の横に控えている。

 

 感じ悪いなぁと思いながらふと静かになった金髪ドリルお嬢様の方に目を向けると、さっきまで真っ赤だった顔が青くなっていた。

 これはあれかな。後で怒られるの確定な感じで青くなってるのかな。と見ていると、視線に気付いたお嬢様にギッと睨まれた。怖っ。

 

 慌てて両親の方に視線を戻したところで、ようやく向こうの母親がお母様に声をかけた。

 しかし、声はかけたが視線は送らず、体を少し向けただけだ。毛嫌いしている感じが伝わってくる。

 

「……あら、エレオノーレ様。今日は御加減が良さそうですのね。病は治られたのですか?」

 

 うわ、さも今存在に気付いたみたいな態度。感じ悪!

 

 私が内心激おこぷんぷんしていると、お父様も先程から感じていた不快感がマックスになったのか目元がひくりと動いた。

 私はなんとかお母様に言われた微笑みを保っていると思うけど、口元が今にもへの字になりそう。

 

「ええ、お陰さまで。私も娘も完治しましたのよ、グラツィアーナ様」

 

 お母様は優雅な笑みで相手の母親に返す。

 どうやらこの人のフルネームはグラツィアーナ・ヴィランデル夫人というらしい。語感が強そう。

 

 しっかりとしたお母様の喋り方に変化を察知したのか、ようやくお母様を直視したグラツィアーナ夫人は、その張り付けた笑みの上にうっすらと驚愕の色を乗せた。

 

 まぁそうだよね。病んでた時…っていうか攻撃呪を受けてた時のお母様って、ほんとにメンヘラオーラがヤバかったというか。美しいのは変わらなかったけど、顔色も悪くて弱々しかった。

 それが今や呪を跳ね返し、苦難を共に乗り越えた夫から24時間愛の言葉を囁かれ、娘との仲も修復して、自信も元気もフルチャージ。以前にも増して美しくなったのだ。

 

 事態を察して視線を素早く私に移したグラツィアーナ夫人は、更に驚いたのかいよいよ目を見張った。

この夫人と私が会ったことがあるかは今のところ記憶にないのだが、病んだ後の私を知っているとしたら驚きもするだろう。なにしろ負のオーラを放つロン毛の幽霊みたいになってたからな。

 

 今じゃあアラサーの精神力で、この修羅場でも完璧な外用の微笑みを浮かべている……はず。ちょっとひきつってるかもしれないけど。 

 

「あら……お嬢様も随分と変わられたのですね」

 

 グラツィアーナ夫人が思わずといった風にこぼした。ふん、病んだままだったら良かったのにって考えが透けて見えるね!

 なんとなくぎゃふんと言わせてやろうという気持ちになったので、しっかりとした挨拶をすることにした。

 

「ご機嫌よう、グラツィアーナ様。長らくご心配をお掛けして申し訳ございませんでした。これからお茶会などでお会いすることもあると思いますので、どうぞ、よろしくお願い致します」

 

そうはきはきと宣言して、子供らしくほんの少し小首を傾げて返事を促した。

 

 私の五歳児とは思えない対応に面食らったグラツィアーナ夫人は一瞬だけ固まったが、返事を促されているのに気づいて型通りの返事を返してくる。

 

 そして、私たちが現れてから一度も視界に入れなかった自分の娘をチラリと見たが、結局挨拶をさせることはなかった。

 

タイトル要素、一部登場です!

長かった……。

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