18 神の技
ここに来る前日、ピクニックと聞いて思い付いたのはサンドイッチだった。
しかし、この世界のパンはやはり硬い。異世界のパンは硬いっていうテンプレはここでも変わらないらしい。
昔のパンは硬かったらしいし、これは想像の範囲内だ。そこで私は考えた。
今こそ、前世日本人チートで食文化革命するべきではないか、と!!
といっても酵母なんてそう簡単には作れないし、私の料理スキルは普通だ。
それにピクニックは次の日に迫っていたので、具材の方を加工することにしたのだった。
◇
「お嬢様、ほんとに秘密ですよぉ?」
ピクニックが決まったそのすぐ後に、コニーに頼んで私は厨房に忍び込んだ。
下働きのスペースに貴族が入るのは推奨されないことらしいので、コニーの影に隠れてこっそりである。
「ええと、用意しましたけどぉ……これで良いんですか?」
不安げにしているコニーが手にしているのは、鶏肉、玉ねぎ、白ワイン、オリーブオイルなど。
「合ってるよ、ありがとう」
コニーを安心させるようににこりと笑うと、コニーもふにゃっと返してくれた。
「さすがに調理はダメですから、コニーがやりますねぇ!」
「うん、よろしくね」
よし。3分クッキングの始まりだ!
「まず、お肉を一口大に切って器にいれて、薄く切込みを入れてね。それから玉ねぎひとつを全部みじん切りにして、それとオリーブオイル、ワイン少量をお肉をひたひたに出来る量混ぜて」
はぁい、とお返事をしたコニーがてきぱきと作業する。玉ねぎを切るところでは二人でぼろぼろ泣いたりしたが、無事につやつやとしたチキンマリネの第一段階が出来上がった。
「うん、そんな感じで大丈夫。これで一晩寝かせて、明日はこれを焼いたものをスライスして、ソースも作って挟んで、サンドイッチで食べたいの。パンは薄く切ってね!」
「かしこまりました!それにしても……はぅ、この組み合わせ美味しそうですねぇ」
マリネの見た目と香りに、この時もコニーのお腹からきゅうんと子犬の鳴き声が聞こえたのだった。
そして日付は変わって今日。
朝食を食べ終わった後、ピクニック用のランチの最終仕上げに望む事にした。
ちなみに兄様も一緒である。
「早めに来てって言うからお邪魔したけど、何するんだい?」
場所は厨房から続き間になっている配膳準備室。
不思議そうにしている兄様に、「一足先に絶品料理を味見してほしかったのです」と告げる。貴族の基準でこの料理がアリかどうかを見極めたくてお願いしたのだが、かなり吃驚された。
「料理?!て、まさかアリスが作ったの?ご両親はそのこと知ってる?」
おっと。ヴィル兄様は貴族の手料理否定派か?かなり怪訝な顔をされているので私は急いで否定する。
「いいえ、兄様。全てコニーに指示をして作ってもらったのです」
「なんだ、そういうことか。危ないから刃物や熱いものなんて持っちゃダメだからね?」
兄様はホッとした顔で微笑んだ。どうやら私の危険を考えてくれていたらしい。
流石兄様、好き。
はいっと元気良く返事をすると兄様は満足したらしく、料理ってどれ?と話に乗ってくれた。
「こちらです!」
そう言って私が銀の蓋を取ってずずいと差し出したのは、一口サイズのサンドイッチだ。
見た目は、表面を軽く焼いたパンに、チキンとレタスなどを挟んだシンプルなサンドイッチである。種も仕掛けもない感じだね。
「お、おお〜。美味しそうだね。いただきます」
思ったより普通……でも普通で良かった。ピクニックに浮かれてるんだな可愛いなぁ、と顔に書いてある兄様がそれをひょいと取って頬張る。
最初はもぐもぐと普通に咀嚼していたが、すぐ表情に変化が出た。
「ん?……ん?!」
もぐもぐごっくん、と最後まで飲み込んだ兄様は勢い良くこちらを見る。
「え……?なんか……なんか。凄く、美味しかったんだけど。なに、これ……?」
衝撃で語彙力を失った兄様に、私はふふ〜んとふんぞり返って答えた。
「名付けて、熟成チキンマリネと秋野菜のマヨソースサンドイッチ、です!」
◇
そんな感じで兄様に衝撃を与えたサンドイッチを、今まさに家族に振る舞っているのだが。
それはもう面白い反応が返ってきている。
まずお父様。
そもそも娘の愛情料理という点で感激しており、食べるまでに時間がかかった。
見た目を「美しいバランス……絶妙な焼き加減……香ばしい香り……」とひとしきり誉めてから食べだしたのだが、食べている途中からスンッと真顔になり、現在はゲンドウポーズだ。好きだねゲンドウポーズ。
次にお母様。お母様は食が細いので、少しずつ上品に食べていたのだが、食べ進める部位がマヨソースとチキンマリネに差し掛かったところで雷に打たれたようになり、10秒ほど微笑んだまま固まっていた。
その後は通常の1・3倍速で優雅に食べ終えた。
ヴィル兄様は今朝に味見したので、美味しい美味しいと頬を染めて食べまくっている。
コニーちゃんは使用人なので私達の後だ。ちょっと可哀想だけどね。
さて、ただのチキンサンドイッチになぜここまで驚愕されているのかというと、お酒と酵素の力でお肉を柔らかくする文化が無いのが理由のひとつだ。
そしてもうひとつがマヨソースである。
この世界の食事事情はかなり味気ない。胡椒と唐辛子がほぼ流通していないのはもう当然として、塩も砂糖も高級品だ。味噌も醤油もない。
食材についても、基本は長期保存できるものがメインだ。つまりめっちゃ硬いのだ。
屋敷に料理人がいる貴族であろうと、味が濃くてお腹がしっかり満たせれば良いというスタンスが主流のようだった。
恐らく平民との違いは、安定した量を毎日食べられるかどうか。
かなりの上流階級になって初めて、野菜・果物・肉や乳製品などをバラエティー豊かに食べることが出来る。
更に、雇っている料理人の腕次第で調理による味の変化が楽しめるのだ。
しかし上流階級なんてものは世界のほんのひと握りだ。そのひと握りのためだけの、保存ではなく味覚や食感を重視した料理などがそこまで発達しているわけもなかった。
そんなわけで新境地開拓のため、鶏肉を玉ねぎの酵素の力で一晩かけてほろほろにほぐし、白ワインで臭みを飛ばしてみた。そして硬いパンには、マヨソースを塗って口当たりを良くしたと言うわけだ。
食感の柔らかさと臭み取りは日本人として譲れない。
ついでに言えば、マヨネーズが嫌いな人はほとんどいないはずだ。卵黄と酢、油、塩を混ぜるだけで出来上がるのだが、卵が比較的高価なためにまだマヨネーズが存在しないのか、お酢で殺菌できることが知られていないからなのか、食卓に上った記憶がなかった。なので、これも一から指示して作ってもらった。
大体そういった計算で作ったチキンマリネ&マヨソースは私が想像していた以上の衝撃をもたらしたらしい。
お父様ががくがくと震えながら呟く。
「マヨ……ネーズ……。これが、神の食べ物…………」
神の食べ物(笑)
お父様のネタの様な呟きに吹き出しそうになるが、続きを聞いてみる。
「そしてなんだ、この肉の柔らかさは。舌でほぐせる柔らかさなど初めてだ……。狩りで捕ったばかりの兎を捌いたことはあるが、それとも全く違う。あれは確かに柔らかかったがかなり臭みがあったし……」
一晩寝かせたからね!
ちなみに酵母、酵素という概念があまり無いこの世界では、塩漬けの保存食以外に寝かせる料理が少ないようで、コニーを説得するのが大変だった。
常温で放置したら腐ってしまいます!ってね。大丈夫大丈夫。
「ええ、その二つも驚異的ですが、全体の調和も素晴らしいですわ……! お肉に絡まった野菜の香ばしさ、油を中和させてくれるさわやかな秋の野菜に、全てを包み込み纏め上げるパンと、そのパンを甘く柔らかくするこのマヨネーズというソース……。私は……このようなハーモニーを食事に感じたのは初めてです」
お母様が料理番組の女子アナみたいになっている。
こんな感じで、ほう……。とそれぞれが恍惚のため息をついたところで、興奮冷めやらぬお父様がぽつりと言った。
「アリス、どうやってこんな料理を知ったんだい……?」
うっ。
やはり来た、その質問。
しかし確実に来ると思っていたので私は淀みなく答えた。
「いつだったか忘れましたが、玉ねぎと一緒に食べたお肉がいつもより柔らかいことに気がついたんです。それを応用してみたんです!」
必殺、いつどこで獲得したかはよくわかんない作戦!!
しかしお父様とお母様は「そんなことあったかな?」と首をかしげている。
そこで私はプラン2に出た。
「あと、マヨネーズは病に臥せっている時にふと思い付いたんです。卵に手を加えたら好みの味になるのではないか、と。もしかしたら、美味しいものを食べて元気を出しなさいという、祖霊か精霊の与えてくれた知恵……励ましだったのかもしれません」
ちょっと無理があるが、神のお導き的なアレである。しかしこれが効いた。
「ああっ……!なるほど、それなら納得できる……!」
お父様が天を仰ぐと、お母様もそれに続いた。
「ええ、まさにこの味は神の御技……!!アリスの奇跡的な回復もマヨネーズも、神のお導きによるものだったのですね……!!」
私の生存とマヨネーズの存在が一纏めになってしまったが、まぁ誤魔化せたっぽいからいいか。
……いや、悲しくなんか無い。無いからね!




