第一回しっぽ会議
五章のどこかであった話です。
「それでは、第一回しっぽ会議を開催します!」
「わー!」
「ぱちぱち~」
午後のぽかぽかとした日差しの元。
僕らはいつも集まる自習室や校庭ではなく、人目につかない建物の隙間に集まっていた。
この光景を見た人からは、たまに「狼の群れ」とか「猫の集会」なんて揶揄されるけど……今回は狼系の獣人も猫系の獣人も集まっている。
「ねぇフレッジ様、しっぽ会議ってなに? ボク、よくわかんないまま来ちゃったんだけど」
発案者の僕に疑問を投げかけてきたのは、黒猫族のオルガだ。ちなみに「ボク」と言っているが女の子である。
「私もよく分かんないんだけど……。でも誰のしっぽが一番フサフサかって話なら、間違いなく私だよ!」
えっへん!と胸を張って尻尾を揺らしたのは、同じく黒猫族のカリナだ。
カリナの尻尾は確かに一際ふさふさとしているし、よく日向でお日様の光を浴びながら毛繕いをしているのでよく膨らんでいる。
いつも彼女とつるんでいるオルガが「いーなぁ、ボクも長さなら負けないんだけど」とこぼした。
「まぁ、いきなり集めたからね。さて、金狼にも黒猫にも集まってもらったのには訳があるんだけど」
そう言って僕は、横で冷や汗をだらだらと流して硬直しているイヴァンをちらりと流し見た。
「ひとまず、今回の会議のきっかけになった我が友イヴァンに……話を聞こうかな」
努めて冷静な声を出したつもりだったのだが、僕の声を聞くやいなや、イヴァンが「ぴぎぃ」みたいなか細い悲鳴を上げた。
まったく、次期族長だというのに情けない。
「イヴァン様ぁ……」
一際心細そうな声を上げたのは、イヴァンの側近のユージンだ。
ユージンはイヴァンがノリと勢いで何かやらかす度に、心細そうな、大人の言うところの「いのいたそうな」顔をするちょっと気の弱い子だ。
イヴァンのフォローに回る役割と言う意味では僕と似ているので、種族は違うが獣人の中でもよく話す方である。
「大丈夫だよユージン、あくまでこれは話し合いだから」
「そ、そうですけど。でも内容が内容ですし……」
はわはわしているユージンをなだめると、今度は僕の側近のヴォルヤが不安そうな声を出した。
「やはり、あれですか? 誰の側近にもなっていない者は、一族全員アリス様の専属護衛になるという」
「ううん、違うよヴォルヤ。それも大切だけど、あくまで今回の議題は“しっぽ”だ」
「アッハイ」
なぜかヴォルヤが遠い目になって押し黙った。
そして隣のイヴァンの冷や汗はもはや滝レベルである。僕は本題を切り出した。
「そう。今日の議題は、イヴァンがまたアリス様にくっついて首筋に擦り寄るだの、また“しっぽ”を絡めるだのという狼藉を働いたという事について」
「ふにゃっ!?」
問題の不届きなしっぽをぐわしと掴むと、イヴァンが飛び上がった。
必死にじたばたと逃げようとするが、獣人は基本的にしっぽを掴んでしまえばこちらのものである。
「うわ、ひえ、くすぐった、やめっ!」
ぐわしぐわし。
「しっぽを絡めるというのが人前でする事じゃないことは、周知の事実だと思う」
もぎゅもぎゅ。
「ひぇ、はい、ごめ、……!」
おらっ。
「そんなことを高位の存在である我らがアリス様にするというのがどれほどはしたなくていけないことか」
「ひにゃああ!やめっ……」
どっせーい!
「へにゃ」
情けない声を上げてへたり込んだ親友を横目で見つつ、そのしっぽをポイッと手放して話を進める。
「他のみんなは、人前で、ましてやアリス様に対してそんなことしないよね?」
にこーと笑って見回すと、獣人の仲間達は全員ガクガクと縦に頷いてくれた。よかった。
……しかし、めげてない奴が一人。
「で、でもフレッジ。アリス様はそのへんを知らない。だからこそ、まだ許される今の年齢のうちにめいいっぱベブラッ」
放物線を描いて吹っ飛んでいったイヴァンをよく飛んだなぁと眺めつつ、僕は言った。
「我が友イヴァンの意見に同意する人は?」
今度は首を“横に”激しく振ったみんなに満足する。そこでヴォルヤが困惑したような声を上げた。
「そ、それで、シリアスな話の方……もとい、専属護衛集団になるという話の方は……」
「そっちはもちろん、黒猫族だけに抜け駆……じゃなかった先を行かれるわけにはいかないからね。金狼族も名乗りを上げるということになっているよ」
「アッハイ」
そっちの話題の方がだいぶ重要なのでは?という空気も一部から感じるものの、こういうことはしっかりとシメておかないと後々良くない。
「何はなくとも規律だよね。むしろアリス様に更に寄り添う存在になるのならば自制心は必須。というわけで、この会議で一度しっぽ協定を結びたいと思う」
「しっぽ協定」
そう、僕は今回の会議でこの協定を取り付けるつもりだった。
「アリス様に近づきすぎない、くっつきすぎない、あまつさえしっぽを絡めたりしない。そして、そのような不埒な真似をした奴は全員で一丸となって制裁を加える……。そういう協定を結びたいと思う。良いかな」
「アッ、ハイ」
念を押してそう確認すると、全員一致で首が取れそうになるほど縦に頷いてくれた。
よしよし。これで獣人の秩序は多少保たれるだろう。
僕が今回こうして少々過激な態度を取っているのは、決してイヴァンが羨ましいから……などでは決して無い。
多少はあるかもしれないが……いや、ない。ないったらない。
なにが主目的なのかと言えば、それはあくまでアリス様の立場を思ってのことだったりする。
―――アリス様は、良くも悪くも垣根が無い。
その垣根のなさは人種や性別、身分も完全に超越したもので、その愛を受ける側としては永遠に受けていたいほど心地良いものだとしても、それを知らない他人からしたらいっそ何かを疑われるほどに危ういものなのだ。
その気負いの無い深い博愛、意図せず寂しさや傷を埋めてくれる暖かな言葉、目線、雰囲気……。
そして自分の好きなものに正直な面白いところ、意外と負けず嫌いでちょっと強気な面。
そういうアリス様の素敵な所は、近くに侍って日常を過ごしていればすぐに誰もが知ることだ。
でも、知らない人はなぜこれほど僕らがアリス様に心酔するのかを理解できないし、逆に僕らを厚遇するアリス様のことを偽善者だの、打算的だのと罵ったりする。
それら全ては、考えることがそれほど得意じゃ無い僕らが多少あがいたところでどうにか出来ることじゃなかった。
僕らはあまり上手く立ち回れもしないし、かといってアリス様のことを思って離れることもさみしくってできやしない。
むしろ好きすぎるあまり、うっかりイヴァンのように距離を詰めすぎてしまうのが常だ。
でもその反面、僕らは指示して求められたことを達成したり、これと決めた主人に尽くすことは得意だ。
周囲がなんと言おうと、自分たちと主との間で決めた行動基準があれば、いくらだって頑張れる。
だから会議を開いた。
アリス様のお役に立つために、大前提として規律を定めるために。
そして皆への確認も、イヴァンの……いや、己の自制もかねて。
本当のところは、イヴァンだってそうなのだろう。
暗闇や人混みに混じって逃げることが得意なのに、僕に易々と捕まってこうして裁かれているのは、結局の所自戒なのだ。
そんなことを思いながら一同の目を見回す。
……そこに浮かぶ僕らの思いは、それぞれ色こそ違えど、同じ温度だった。




