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レイ先生と、とある側近の話

5章の間のレイ先生のお話です。


 新学期が始まった初日。

 

 授業を終えて割り当てられた個人別の教員室へ戻りながら、昼間に聞いた台詞を脳内で思い返す。

 

『“うーん……それは魅力的なんですけど、完全な密室じゃないとちょっと……”』

 

 そう。

 あの将来有望にして大問題児の一人、アリスの台詞である。

 

「はぁ……何をやらかすつもりなのか」

 

 独り言を呟きつつ、個人職員部屋の扉を開け、執務机の椅子にどさりと座る。

 まだまだ若いはずなのに凝った肩を揉みつつ、しかしその疲れたような呟きと仕草とは、まるで正反対のにんまりとした笑みを浮かべた。

 

 アリス・リヴェカ・オーキュラス。

 将来有望で、大問題児で……。

 そして、誰よりも面白い子供。

 

 そんな彼女が「完全密室が欲しい」なんて言うのだ、百パーセントまともな事じゃない。

 それでも条件付きで許可を出したのは、彼女の為だけでなく、いくらかは自分のためだった。

 

 レイガトス前学園長の時代には不遇だった自分。

 素を晒せない日陰の境遇でありながら言動が前学園長の方針にそぐわなかったために、一時は最下級の使用人のような役割にまで堕とされたこともある。

 

 そんな自分が、オルテンシア学園長の「就任騒ぎ」により、派閥クラスの担当教師を務めるまでになった。

 

 そこまでならば、まだ身の安全を最優先に動くだけの自分だっただろう。

 

 しかしアリスの出現や行動により、元々持っていた「教師としての志」までも思い出すことが出来た。

 

 その恩返しのようなつもりで研究室を提供したのだが、あの台詞からして、きっとまた新しい何かを生み出してくれるのだろう。

 

 それが、楽しみじゃないはずがない。

 

 だからこれは、期待する自分のための行動とも言えるのだった。

 

 ◇

 

 ……………………。

 

 た、「楽しみじゃないはずがない」とかかっこつけて思ってたけど、予想以上だった。

 

 宣言通り、研究室を定期的に見回っているのだが……。

 いつの間にか室内は水周り、作業台、道具の全てが完備され、おまけに炉まで完備されていた。

 

 子供たちは目標があるらしく活き活きとしており、自分たちでルーン文字の授業の先取りのようなことを綿密に行っていた。

 

 そして何より……。あの、本棚で隠してしまった奥の小部屋。

 元々の部屋の作りを知っている自分でなければ、存在を知ることも出来ないあの場所。

 

 大研究室と呼ばれる手前の部屋で子供たちと話すうち、「小研究室」と呼ばれていると知ったその部屋では、曰く“かっこいい秘密の研究”が行われているらしい。

 密室が欲しいというのはこれかと察したのだが、肝心のアリスは授業が終わるやいなやあちこち忙しそうに走り回っていてなかなか捕まらず、その側近や親しい子供達に事情を聞こうとしても、知らぬ存ぜぬで内情が伺えない。

 もうすぐに控えている、皇立庭園での校外学習の前には内容を把握しておきたいのだが。

 

 そうして「活動内容を把握してサポートしたい」という旨をさりげなく伝え続けていたところ、アリスの筆頭側近であるヴィルヘルム・エリン・バージルが日暮れ後に俺の個人職員室を訪れたのだった。

 

「失礼致します」

「どうぞ」

 

 夕暮れに染まる俺の職員室に、入室の許可を求める声が響いた。

 

 入ってきたライトグリーンの髪の彼に椅子を勧める。

 俺に丁寧に挨拶をして座った彼は、軽くワンクッション雑談をしてから、それで……と早速本題を切り出してきた。

 

「部屋を提供して下さったレイ先生はご存知かと思いますが、我が主は奥の部屋にて、しばらくは秘密裏に研究を進めたいと考えています」

「ええ、そのようね。……そこまでして秘密にするのは、一体なぜなのかしら?」

 

 軽く質問をしてみると、ヴィルヘルムは少しだけ困ったような顔をしつつ、しかし堂々と言った。

 

「決してやましいことはしておりませんが、今の現状ではあまり褒められることのない研究である……と思われるからです」

「ふぅん。褒められることのない、ねえ。……まぁ、さしずめラーミナ教徒が嫌がるような内容ということかしら」

 

 そういえば、アリスの師匠に当たるあのスーライト夫人もそんな感じだったわね。 

 

 魔術専門の研究所と言うだけでも「神を喜ばせるものではない」として公費が出にくい今のこの国で、高位の身でありながら堂々と魔術の研究をやっている変わり者。それがスーライト夫人だ。

 

 なぜ自費とは言え研究所を構える許可が降りたのかが謎なほどだが、十中八九、国の上層部と裏で取り引きしているのだろう。

 

 口では魔術を厭いながらも、国、そしてラーミナ教とて武力足りうる魔術をしっかり求めているのだ。

 

 その弟子のアリスだ、ある意味納得の流れである。

 

 ちなみに「特別研究活動」は、もちろん魔術に一切関係の無い活動も認められる。むしろ聞いた話では、他クラスの子供はその方が多いらしい。

 その上で、さらに徒党を組んで研究するというのもアリスの夜明け団くらいかと思うが……。

 

「……止めますか」

 

 そんなことをつらつらと考えて少し思案顔をした俺に対し、ヴィルヘルムが緊張した面持ちでそう言った。

 どうやら、難色を示されたと思ったらしい。

 

「そうねぇ……内容によってはそうしなければならないわね。でも、そもそも協力しようと思っていなければ部屋を提供したりはしないわよ?」

 

 だから言え。じいっと見つめてあえてそう言うと、ヴィルヘルムは一瞬俯き、それから意を決した様に口を開いた。

 

「何をお望みでしょう?」

 

 なるほど、何かを差し出すから黙っていてくれということか。

 

 しかし警戒されたものだ。くどいようだが、部屋を提供した時点でもっと信頼して欲しいものだが……。アリスはここまで用心深くはないから、恐らくこの発言はヴィルヘルムの独断だろう。

 

 真剣な様子からは、なんとしてもアリスの願いを叶えてやりたいという意志を感じる。……全く、あの子は本当に人に愛されている。

 

「私が望むのは……“面白いこと”よ」

 

 にっこりと笑って即答してやると、ヴィルヘルムは目をぱちくりとした。

 

「……面白いこと、ですか」

「そう、面白いこと。私があの子に期待するのはまさにそれよ」

 

 利権や金銭などを求められると思っていたのだろう。意外そうなヴィルヘルムに言ってやる。

 

「見ていると単純に面白い、というのもひとつあるけれど。アリスが……というより、生徒達が伸び伸びと活躍し、必要なことを学べる環境を作ることが私にとっての“面白いこと”よ。そして私がアリスに興味を持って助力しているのは、もはや周知の事実」

「……」

「つまりね、アリスが活躍することは、私の望む学校作りにも大いに関わってるという訳。そして、ここまで関わったのならもうちょっと懐に入れて欲しい、とね」

 

 そう流し目で、暗に「だから、関わらせろ」と告げると、ヴィルヘルムはぱちりと瞬きしてからくすくすと笑った。

 

「なるほど、そうですか……。流石はアリス、お見通しという訳だ。それならば伝言も頷けます」

「伝言?」

「はい。話し合いがどうなろうと、最後にこれを伝えてくれと言われてきました。私はその時、まだ半信半疑だったので反対したのですが……」

 

 アリスからの伝言。

 それは? と促すと、ヴィルヘルムは言った。

 

「“近いうちに、広大なる青い世界への素敵なお散歩にお誘いしたく思います”と」

「青い、世界……? は、あはは!」

 

 青い世界。となると空のことだろう。

 まさか、飛行系の魔術に手を出しているのか。これまたラーミナ教が真っ先に反応しそうなジャンルだ、思わず笑ってしまう。

 ……だが、本当に実現すると見れば食いついてくるだろう。矛盾してはいるが。

 

「素敵なお誘いね。是非、と」 

「はい、お伝えします」

 

 お互いににっこり笑って、話は終わった。

 ヴィルヘルムが退出してふうと息をつく。

 

 さて、アリスの問題が前進したならば、今度は他の生徒達のことも考えなければ。

 私が見るべき生徒はもちろんアリスだけではない。

 

 ……そんな風に仕事をこなしながら、ふと思う。

 

 「(レイ)」の願い事は叶いつつある。

 目立つ以上はこの身の安全と引き換えにではあるが、確実に進んでいる。

 

 そうしてひとつ願いが叶えば、他の願いが顔を出すのが人間だ。

 

 その願いを抑えきれるだろうか。いや、抑える必要はあるのだろうか……?

 

「……考えすぎね。さ、仕事仕事」

 

 二兎を追う者は一兎をも得ず、だ。

 私は雑念を払って、業務に戻ったのだった。


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