あったかもしれない小話①
※番外ギャグです。本編とはほぼ関係ございません。
5章と6章の間で起こっているかもしれないし、起こっていないかもしれない、ふわふわしたお話です。
静かに羽根ペンを走らせる音や、おやつをかじる音。そして窓辺でくうくう寝ている黒猫族の誰かの小さな寝息。
正しく平和を象徴するような……そんな音が響く和やかな自習室の一画に、ぴしりと冷たい電流が走っていた。
「なんで……! どうしてだ、兄さん!」
「なんでもなにも、事実だろう? 俺は許可なんかしてない」
会話に加わっていない者達も、その二人の悲愴なやり取りを静かに聞いていた。
「俺はお前に“兄さん”と呼ぶことを許可したことはないんだよ、ヨハン」
「っ……!」
「……なにこの修羅場?」
遅れて自習室にやってきた私がドアを開けたポーズのままそう言うと、私に気づいたニコラスが途端にふわりと表情を和らげた。
「お帰りなさいませ、アリス様。用事は無事に終わられましたか?」
「あ、はい。……それで、どうしてヨハンと喧嘩してるんです……?」
見れば、ヨハンは深く俯いて肩を震わせている。
私が聞いたのは冒頭の「兄さんと呼ぶ許可は出してない」からなのだが……せっかくこの前仲直りしたというのに、どうしたのだろう。
私の居ない間に何が……? といぶかしんで自習室の面々を見渡すが、皆一様に目線を逸らしていたり下を向いていて事情が掴めない。
今日は久しぶりに夜明け団メンバー全員で揃って自習室で勉強しよう、という話になっていた。
なのでヴィル兄様や側近ズ、教師役二人や桃紫コンビ、ダブルリーダーにケモっ子達といった主要メンツも全員揃っているのだが……。
雰囲気で説明を求めても、彼らは目線を合わせてくれなかった。
ヨハンの様子もおかしいし、近くにいるマチルダなんて口元を抑えて震えているので、よっぽどの喧嘩が起こったようだ。
「えーとね、ニコラス……。なにやら深刻なようですけど、弟に向かって“兄と呼ぶな”なんて、ちょっと酷いのでは……?」
喧嘩の内容はなんにしろ、それは軽々しく言ってはいけないことだ。
俯いたままのヨハンの肩に手を置きつつそう私が言うと、ニコラスはツン!と横を向き、腰に手を当ててプリプリと怒ったように言った。
「いいえ、ヨハンが悪いんです! だって、昔は俺の事を“にいたま”って呼んでくっついて回ってたのに、いつの間にか兄さんなんて可愛くない呼び方をするから……!!」
「フブォッハ!!!!」
ヴィル兄様を中心とした側近達が盛大に吹き出した。……は?
え、なに。
……そういう話?
「うわぁぁぁー!?だから兄さんそれはやめっ!?」
「駄目だ! せめて兄様って呼べ!」
「な、なんっ……ぁぁあぁあヴィルヘルム笑うなぁー!!」
ガバッと顔を上げて吠えたヨハンは、ものの見事に真っ赤だった。
次いで、口元を押さえていたマチルダが震えながらゆっくりと顔を上げる。その、耐え難いというように自分を抱きしめる姿と壮絶なにやけ顔は、前世で何度も見たことがあるやつだった。
「な、な、なんなんですのこの気持ち。まるで胸元からなにか尊いものが萌えいずるような……二人を見ているとその関係性に、なにかに圧倒的感謝を捧げたくなるようなこの熱い気持ちは、一体なんなんですの……!?」
それはジャパニーズ「萌え」だよマチルダ……。前からちょっとその気配あったけど、やはりそっち側のタイプだったか。
そんな説明をしてあげたいところだが、きゃんきゃん言い合いしている兄弟の話も加速していてそれどころではない。
「なんでみんなの前で言うんだよっ! それにもう“にいたま”なんて呼ぶ歳じゃないに決まってるだろ!恥ずかしすぎる!!」
「いいやヨハン、お前は忘れてる。俺達はまだ七歳だぞ、ギリギリOKの歳だ。さあ呼べ!」
「嫌だ! 百歩譲って兄上だっ!!」
「いや……それなら兄さん呼びの方がまだ可愛い」
スンッと真顔で訂正したニコラスを見て、とうとうマナーモードのように震えていたヴィル兄様が腹を抱えて爆笑しだした。
「あっはははは!! す、すっごいブラコン!! はははは!!!!」
「いやー、ブラコンって意味ではヴィル兄様も相当だと思いますけど……」
「確かに……」
マチルダとヴィル兄様の異様なウケ具合と興奮具合に引き気味のユレーナが、私のつぶやきに同意しつつそっと近寄ってきた。それを後ろにさりげなく匿う。
いやはや、我々のような普通の感性の人間はこういう時に困りますなぁ~? とふざけようかと思ったが、四方八方から厳しいツッコミが飛んでくる気がしたのでお口チャックした。
今度はおやつをかじっていたフルダルとニルファルがぼやっと発言する。
「じゃーあー、名前で呼べばいいんじゃないー?」
「うんうん、そうだよぉ。フルとニルみたいに!」
「そう!ニルとフルみたいにー!」
きゃっきゃ、と笑い合う白猫双子の提案を聞いて、レティシア様がポンと手を打った。
「確かに! ニコラスさんはヨハンさんを名前で呼んでますし、一応同い年ですし。それがいいんじゃないですかぁ?」
「……レティシア様、多分それは……」
止めかかったローリエ様のセリフに対して食い気味に、ニコラスがふっと笑う。
「いえ、兄という呼び名と立場は絶対に譲れませんから。“ニコラス兄様”なら大歓迎ですが」
「ええぇ……」
「いや、どうせならニコラスお兄様とか……?」
「えええぇ……?」
なにやら頬を染め、一人で悦に浸っているニコラス。それを見て、流石のブラコン2号な弟・ヨハンも引き気味である。
ううーん。なんか、ニコラスがおかしな方向に舵を切っているが。
……これ多分、ニコラスなりにヨハンと仲直りできた「浮かれ気分」を引きずってるというか、こじらせた結果なんだよなぁ。
まず、可愛い弟を憎まずに居られるようになった反動。
次いで、家庭の悩みや葛藤、パワハラな上下関係からの脱出。
さらに、こうして自分をさらけ出しても笑って受け入れてくれる仲間達。
そんな充実と開放感が一度にやってきたのだ。……それはまぁ、多少おかしくなっても仕方あるまい。多分。
そう思うと、ちょっとぶっ飛び気味のこの状態も止めづらいのが現状だったりする。
「うーん。やはりここは原点に帰って、にいた……」
「いややっぱ止めないとだね!?」
だめだった。このままだとニコラスが、弟に年齢不相応な赤ちゃん言葉を強要する変態野郎になってしまう。
私はすかさずニコラスの口を手で塞いだ。
「もご!?」
「はいシャラップニコラス。その歳で変態になるのはやめといた方がいいと思うんだ」
ニコラス、わりとクールめで闇多めのタイプだったのにイメージが木っ端微塵である。
これ以上のキャラ崩壊をきたす前に、楽にしてやらねば。
「ヨハン、ちょっとこっち来て」
「はい……?」
そろそろと近づいてきたヨハンに耳打ちしてやる。
「これをそのまま言って」
「え゛っ」
「いいから」
「う……は、はい」
赤くなったり青くなったりしつつ、ヨハンがこほんと咳払いする。
口を塞がれたままのニコラスとヨハンの目が合う。
きょとんとするニコラスに向かって、眉をぎゅっと寄せつつ赤面したヨハンが口を開いた。
「えーと……兄さん。その、兄さんのことは尊敬してるし、し、慕わしく思うが、……は、恥ずかしいから、呼び方は今のままがいい……」
私が伝えた台詞をつっかえつっかえ言ったヨハン。
……ニコラスが無言で幸せそうに崩れ落ちるのは、そのあと即2コマ後だった。
ニコラスがヨハンを好きすぎな感じですが、決してアレなアレではないので……。兄弟愛です。はい。
6章ではもうちょっと落ち着いてるんじゃないかな(笑)
あと、恐らく今日か明日に2巻の特典と挿絵の一部告知をします。
ツイッターと活動報告で行いますので、よければ覗いて見て下さいませ!




