表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

18/331

16 ヴィル兄様

「アリス……?!」

 

 正門から聞こえた声に振り向くと、門の前にいる人物が守衛さんに声をかけ、急ぎ足でお屋敷の敷地に入って来るところだった。

 

「え、もしかして……」

 

 かなり身長が伸びているけど見間違いではない、と思う。

 

「ヴィル兄様!!」

 

 私はだだっと助走をつけてぽーんと飛び込んだ。

 

「うわっ!ちょ、え?!」

 

 まさか私が飛んで来ると思わなかったのか、ヴィル兄様は慌てつつ抱き留めてくれた。

 

 この人はヴィルヘルム・エリン・バージル。私から見た関係は、ご近所の憧れのお兄ちゃんである。

 

 白緑の髪色に鷲色の優しい瞳をしていて、なかなかのイケメンだ。今年で14歳だったかな。

 

「アリス! 外に出て大丈夫なのかい?久しぶりに会えたのは凄く凄く嬉しいけれど、風に当たったりしたらまた寝込んで………。………?」

 

 怒濤の勢いでこちらを心配する言葉を発したヴィル兄様だったが、ふと何かに気付いたかのように動きを止めた。

 

「アリス、さっき僕の名前を呼んだ?」

 

「? はい、お呼びしました」

 

 

「………………。…………しゃ」

 

 

 ヴィル兄様は、信じられないものを見たかの様に勢い良く叫んだ。

 


「シャベッタアアアアアア?!?!」 

 

 

 そのネタ懐かしいね。

 

 いや冷静に突っ込んでいる場合ではないか。ルージ事件から兄様とも長いこと会っていなかったし、ビックリもするよね。

 

 この兄様は掛け値なしに私を可愛がってくれていたのだが、かなりの心配性で、先程のように凄い勢いで構い倒してくる。

 

 その為、病的に臆病になっていた私には刺激が強すぎて、二年間めちゃくちゃ避けてしまったのだ。それはもう近くに寄れないくらいだった。

 

 申し訳無いことをしたなと思う。

 

「あ、アリス、いつの間にそんなに元気になったんだい?!ちょっと前まで喋れなくて、寝たきりで……。とても弱っていたのに……!顔色もいいし……頬なんか薔薇色で、なにより物っ凄く可愛いじゃないか!!」

 

 最後のはなんか違くない?

 と思いつつお返事をする。

 

「ええと、先週くらいから元気になったのです。色々あったのですけど、すごーく長くなるから詳しくは皆に聞いて?」

 

 特にお父様は魂を込めて詳しく話してくれると思うよ。

 

「そ、そうか……。とにかく、元気になって良かった。良かった、アリス……!」

 

 ヴィル兄様は涙目で喜び、抱き締めてくれた。多分ここが外じゃなかったら脇目もふらず号泣しているんじゃなかろうか。

 

「お話し中申し訳ございません、ヴィルヘルム様。せっかく再会されたのですし、旦那様と奥様に連絡して本日のお茶会にご参加されませんか?」

 

コニーが冷静に、しかし「同志ヴィルヘルムよ」というノリでヴィル兄様に声をかけると、兄様はふわっと花を散らして喜んだ。

 

「是非。是非お邪魔したい!」

 

「あれ、兄様はどこかにお出掛けになる途中だったのでは?」

 

 水を向けると、兄様はふふんと胸を張って答えた。

 

「予定なんて無かったに等しいよ。アリスがいる、この世にただ一つのお茶会を前にすればね」

 

 ダイ○ンかな?と思ったが黙っておいた。兄様の中の人も実は日本の生まれなのかな。

 

 

 

 

 さてさて、そんな訳でご近所のお兄ちゃんを加えてのお茶会となった。

 兄様はうちの両親とも親交があり、近い親戚関係でもある。元々ゆるい午後ティーの予定だったので、直前ではあったがメイドを遣わして連絡すれば参加が可能になった。

 

 ◇

 

「本日は急な参加をご了承いただきまして、有難うございます」

 

 ヴィル兄様がそう言うと、両親は朗らかに笑って「君ならいつだって来てほしい」と答え、プチお茶会が始まった。

 

 心地いい風が頬を時おり撫でる中、庭の秋薔薇が美しく咲いていて、白いガーデンテーブルの上にはまさしく三時のおやつといった風に三段のアフタヌーンティーセットが並んでいる。穏やかな良い午後だ。

 

 かくかくしかじかとお父様が今日までのことを語り、兄様が阿鼻叫喚な反応をしながらそれを聞いている。

 それをお母様と黙って聞いていたが、ふと私は気になっていたことを聞いてみることにした。

 

「お母様、実は気になっていたことがあるのです」

 

 私がそう改まって言うと、お母様は麗しい声で「なあに?」と応じてくれた。


「あの時、お母様はニワトコの力の満ちる時とか、半月の頃、と言って魔術を使っていましたが、あれはどういう意味なのですか?」

 

 そう。ウキウキファンタジー要素である。

 

 この世界に転生して、魔法あるやん!!ファンタジーやん!!と興奮した一秒後にはルージ問題を解決するべく頭を悩ませていたため、全然触れてこなかった。

 

 しかし、後片付けがようやく終わり、こうして家族で穏やかにお茶を飲むことができる状態になったのだ。聞かずにはいられなかった。

 

「あら、アリスはもう魔法に興味があるのですね」

 

 くすりと笑ったお母様は解説をしてくれた。

 

「ニワトコは、つまり場に満ちていたエルダーフラワーの香の事です。あの時だけお父様が部屋に焚いていた香ね」

 

 ふむふむ。確かにあの部屋にはマスカットのような麝香のような香りが漂っていた。

 

「あの人の普段使いの香ではないから、すぐに何かの意味があるとわかりました。初めは、エルダーフラワーは婚姻に使われることもあるので悲観しましたが……状況を把握すれば利用用途は明確でした。あと、半月はこれから満ちる月による魔力の増幅を願う言葉ね」

 

 なるほどなぁ。エルダーフラワーの魔術的効果なら、前世のオカルト本で読んだ記憶がある。こちらの世界でも似たようなものなのかな?

 

 

「あれは魔避けや魔力の増幅を狙っていたのですね」

 

 お母様は驚いたように目をぱちぱちとした後、ふわりと笑って誉めてくれた。

 

「そうですよ。アリスは物知りね」


 どうやら概ね合っているらしい。お母様はうふふといたずらっぽく笑って続ける。

 

「古来から家や家畜小屋の入り口にドライフラワーにしたものを飾って泥棒避けとしたり、木を魔法の補助具の材料に使ったりしてきましたからね。……まさに泥棒されそうだったわけですから、ちょうど良かったわ」

 

 ほうほう。私はメモする道具がないことを勿体ないと思いつつ真剣に聞く。

 そうして話を聞いていたが、お母様はふんわりとした表情に悲しみを乗せた。

 

「……それになにより、あの子のお墓を守る木だから縁付けてあの場で使ったのでしょうね」

 

「……お姉様ですね」

 

 私は納得したように頷いた。

 

 お姉様というのは、つまり生まれてすぐに亡くなったアリスの事だ。

 

 両親も納得した上でこの呼称に決まった。

 

 私にとっては「先代アリス」と言うべきか。実際にこの世界の両親が腕に抱いた順番で言えば先なので、姉、という感覚なのだ。

 なにより、あのお墓参りでの優しい出来事――未だに都合の良い思い込みではないかと恐れているが――以来、どうにも慕わしくてならない。

 

 話し終えたお母様が辛い話題を出した事によりこちらの様子を心配しているので、私は立ち上がった。

 椅子に座るお母様の膝に頭を乗せて、猫のようにすり寄る。

 

 私はこうして甘えられるから平気ですよ、というアピールだ。そしてお母様の悲しみが少しでも紛れればいいと願って。

 お母様は頭をそっと撫でてくれた。

 

 そうして母と子の触れ合いを楽しんでいると、ふと場が静かなのに気付く。

 ん?と顔をあげてお父様と兄様の方を見て、……後悔した。

 

 うん。物凄いデレッデレの顔でこちらを眺める残念なイケメンが二人いた。

 私は見なかったことにしてお母様の膝に頭を預け直す。男二人は元が良い分、表情が崩れると悲惨だった。

 

 お母様は慣れているのか、そちらを気にせずのんびりしている。そしてしなやかな手つきでテーブルの上に生けられた薔薇を一本取って、私の髪に飾ってくれた。

 

「やっぱりアリスには薔薇が似合うわ」

 

 顔をあげると、お母様が嬉しそうに笑っている。

 

「ほんとですか?」

 

 自分では見えないので首をかしげて見せると、ええ、とお母様が言う。視界の端では兄様とお父様が首が取れそうなほど頷きながら肯定していた。

 

 まぁ私のカラーリングって、白、銀、金と色素が薄い。薔薇の赤は映えるのかもしれない。

 

 そんな事を考えながらふと庭の薔薇に目をやる。今は秋薔薇のシーズンなので満開だ。

  

「お母様、このお庭の薔薇はとっても綺麗ですね」


「ええ、私もお気に入りなのですよ」

 

 お母様は嬉しそうに言う。

 

「皇立庭園という場所があって、そこの薔薇がとても素敵だったので、庭師に言って真似してもらったのです」

 

「皇立庭園?」

 

 耳慣れない言葉に疑問符を浮かべると、お母様がおっとりと説明してくれた。

 

「アリスはうんと小さな頃にしか行ったことがなかったから覚えていないかもしれないわね。このお屋敷は皇都の中心近くにあるのだけれど、ここより少し西に行った所にあるのですよ。とても大きくて、一般にも一部開放されているのですよ」

 

 日本で言う自然保護区とか国立公園だろうか。

 ファンタジーな世界の保護された自然とか、興味しかないじゃないか!

 

「そうなのですね!真似したくなるほど素晴らしいなんて、是非行ってみたいです」

 

 私が目をギラッギラさせてそう言うと、お父様がお?という感じで気軽に提案した。

 

「行ってみるかい?」

 

「えっ!良いのですか?」

 

 ばっと振り向いて再確認すると、お父様はせっかく戻りつつあったイケメンフェイスを残念フェイスに戻し、デレ顔でウンウン、と言った。

 

「アリスの体力が安定次第、リハビリを兼ねてどこか出かけようという話になっていたんだ。皇立庭園ならそれほど遠くないし、丁度良いだろう」

 

「馬車で四半刻程ですし、良さそうですね」

 

「良ければ君もどうだ?アリスと遊んでやってくれないか」

 

「ええ、是非!」

 

 予定を決めている両親&兄様を尻目に、ファンタジー庭園!ていうかやっとお外の世界!!と、私は静かに燃え始めた。

 ハイメのお城に行った時は馬車の中で寝たきりだったし、行ってすぐに帰ってきてしまったのだ。

 

 魔法生物とかいるのかな?怪しい薬草はあるかな?外の人たちはどんな感じなんだろう?むふふ。

 

「もう、ピクニックにそんなに目をキラキラさせて……可愛いなぁ、我が娘は」

 

 たくましい妄想を繰り広げる私を見て、お父様が呟く。

 

 お父様、どちらかというとキラキラよりギラギラですよ。

 

 

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ