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142 文字術


 新しい朝が来た!

 

 というわけで少し寝不足になりつつも、朝食の後に親族全員で集まって良いお年を的な挨拶をし、エインズシュット領行きの馬車に乗り込んだ。

 

 今度の旅のメンバーはお父様とお母様、私、バージル兄弟、そしてハイメ家夫婦と兄妹の9人がメインだ。後はコニーやサフィロなど、それぞれの使用人や側近が最低限ついてくる。

 

 ついでに言うと、バージル兄弟の馬車護衛は引き続きあの二人である。現地のギルド員が交代しようとしたらしいが、率先して立候補したそうだ。随分お兄様も慕われている。

 

 お祖父様やお祖母様ら年配の大御所メンツ、そして現役執事らは、概ね「領地を全員留守にするのはちょっとまずいor長距離移動するのしんどい」といった理由で、残留したり領地に戻って行った。

 

 皇都からハイメ城までは馬車で約1、2日といったところだが、ハイメ領からエインズシュット領までは数日かかる。

 

 馬車はわりとガタゴトしていてしんどいし退屈なのだが、両親の間にすっぽり収まり、離れていた間のことをひとつひとつ話していれば、自然と車内は盛り上がった。

 

「まぁ! それじゃ学食が急に大きく変わったって噂は、本当にアリス自身のお手柄だったんですね」

「えへへ。でも、コニーと料理人達が協力して頑張ってくれたので、私と言うよりは皆のお手柄なんですよ」

「なるほどなぁ……しかし学生の頃からエレオノーレの食が細かったのも、確かあの味付けが苦手だったからだろう? きっと他にも、内心で助かったという子はいるんじゃないかな」

「ええ、きっといますよ。アリーセレシピ、うちの領地でも早く取り入れないとですね」

 

 お手柄お手柄、となでなでされればやはり嬉しい。

 儚い幽玄の美よりも輝く健康の美に近づいたお母様の笑顔を見て、その思いも強くなった。

 

 しかし、実は学食でまだ一切取り入れられていないものがあるのだ。

 

 それが米……というか、こちらの基準で言うとお粥系の料理なのである。

 例によって変なとこだけリアル中世なこの世界、米、つまりお粥は庶民の食べ物という意識が根強かった。

 いや、お粥というよりは米を含めた混ぜ物系と言うべきか。特に雑穀粥とかミルク粥は貧民の食べ物だから絶対に食べないという人もいる。

 ニュアンスで言うと「シリアルでお腹をいっぱいにするなど貧乏臭い、絶対に嫌だ」系というか……。

 いいお米の話も聞かないし、栄養満点雑穀米とか、ふっくら白米ごはんを使った日本食再現への道はまだまだ険しいのだった。

 

 でも話を聞く限り、お母様は和食が好きそうだ。美味しいものは好きだけど濃い味付けは嫌いみたいだし。

 さらなる健康増進のためにも、もっと頑張ってみようかな……なんて思う。

 

 そんな取り留めもない話をしつつ、いくつかの宿場町を通り過ぎたり泊まったりして旅は進む。

 そんな風景を見るうちに、そういえばと思い出した。

 

「お父様、お父様。魔法陣について詳しかったりしますか?」

 

 宿場町といえば、クラルス付近でタロット魔術を発見し、研究を決意したものの。

 あまりにも効果がおっかなすぎて、あれ以来全然試せていないのだ。

 

 お父様はルージに尋問の陣なんてものを使っていたし、魔法陣について何か知らないだろうか。

 

「うん? そうだなぁ……魔法陣の授業は優をとっていたから、一応苦手ではないよ。どうかしたかい?」

 

 ふむ。どう聞いたら良いものか。

 タロットなんて単語は出せないしな、と私は考えながら口を開いた。

 

「ええと……呪文の詠唱がいらない魔法陣って、あるのでしょうか?」 

 

 抽象的な問いである。しかし、お父様は真剣に考えてくれた。

 

「呪文の詠唱か ……。知る限りでは、魔法陣発動のためには設置の前か後に必ず必要になるかな。陣に仕込んでおく要素が多ければ多いほど、その要素を解き放つための鍵となる呪文も、複雑で長くなるね」

「そう……なんですね」

 

 だよなぁ。

 やはり、“展開《スプレッド》”と“解釈(リーディング)”、そこに “正位置(アップライト)”か“逆位置(リヴァーサル)”という、単語三つで複雑な大魔術が使えてしまうタロットが異常なのだ。

 

 一人の人間に対する拘束と電流攻めという二つの効果ですら、事前準備と大きな魔法陣、呪文詠唱と追加の魔力供給が必要だったことを考えると、やはりタロットの持つ力は未知数だ。

 ふむふむと頷いていると、お母様がそういえば、と呟いた。

 

「あ、でも……魔法陣とはちょっと違いますけど、ルーン文字術は詠唱がいりませんね」

「あぁ、確かに。熟練のものは魔力を込めて地面に刻むだけでも効果を出せるらしいしなぁ」


 お、新情報。

 学園の初級ルーン文字術の教科書に、発音や文字がもつ意味は載っていた。しかし予習した内容には、そこまでワイルドな使い方は載っていなかったな。

 通常なら魔石などの素材に、丁寧に魔力と意志を込めながら少しずつ文字を刻み、発動の際はその名を呼ぶ魔道具とするのがこの世界のルーン文字術だと思っていたが……即席魔法陣みたいなことも出来るらしい。

 

「とは言え、ルーン文字は“世界の囁き”なんて言われるほど効果の微弱な魔術だからね。即席で設置したとしても、風が吹いた気がするとか、少し冷たい気がするとか、大体そのような効果しかないから……アリスが言う無詠唱魔法陣とはやっぱり違うかな」

「なるほど。いえ、ありがとうございます、お父様、お母様」

 

 世界の囁き、かぁ。

 

 ルーン文字術はまだ使ったことないけど、この話ぶりからすると相当に微弱な効果であるらしい。

 

 ……しかし、話しているうちに気になる事がひとつ増えた。

 それは、「文字術」という言葉についてである。

 

 前世のオカルト界隈で力があると信じられた「タロット」が、ガチの大魔術だったこの世界。

 それならば、タロットの絵柄に使われている「ヘブライ文字」にも、何かこう、文字術的な力があったりするんだろうか。

 

 ……いや、あるんだろうな。この流れだとむしろこう、失伝した古の魔術文字でーす☆感がパない。

 

 だとするならば、その効果は“世界の囁き”どころか、“世界の絶叫in屋上告白大会”ぐらいには派手な効果がありそうだなぁ~と想像出来てしまい……。

 

 期待すればいいのか、抱える秘密の多さにビビればいいのかも分からず、こっそりと頭を抱えたのだった。

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