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10 夜と氷


 暗い夜の廊下を歩く。

 持っている夜着の中で一番上等なものに身を包み、ガウンで隠して部屋を出た。

 

 今日は満願成就の夜。旦那様にこの身を愛される夜だ。

 

 化粧にも気合いを入れ、髪もほどけても見苦しくないような髪型にした。

 

 元々男爵の家に生まれた私がメイドをしているのは、家が没落したためだ。しかし、私には歴とした貴族の血が流れている。ただのお手付きメイドで終わるつもりはないのだ。

 必ずここで旦那様を虜にしてみせる。いや、もしかしたらもう既になっているのかもしれないが。

 

 そう思うと私は唇の端がつり上がるのを我慢できなかった。

 

 旦那様にお誘いを受けた後はその足であの女の部屋に行き、お茶汲みついでに言葉でとどめを刺してきたところだ。

 只でさえ呆然自失としていたところに、女としての自信を喪失させることをしっかりと吹き込んできたのだ。もう立ち直れまい。

 

 そうしてくく、と笑いながら歩き、旦那様のお部屋の前にたどり着く。周囲に人気はなかった。

 ノックして声をかける。

 

「旦那様、私です。ルージでございます」

 

 小声でそう呼びかけると、待っていたよ、入りなさいと返事があった。

 嗚呼、夢ではないのだ。私は間違いなく旦那様に呼ばれて、望まれて閨に入る。

 

 部屋に入ると、ほんのりと香の香りがした。

 私の記憶が正しければ、恐らくこれはエルダーフラワー……ニワトコの香り。マスカットと麝香が合わさった様な開放的な香りで、今の気分にぴったりだと嬉しくなる。

 エルダーフラワーはどこかの地域では結婚式に使うとも聞いたことがある。私は体の中の熱がぐわりと上がるのを感じた。

 

「よく来てくれたね」


 旦那様は窓辺に寄りかかってこちらを見ていた。

 

 薄氷の髪が月光に照らされてさらりと光る。蒼い目は闇の中でも美しい。

 

「はい……旦那様がお望みなら、いつだって参りますわ」

 

 私はくすりと笑ってカーテシーをして見せた。


「さて……それじゃ、そこに座ってくれ」

 

 ベッドから少し距離をもって置かれた椅子が指差される。はて、少しお喋りしてからということだろうか?

 

 それはそれで大切にされているようで良いな、なんて思いながら椅子に座る。

 

 旦那様はベッドに移動してゆったりと座り、足を組むとこちらを眺めやった。

 

「なぁルージ、君は私に全てを見せてくれると言ったね」

 

「はい。その……旦那様になら」

 

 あの甘美な約束のことか。もちろん、この体を余すところなくお見せするつもりだ。

 

「そうか。約束だよ。さて、それならもうひとつ……約束してくれないか」

 

 約束?と首を傾げる。そしてハッとする。

 

 まさか、まさか。ここで今後の事をお約束してくださるのだろうか?!

 

 ぱっと頬を染めて旦那様を見ると、旦那様はうん、と優しく微笑んだ。

 

「全てを見せてもらうんだ。もちろんだよ。君が想像していることで間違いない。誓ってくれるかい」

 

 嗚呼!婚姻を!

 

「では、では、誓います!これから……」

 

「そうか!誓ってくれるか!!」

 

 私が全てを言いきる前に旦那様はざっと立ち上がった。

 

 そして大きな声で私の声を遮る。

 

「全てを吐き、その呪を明らかにし、解呪し、2度とオーキュラス家に関わらないと誓ってくれるんだな!」

 

「?!」

 

 旦那様が宣言した瞬間、足元に円形の閃光が走った。そしてぐるりと私を取り囲むように積層型魔法陣が出現する。

 驚き逃げようと立ち上がったが、その瞬間に魔法陣が発動した。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 うわ、凄い修羅場。

 

 魔法が発動した気配を感じた私とアルフォンスさんは、お父様の寝室に入った。

 

 その感想がそれである。

 

 なにしろ、絵面がこうだ。

 

 まず、罠が成功した瞬間は高笑いしていたお父様だったが、今はドアの方を見て固まっている。

 

 次にルージ。お父様が展開した立体魔法陣に囚われて悶絶している。逃げようとするとバチバチと電流が走る仕組みのようだ。えげつない。

 

 ついでに、アルフォンスさんに抱っこされた私。寝たきりだった幼女の体力で待ち伏せと突入は無理だった。

 

 そして最後に、今しがたやって来て勢いよくドアを開け放ったは良いものの、部屋の状況を見てポカンとしているお母様。何故かドレスに帯刀して手には杖のようなものを持ち、完全武装である。レッツ・カチコミスタイル。

 

 凄いカオス。

 

 アルフォンスさんも私もどう動いたものか一ミリも分からずじっとしていると、お母様が絞り出すようにぽつりと呟いた。

 

 

「そういうプレイ……?」

 

 

「いやいやいやいや?!?!」

 

 

 お父様が即座にツッコむ。どうやらこの夫婦のボケとツッコミの関係はこんな感じらしい。

 

「あなた……じゃあこれは……」

 

「ああーと、えーと。言っただろう?今夜で色々終わらせるって。えーと、それやってます……」

 

 何故最後は敬語?

 

 お母様は全然わからんという顔をした。そうだよね。私もわからん。

 

 「…………」

 

 「…………」

 

 私とアルフォンスさんはチベットスナギツネ顔である。格好いいはずのお父様は意外とアドリブに弱いらしい。

 

「ごほんっ、ごほん。とにかくだ。これから行うのは尋問だから。君の見るようなものじゃないから。部屋に戻っていなさい」

 

 そう夫の顔を取り戻したお父様が言うと、お母様が怒り出した。

 

「なんですか!そうやってまた私を大切な話から外そうと言うのですか!」

 

 お母様の藤色の瞳から涙がポロリとこぼれた。

 

 お父様は動揺したが、負けじと言い返す。

 

「き、君の繊細すぎる心臓では持たないかもしれないんだ、大人しく言うことを聞いてくれ!」

 

「平気です!大体私はそのメイドに一発教育しなければいけないのです!私が先ですっ!退いてください!!」

 

 そんな感じで痴話喧嘩をしている横で、魔法陣に囚われて悶絶しているルージが苦痛に耐えかねて叫んだ。

 

「旦那様、お助けください!なぜこのようなことを……!!」

 

「何故だと?」

 

 ゆらりとお父様がルージへ振り向く。

 先程まで妻を心配しすぎてカッカしていた甘い顔とはうって代わり、目線は氷点下まで冷え、冷徹な無表情になっている。

 

「何故かなんて、君が一番分かっているだろう?それをこれから教えてもらうんじゃないか」

 

 そう言ってお父様が指を振ると、魔法陣の中に氷混じりの冷風が巻き起こった。

 それがルージの足元に集結すると、ガチンと音を立てて氷塊になり足を固めてしまった。

 

「あぐぅっ」

 

 突然の氷点下と足を強く圧迫する氷にルージが呻いた。そして、苦し紛れの一言を叫んだ。

 

 

「何故!何故ですか!そんな薄汚い孤児を連れてきて子の代わりにしてまで!こんなことを私にしてまで!何故その女なのですかァァ!」

 

 

 

 

 場が、凍った。

 

 

 

 

 

 

  

 

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