102 暴走への恐怖
「ぇ……? なに、これ……?」
狭い校舎裏は一面が銀世界となり、氷や舞う粉雪のような粒子がキラキラと月の明かりを反射していた。
特に、地面は酷く硬い氷の床のようになっている。それは私の足元を起点として広がっているようで。
一瞬にして自分が何かしでかしたらしいことを察知するが、ついさっきまで自分が何を考え、何を口走っていたのかもよく思い出せない。
「ひ、……ひぇっ」
その悲鳴じみた声を聞いて、呆然としたままぼんやりと目をやると、キルシェが尻餅をついて必死に後ずさっている。
「く、来るな……!」
まるでお化けを見るような目、口調だ。
その横のニコラスはというと、顔面蒼白でこちらを凝視していた。
「あ……っ、コ、コニーは」
ハッとしてコニー達の方を向く。すると、呆然とした様子のケモっ子達と、それに抱えられながらも意識がハッキリした様子のコニーがいた。
それに心底ホッとする。傷は浅かったのか。
そして様子を見るに、あたり一面氷漬けにはなっているものの、人は凍っていない。……一応、害はなかったようだ。
それを確認しつつ、震える足を動かして立ち上がる。
なんだか酷くだるい。体の力が一気に抜けてしまったようだ。
は、と息をついてコニー達の方へ歩きだそうとすると、「ヒッ」と小さな声。
……ヴォルヤ君だ。
「あ……っ、ち、ちがっ」
自分が出したそんな悲鳴に、咄嗟に口を塞ぐヴォルヤ君。
ツキン、と胸が痛む。でも、怖がられても仕方の無い状況だ。
これ、どう見ても。……魔力暴走、ってやつだもんな。
昔、ルージの悪行を初めてお父様に報告した時。
あの時も、お父様を中心に気温がガクンと下がり、部屋の床には冷気が漂っていた。恐らく私はそれを数十倍酷くしたことをやらかしたのだろう。
ケモっ子とコニー達に向けた足をぴたりと止める。ぼんやりと自分の手を見た。
なんだかまだ呆然としていて、さっき自分が何をしたのかもよく分からない。
でも、なにか酷く危険なことをしようとしていたのはなんとなく覚えている。
何か呪文を唱えて……。確か目の前に、まるで氷山のような氷塊が生まれた。それはどんどん大きくなって、鋭くなって。
まるで私の怒りを吸収するように、鋭利な刃物のように、膨張した。
……人を、殺そうとしていた?
ぶるりと体が震える。
ヴォルヤ君が怯えるのも無理はない。まさか、アラサーのくせして自分の感情もろくに制御出来ず、暴走して人を害そうとするなんて。なんて、なんてことを。
遅れて現実を認識して、急に体がガクガクと震え出した。
「あ……、わ、私……」
柄にもなく涙がこみ上げてきた。
どうしよう、どうしようと混乱する。
いやどうしようじゃないよ、女優泣きしてる場合じゃない……でも、でも、頭が混乱して仕方ない。前世では経験しなかったことに頭のキャパがオーバーしている。
実害は、実害は……なかったんだよな?
思わずパニックを起こしかけたその時。
「大丈夫ですよ」
そんな声とともに、ふわりと温もりに包まれて、柔らかな体に抱きしめられた。
「大丈夫です、お嬢様」
「ぁ……」
いつの間にかそばに来ていたコニーが、私の体をぎゅうっと抱きしめていた。
「大丈夫です。私の傷は浅いですし、切れた場所も肩です。かすり傷です。……お嬢様の魔術で傷ついた人も、いません」
「……ほ、ほんと?」
「本当ですよ、お嬢様」
「ほんとに大丈夫?」
「ほんとに大丈夫です」
そんな問答をしていると、今度は服の端をぎゅっと持たれた感触がした。
身じろいで見ると、とてとてと近寄ってきたヴォルヤ君とルシアちゃん、そしてファニール君が心配そうに私たちを取り囲んでいた。
「アリス様。アリス様。ごめんなさい」
半べそなのはヴォルヤ君だ。
「た、助けようとしてくれたんですよね?そして、コニーちゃんが傷付けられたから怒って……それなのに、俺」
そんなヴォルヤ君を小突きながら口を開いたのはルシアちゃんだ。
「そうよヴォルヤ、なによあんた尻尾巻いてビビっちゃって! アリス様、こいつの反応なんて気にしなくて大丈夫ですっ!」
ややポカンとしてそのやり取りを見ると、今度はファニール君がへにゃ、と笑った。
「助けに来てくださって、ありがとうございます。……さっきのも、ちょっとびっくりしたけど、誰も怪我してない、ですよ。だいじょうぶ。大丈夫です」
それを聞いて、なんだか一気に気が抜けた私は。
あ、うあぁ、と子供みたいに呻いてから……私は盛大に泣き出してしまったのだった。
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