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101 零れ出た歌


 ざあっ……。と、風が吹いた気がした。

 

 それと同時に、体の中に篭っていた密かな熱が弾けるように、解けるようにして空気中へ流失した。

 力が抜けて、がくんと地面に両膝をつく。

 

 開放感に包まれる。

 

 なんだろう。この感覚はなんだろう?と、ゆるりと見やれば。

 

 足元から続く地面、壁面、視界一面がきらめく氷に包まれていて。

 昂った心がひんやりと降りてきた冷気で冷やされる。キラキラと辺り一面に氷の結晶がゆっくりと降ってきて、とても美しい。

 ……なんて気持ちいいんだろう。

 

 そんなふわりふわりとした朧な思考でぼんやりと前を見やると、蠢くものがいくつか見えた。

 

 なんだろう。

 

 ……ああ。

 

 大切なものと、嫌いなものだ。

 ふわふわとした頭でもそれだけは分かった。

 

 大切なものがこちらを怖がっている気がする。この気持ちのいい状態は駄目な状態?

 

 気に食わないものが慌てて何か叫んでいるような気がする。うるさいから黙らせないと。

 

 ふと思いついた言葉が口をついて出た。

 

「“不断に己を脅かしたるもの。死者の言葉に耳を貸すもの。……泥土、凍結、時の流れを委ね……」

 

 なんだろう。口から言葉が流れるように、歌のように出ていく。

 知っていたような、でも知らないような言葉。これはなんだろう。

 

 夢見心地に呟くその言葉達に呼応するように、視界に映る氷が形を変える。

 

 キン、パキン、と小さな音を立てながら、周囲の氷が目の前に集まっていく。

 細かなものはダイアモンドダストのように空気中を躍り、集まった欠片たちは形を成し、バキン、ガキンッと、次第に大きな音を立てて巨大な氷塊を作っていく。

  ……あぁ、なんて綺麗なんだろう。

 

 意のままに動くものは従順で美しくて、素晴らしい。

 

 そんな思考に取り込まれ、支配されそうになったその時。

 

「大きな魔力が撒き散らされていると思ったら。……まったく」

 

 そんな低く低く、艶のある美しい声が聞こえて。

 

 幻想的な光景に見とれていた私の視界は、急に大きな手のひらで覆われて、真っ暗になった。

 それを嫌がって逃げようとした体も力強い腕に後ろから抱きしめられ、逃げられなくなる。

 

「静めろ」

 

 私に指図するのは、誰?

 

 いやいやと頭を振るが、大きな手は私の視界と体を強く拘束して遮ったままだ。

 

 邪魔しないで。私の大切な人を傷つけた奴を懲らしめないと。

 

「後悔するぞ」

 

 どうして。誰なの。私に触らないで!

 

 そんな反発心とともに、再び不思議な言葉が口から溢れ出す。

 しかし、それを遮るようにして大きな手のひらの持ち主は声を発した。

 

「“幸いなるかな。夏の雪、冬の短夜。今この過ちを全て運びさらん”」

 

 そのぞくりとする低音が耳元で響いた時、先程まで無限とも感じられた何か――私の魔力の広がりは急にぐっと押し込められ。

 

 苦しさとともに、現実が襲いかかってきた。

 

「けほっ、あ゛ぅ、っぁ……?」

 

 動転している私の目を覆っていた手のひらはパッと離れ、その暖かな体温は急に拘束を解いた。

 

「ぇ、…………?」

 

 今。

 

 今、自分が何をしようとしていたのか。何を考えていたのか。

 

 それが分からなくて混乱し。

 

 そして、私を拘束していた何者かは気づいたらどこにも、いなくて。

 

「アリス、さま……?」

 

 …………あたり一面氷と化したこの場所で。

 

 気付いた時には、複数の怯える目に見つめられた私が、残っただけだった。

どこまでやるか、どこまで書くか迷いましたがこの辺で。


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