真実の愛
これは、日本の大富豪と呼ばれた故田村雄二郎氏92歳の遺言である。
私の妻、亜矢子へ
私は、君に会うまで、いろいろな女性と出会い別れを繰り返してきた。
最初の女性とは恋愛結婚だった。あるところのご令嬢だった彼女は、とても慎ましやかな性格だった。衝動買い以外は。
次の女性は、知人の紹介で付き合い始め、結婚するに至った。料理の上手な彼女は、嫌がりもせず魚を捌き、泥にまみれた野菜の皮も器用に剥いた。もちろん、私以外の男性も、捌いたり、剥いたりと、料理したのは言うまでもない。
次の女性は無口だった。とても大人しくフランス人形のように綺麗な女性だった。お陰で、私が彼女の浮気に気付くのに時間がかかったし、探偵を雇う費用もかかった。
次の女性は男勝りでキャリアウーマンだった。会社をいくつも持ち、年収も多く、仕事好きだったため、彼女は一度も浮気をしなかった。お陰で、暇を持て余した私が浮気をしてしまった。
次の女性は色白で脚線美の持ち主だった。雪国で育ったという彼女の肌は、肌理が細かくてすべすべしていた。夜のサービスもよく、男が喜ぶツボを知り尽くしていた。あとになって分かった事だが、彼女は男性だった。
次の女性は子犬が好きだった。私と出会った時には既にチワワを飼っていて、私とデートの時も、いつもチワワを連れて歩いていた。私はこの女性なら今度こそ大丈夫だと思い結婚したが、彼女はこの私にも首輪をつけたのである。
次の女性は幼馴染の女友達を大切にしていた。その幼馴染はよく我が家に遊びに来た。彼女は幼馴染と一緒に料理を作り、その料理を食べながら酒を片手にダンスをし、私も喜んで一緒に踊り騒いだ。そして私が酔いつぶれて寝入ったあとも、彼女はその幼馴染とベッドの上で踊ったのである。
次の女性は、――いや、もうやめておこう。
私の女性遍歴は、亜矢子も知っているだろうから。
私が亜矢子に言いたかったのは、君は最後の最後に出会えた私の真の妻だった。って事だ。
亜矢子。君だけが私を裏切らずに妻として尽くしてくれた。
喧嘩をした事もあったが、君はいつも私の目の届く所にいてくれて、衝動買いもせず、奇行もなく、一度も浮気をしなかった。
私は、妻として尽くしてくれた亜矢子に、心の底から感謝している。
だから私は亜矢子に一番高価な遺産を送ろうと思う。
それは私の真実の愛だ。
亜矢子が私に捧げてくれた愛と同じように、私も真実の愛を亜矢子に捧げようと思う。
私は、この数年、亜矢子が気に入る遺産はなんなのか思案してきた。
タヒチの私有地もあった。アフリカ産の巨大ピンクダイヤもあった。現金のほうがよいのかとも考えた。
しかしやはり、亜矢子の言うとおり、愛に勝るものはないと、私は気付いたのだ。
私の真実の愛は、誰のものでもない。亜矢子だけのものだ。
愛しているよ。亜矢子。
いつまでも、いつまでも、墓に入ってからも、私の君への愛は変わらないだろう。
田村雄二郎
この遺言書を弁護士から手渡された46歳の亜矢子は、読み終えたあとに、卒倒したという。