早苗ママの実験簿
洋太は5歳。ピーマンとニンジンとグリンピースとタマネギとシイタケと魚が大嫌い。
早苗ママは洋太の偏食をとても悩んでいた。
「ママ、サラダにニンジンが入ってる。入れないでって言ってるのに」
「味がしないように、薄くスライスしてあるから食べてみて。きっとニンジンの味はしないから」
「口に入れるのもイヤ」
洋太の食わず嫌いを懸念して早苗ママは言う。
「我慢して食べなさい」
「イヤ」
洋太は、怖い表情をしているだろう早苗ママの顔を予想して、目を合わせずに言ってから、サラダを後回しにしてハンバーグを口に入れた。
「ママのハンバーグは、いつもおいしいから大好き」
ハンバーグの味を誉められて、早苗ママの表情は緩み、息子かわいさについ妥協をしてニンジンを勧めるのをやめてしまう。
「肉ばかり食べていると体に悪いのよ」
誉められたあとの早苗ママの口調は優しくなる。本日は洋太の作戦勝ちのようだ。
しかし、洋太の偏食はいずれなんとかしなければならない。早苗ママは、ニンジンをよけてサラダを食べている洋太を見ながら次なる作戦を考えていると、パパが帰って来た。
「ただいまー」
洋太のパパは製薬会社の研究室で働いている。
「パパ♪ おかえりなさい」
洋太はゲーム仲間でもあるパパが大好き。
だが、パパにもパパとしての立場がある。
「洋太、ニンジンが残っているじゃないか」
洋太に嫌われないようにしているためか、パパの言葉は優しい。
「だって、ニンジンは変な味がするもん」
「確かに、ニンジンは独特の味がするが、……!!!」
パパは言いながら早苗ママからご飯を受け取るが、早苗ママの殺気ある眼力を感じ、話をやめてご飯を口に入れ、間を見計らってから言い直した。
「まあ、とにかくだ。ニンジンは食べたほうが身のためだぞ」
「パパも、ママと同じ事を言う」
パパという味方を得られなかった洋太はニンジンだけを残して席を立った。
「洋太、ニンジンが残ってる」
「いらない」
早苗ママは、何回言ってもニンジンを食べようとしない洋太の態度を見て、これ以上は無駄だと思いニンジンを勧めるのを諦めた。
そして就寝時。早苗ママは台所で日記をつける。
○月○日○曜日
今日も洋太はニンジンを食べなかった
しかし、ハンバーグに混ぜたピーマンとタマネギとシイタケとイワシは気づかずに食べる
やはり、好きな肉と混ぜるのが効果的みたい
あと、擂り潰し濾してからドレッシングに混ぜたグリンピースにも気づかずに食べる
今後ドレッシングに混入する方法も期待できそう
早苗ママが日記をつけていると、風呂上りのトランクス姿でパパがやって来た。バスタオルを肩にかけて早苗ママの日記を覗く。
「日記をつけているんだ」
「どうしても洋太がニンジンを食べないのよね」
「洋太も、昔の僕みたいに、彼女ができればニンジンを食べるようになるさ」
「そうだといいんだけど」
日記を書いている早苗ママにパパは後ろから抱きつく。
「僕は、嫌いなものが入っていても、君の手作り弁当だけは頑張って食べたからね」
パパは早苗ママの耳を噛む。
「あぁん、ダメ。洋太が起きちゃうわ」
早苗ママは、パパの口を指で押さえる。
パパは早苗ママの指を舐めながら言う。
「研究室で才女と呼ばれていた君を、僕は独り占めしたくて家庭に入れてしまった。そんな僕を恨んでないかい?」
「恨んでないわ。だって、ここでも実験ができるもの。料理材料を使って」
早苗ママは「舐めたらダメ」とパパの口を軽く摘む。
パパは顔を横に動かして早苗ママの指を外す。
「洋太の次は、僕と夜の実験をして欲しいな」
どうしようかなと、早苗ママはパパの顔をじっと見て考える。
早苗ママの瞳は、研究室で働いていた頃と変わらず、キラキラと輝いて主婦の生活がいかに満足なものか、パパに告げている。
「日記をもう少し書いたら寝室に行くわ」
「待ってるから、早く来てくれよ♪」
パパは早苗ママに軽く口付けをすると去って行った。
早苗ママは、途中で止まっていた日記を書き始める。
今夜のパパ
興奮度−闘牛並み
心拍−鼓膜を刺激するほど音が大きく早め。
トランクス内−発汗と膨張有り
要因−パジャマから透けて見えるレースの下着と入浴後の香り、ハンバーグに入れたニンニクと精力増強効果のある漢方薬の、相乗効果があったと思われる
目的達成度−
その後のパパの様子−
「最後の2つは、あとになるわね」
早苗ママは、書いた内容を再確認してから日記帳を閉じた。
日記帳の表紙には、こう書いてある。
「早苗ママの実験簿」と。