表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/11

レトルト

「部長、これ、レトルトでしょうか?」


「どうだろうな。最近のレトルトは、作りたてみたいだから、見分けがつかんよ」


 二人はテーブルに出された、たこ焼きを眺めた。


 たこ焼きは横長の皿に載せられ、湯気と一緒にたこ焼きの上にある鰹節が揺れている。


「いい匂いですね」


「なんなら、課長、先に食べるといい。私はさっきの接待で食事をしてきたから、まだ満腹なんだ」


「いいんですか?」


 課長は上目遣いで部長を見る。


 部長はこくりと(うなず)いた。


 ここは夜の街で有名な新宿歌舞伎町。二人が今いるのは、ギャバクラ野の花。


 得意先の接待を終えた部長は、仕事の打ち合わせも兼ねて、課長と飲みに来ていた。


 課長はネクタイを緩めてから、勧められたたこ焼きをおいしそうに食べる。


 部長は、次々とたこ焼きを食べる課長を、不思議そうに見ながらグラスの酒を一口飲んで唇をぬらした。


「なんだ、課長は食事をしていないのか?」


「ん? あ、はい。食事はまだなんですよ」


 課長は、口を動かしながら答える。たこ焼きも几帳面に半分残し、それ以上食べようとしない。


 部長は、まだ皿の上にあるたこ焼きを見た。


「だったら残さず食べなさい」


「え、いいんですか。すいませんねぇ。(ひら)が得意先の注文数を間違えて納品しちゃいまして、係長が謝罪しに行ったんですが、先方のお(いか)りが収まらなくて、私も謝りに行ったんですよ」


「で、先方のお怒りは、収まったのかね?」


「はい、なんとか。今日は部長の接待が入っているし、部長を呼べ、なんて言われたらどうしようかと、冷や冷やしましたよ」


 部長は、たこ焼きがなくなった皿を見る。


「そりゃ、大変だったな。課長のために、追加でピザを頼むか」


 部長は、さっそくボーイを呼んで、ピザを注文した。


 ボーイは床に膝をついてピザの注文をメモしてから顔をあげる。


「本日は、どの子をお呼び致しましょうか?」


「うーん、そうだな……」


 部長は、今日の課長の機転と功労を(ねぎら)って、課長に話を回した。


「課長、今夜は誰にしようか?」


「部長は、どうします?」


「私の事はいいから、今夜は課長が決めなさい」


「本当にいいんですか?」


「なんだ、嫌なのかね?」


「いえ、嫌じゃないんですが……。それじゃあ、遠慮なく、ミカちゃんをお願いします♪」


 課長は鼻の下を伸ばして注文する。ボーイはにっこりとしながらメモをとった。


「ミカちゃんですね。服装はレギュラーですか? それともコスプレで?」


「もちろん、コスプレでお願いします。コスプレサービスが目当てで、このキャバクラに来ているんだから、コスプレじゃないと、僕は帰りますよ」


 課長は酒が入った勢いもあって、ボーイをちょっと冷やかす。


 ボーイは慣れた表情で課長の相手をしている。


「どのコスプレにしましょうか?」


 課長は出されたコスプレメニューを覗き込んだ。


「部長、この前はセーラー服でしたよね?」


「うん、確かそうだ」


「じゃあ、今夜はナースでいいですか?」


「いいぞ♪」


 部長の了解のあと、ボーイはメモをとると足早に立ち去った。


 課長はグラスの酒を口に含む。


「ここのサービスっていいですよね。初めてこの店に来た時、僕の隣に座ってお(しゃく)をしてくれた女の子が、お姫様のコスプレしていて、それがかわいくって、忘れられないんですよ」


 60近い部長は、目じりにシワを寄せて言う。


「私にとっては、どの子も孫みたいなもんだがな」


「孫のコスプレも、あったほうがいいかもしれませんね」


「そうかもしれんが、私は孫が相手だと手が出しにくくなるな」


 ニヤつきながら、部長も酒を飲む。


「まあ、なんだ」


 部長は、言いかけてからグラスを置いてタバコに火をつけた。


「最近は、店の女も日替わりで、とっかえひっかえだ。軟らかい子もおれば、硬い子もおる。あっさりしたのもあれば、こってりしたのもあり、実際に食べると(あぶら)っぽかったりもする。値段もそれぞれで、高級なのもあれば、安く済むのもある。私にとっては、夜の店で働く女も、レトルトみたいなもんだ」


 課長は笑う。


「確かにそうですね。最近はメイド喫茶に対抗して、夜の店でもコスプレサービスをしてくれるし、彼女たちも姿が出来上がった状態で来てくれますもんね」


 部長はタバコを吹かしながら、課長に忠告した。


「ただし、本気になるなよ」


「なりませんよ。手だって出しません。僕は妻子のほうが大事ですから」


 部長は、長くなったタバコの灰を灰皿に落とした。


「いや、それよりも、人間同士なだけに、医者の世話になったら、何かと面倒だからだよ。いろんな意味で」


「いろんな意味で……。そうですね」


 課長の頭の中で、いろんな場面が映画のように投映されていく。40代の課長は、サスペンスドラマの情事を思い浮かべているようだ。


 そして、脳内でサスペンスドラマ投映中の課長の目の前に、ピザを持ったナース、ミカちゃんが現れた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ