レトルト
「部長、これ、レトルトでしょうか?」
「どうだろうな。最近のレトルトは、作りたてみたいだから、見分けがつかんよ」
二人はテーブルに出された、たこ焼きを眺めた。
たこ焼きは横長の皿に載せられ、湯気と一緒にたこ焼きの上にある鰹節が揺れている。
「いい匂いですね」
「なんなら、課長、先に食べるといい。私はさっきの接待で食事をしてきたから、まだ満腹なんだ」
「いいんですか?」
課長は上目遣いで部長を見る。
部長はこくりと頷いた。
ここは夜の街で有名な新宿歌舞伎町。二人が今いるのは、ギャバクラ野の花。
得意先の接待を終えた部長は、仕事の打ち合わせも兼ねて、課長と飲みに来ていた。
課長はネクタイを緩めてから、勧められたたこ焼きをおいしそうに食べる。
部長は、次々とたこ焼きを食べる課長を、不思議そうに見ながらグラスの酒を一口飲んで唇をぬらした。
「なんだ、課長は食事をしていないのか?」
「ん? あ、はい。食事はまだなんですよ」
課長は、口を動かしながら答える。たこ焼きも几帳面に半分残し、それ以上食べようとしない。
部長は、まだ皿の上にあるたこ焼きを見た。
「だったら残さず食べなさい」
「え、いいんですか。すいませんねぇ。平が得意先の注文数を間違えて納品しちゃいまして、係長が謝罪しに行ったんですが、先方のお怒りが収まらなくて、私も謝りに行ったんですよ」
「で、先方のお怒りは、収まったのかね?」
「はい、なんとか。今日は部長の接待が入っているし、部長を呼べ、なんて言われたらどうしようかと、冷や冷やしましたよ」
部長は、たこ焼きがなくなった皿を見る。
「そりゃ、大変だったな。課長のために、追加でピザを頼むか」
部長は、さっそくボーイを呼んで、ピザを注文した。
ボーイは床に膝をついてピザの注文をメモしてから顔をあげる。
「本日は、どの子をお呼び致しましょうか?」
「うーん、そうだな……」
部長は、今日の課長の機転と功労を労って、課長に話を回した。
「課長、今夜は誰にしようか?」
「部長は、どうします?」
「私の事はいいから、今夜は課長が決めなさい」
「本当にいいんですか?」
「なんだ、嫌なのかね?」
「いえ、嫌じゃないんですが……。それじゃあ、遠慮なく、ミカちゃんをお願いします♪」
課長は鼻の下を伸ばして注文する。ボーイはにっこりとしながらメモをとった。
「ミカちゃんですね。服装はレギュラーですか? それともコスプレで?」
「もちろん、コスプレでお願いします。コスプレサービスが目当てで、このキャバクラに来ているんだから、コスプレじゃないと、僕は帰りますよ」
課長は酒が入った勢いもあって、ボーイをちょっと冷やかす。
ボーイは慣れた表情で課長の相手をしている。
「どのコスプレにしましょうか?」
課長は出されたコスプレメニューを覗き込んだ。
「部長、この前はセーラー服でしたよね?」
「うん、確かそうだ」
「じゃあ、今夜はナースでいいですか?」
「いいぞ♪」
部長の了解のあと、ボーイはメモをとると足早に立ち去った。
課長はグラスの酒を口に含む。
「ここのサービスっていいですよね。初めてこの店に来た時、僕の隣に座ってお酌をしてくれた女の子が、お姫様のコスプレしていて、それがかわいくって、忘れられないんですよ」
60近い部長は、目じりにシワを寄せて言う。
「私にとっては、どの子も孫みたいなもんだがな」
「孫のコスプレも、あったほうがいいかもしれませんね」
「そうかもしれんが、私は孫が相手だと手が出しにくくなるな」
ニヤつきながら、部長も酒を飲む。
「まあ、なんだ」
部長は、言いかけてからグラスを置いてタバコに火をつけた。
「最近は、店の女も日替わりで、とっかえひっかえだ。軟らかい子もおれば、硬い子もおる。あっさりしたのもあれば、こってりしたのもあり、実際に食べると脂っぽかったりもする。値段もそれぞれで、高級なのもあれば、安く済むのもある。私にとっては、夜の店で働く女も、レトルトみたいなもんだ」
課長は笑う。
「確かにそうですね。最近はメイド喫茶に対抗して、夜の店でもコスプレサービスをしてくれるし、彼女たちも姿が出来上がった状態で来てくれますもんね」
部長はタバコを吹かしながら、課長に忠告した。
「ただし、本気になるなよ」
「なりませんよ。手だって出しません。僕は妻子のほうが大事ですから」
部長は、長くなったタバコの灰を灰皿に落とした。
「いや、それよりも、人間同士なだけに、医者の世話になったら、何かと面倒だからだよ。いろんな意味で」
「いろんな意味で……。そうですね」
課長の頭の中で、いろんな場面が映画のように投映されていく。40代の課長は、サスペンスドラマの情事を思い浮かべているようだ。
そして、脳内でサスペンスドラマ投映中の課長の目の前に、ピザを持ったナース、ミカちゃんが現れた。