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またネ

 桜子は、ピンクローズの口紅が似合う21歳の美人大学生。


 大学の講義が無い日は、クリーニング店の受付譲としてアルバイトをしている。


 一緒にクリーニング店で働く江美も18歳の大学生で、彼女は彼氏がいるにも係わらず、ほかの若い男に目が無く、同じ歳頃の男性客が来店すると、男好きの好奇心から受け取った男性客のクリーニングの衣類を入念にチェックしていた。


「甘い香水の匂いがする。女性用の香水かな」


「またお客さんの衣類の匂いを嗅いでる。やめなさいって注意してるいるのに、その癖は直らないわね」


 好みの男性客の衣類の匂いを嗅ぐ江美の癖を、心よく思わない桜子は顔をしかめた。


 江美は、男性客が置いていったスボンの匂いを嗅ぎながら言った。


「桜子先輩。結婚を考えて付き合うなら、絶対に相手の体臭は重要ですよ」


「体臭は、食べ物や香水で変えられるじゃない。そんなに重要だとは思わないけど」


 桜子はクリーニングの伝票を整理しながら言う。


「えー。そうかなー」


 江美は言ってから口を尖らせて男性客のスボンを手放した。


 桜子は高校生の時からクリーニング店の受付譲を勤めている。おこづかい目当てで働いている桜子は、来店の男性客には興味が無く、もっぱらアクセサリーや流行の衣類の購入費にバイト代をあてている。受付譲5年目になる桜子は、真面目で丁寧な仕事振りを店長に認められて、最近は閉店の作業を一人で切り盛りするようになっていた。


 そんな桜子にある転機が訪れた。恋愛に関心が無かった桜子の心を撃ち抜いた男性客が現れたのだ。


 その客はサラリーマン風の若い男性で、俳優の小泉孝太郎似の爽やかタイプだった。歳は30前後に見える。


「初めてなんですが」


「初めて当店をご利用されるお客様ですね。ご来店頂き有難うございます。ポイントが貯まるお客様カードをお作り致しますので、こちらの用紙にお客様のお名前とご住所とお電話番号をお願い致します」


「分かりました」


 男性客は桜子からボールペンを受け取ると早速用紙に記入を始めた。


 紙の上をすらすらと滑って動くボールペン。


 桜子は目を皿のようにして男性客の個人情報を見た。


 彼は、氏名欄に池田正治と書いた。


 池田は個人情報の記入を終えるとビジネススーツの上下をテーブルに置いた。


「これのクリーニングをお願いします」


「畏まりました。ビジネススーツの上下ですね。合計で千五百円になります」


 桜子はときめきを覚えながらも、慣れた手つきでビジネススーツを受け取る。


「仕上がりは、明日の夕方5時になります」


 池田は清算を済ませて印字されたレシートを受け取ると店を出て行った。


 桜子と江美は「有難うございました」と言って同時に頭を下げて池田を見送った。


 池田が去ってから、桜子と江美は顔を見合わせた。


 最初に口を開いたのは江美だった。


「桜子先輩。気付きました? あの人。俳優の小泉孝太郎にそっくりだったぁー」


 興奮が収まらないらしく江美の声のトーンは高めだ。


「ホント。似てたよね。声もそれっぽくない?」


 桜子も芸能人に似ている池田を見て興奮気味のようだ。


「声も似てた。似てた」


「似てたよね」


 暫くの間、小泉孝太郎似の池田の話題が続き、閉店1時間前になって江美はいつもの癖で池田のビジネススーツを手に取った。


「小泉君は、どんな体臭かなぁー」


 江美は早速ビジネススーツの匂いを嗅ぐ。


 桜子はまた江美の悪い癖が始まったかと怪訝な表情をした。


「また匂いを嗅いでる。やめなさいって言ってるのに」


「でも知りたいじゃないですか。小泉孝太郎似の彼の匂いを」


 しかし、池田のビジネススーツは、江美の期待を裏切ったようで、江美はつまらなそうな表情をしてビジネススーツを手放した。


「新調したての匂いしかしない。つまんないのぉー」


「ほらごらん。神様だって、やめなさいって言ってるのよ。もう、お客様の衣類の匂いを嗅ぐのは、やめるのよ」


 桜子は先輩として江美を嗜めた。


 江美はまた口を尖らせて「はぁーい」と返事をすると、バイト終了の時刻になった事もあり、先輩の桜子に閉店作業の引継ぎをして帰って行った。


 江美が店を出てから、約1時間後の夜の7時でクリーニング店は閉店する。


 桜子は店のシャッターを下げ、レジの1日の締めを終えると帰り支度を始めた。


 池田正治という名の小泉孝太郎似のサラリーマン。


 テレビで俳優の小泉孝太郎を観てもなんとも思わなかったのに、なぜ池田正治を見た瞬間、桜子の心臓は高鳴ったのだろうか。


 桜子は、天使のいたずらで胸に刺さった恋の矢に戸惑いを覚えていた。


 池田が、仕上がったビジネススーツを取りに来るのは明日だろうか。それとも明後日だろうか。仕事が忙しいなら一週間後になるかもしれない。次に池田に会えるのはいつになるのか。


 桜子の本音は、今回に限り、なんの恥じらいも無く池田の体臭を知りたがる江美の行動が羨ましかった。


 桜子はやっと気付いたのだ。相手を好きになると、相手の事をもっと知りたくなると。


 店のシャッターを下げてしまえば、誰からも見られない自分だけの空間できる。


 桜子は池田のビジネススーツに手を伸ばす。しかしやはり、真面目な性格のせいで、必要もなくお客様である池田のビジネススーツを触るような不埒な真似はできない。桜子は手を引いた。


「やっぱり、やってはいけない事なのよ。人目が無くても」


 桜子は池田のビジネススーツを見て見ぬ振りをして、カバンを掴んで店を出ようとした。


 でも、どうしても思いが断ち切れなくて、桜子は振り返って池田のビジネススーツを見た。


 池田のビジネススーツは、桜子を呼んでいた。


 桜子は、池田のビジネススーツに呼ばれているような気がしたのである。


 桜子は、憑依されたように虚ろな表情でビジネススーツに歩み寄る。


 カバンを手放すと、池田のビジネススーツを両手で掴んだ。


 池田のビジネススーツは、絹100%で織られたものだった。裏地は綿とポリエステルの混合生地になっている。


 手触りの良い絹の感触に、桜子は今までに感じた事の無い興奮を覚えた。口から吐息が出ているが、桜子自身は気づいていない。


「あぁー。これが、池田正治さんの……。男の人の……」


 喘ぎ声に似た感嘆を口から漏らし、桜子は恍惚とした表情でビジネススーツを握る。


 そして次に、裁縫道具からメジャーを取り出した。


「池田さんの股下は、79センチ。池田さんは、思ったより脚が長い」


 桜子は、まだ池田のビジネススーツの股の部分を触り続けていた。


 そう。桜子は、股下フェチだったのだ。


 今回の池田の登場が切っ掛けで、桜子の深層意識に眠っていた股下フェチが芽を出し、桜子は覚醒したのだ。


 それから桜子の股下いじりは数分間続き、満足した桜子は、絹100%の股下の感触を胸に秘め、家路についた。


 次の日の閉店近く、池田は洗いあがったビジネススーツを取りに来た。


 桜子は江美より早く店頭に立ち、池田にビジネススーツを手渡した。


「ビジネススーツの上下ですね。仕上がっております。どうぞ」


 池田は、小泉孝太郎似の爽やか笑顔で仕上がったビジネススーツを受け取った。


「有難う」


「ご来店、有難うございました」


 桜子と江美は、同時に頭を下げた。


 桜子の長年勤めてきた勘が、桜子に告げる。池田は、次回のクリーニングも、うちの店に依頼するだろうと。


 桜子は、見送りながら心の中で池田に言った。


『またネ。池田さん』

「ざ・ほもさぴえんす」を読んで頂き有り難うございます。

楽しんでいただけたでしょうか?


突然ですが、また改名する事になりました。

理由はいくつかありますが、

現在の作者名にある雨の部分をなくさないといけないようで、

改名後は雨が付かない作者名になる予定です。

次に作品でお会いする時は、違う作者名になっているかもしれませんが、

今後もどうか宜しくお願い致します。

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