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一年生合同実技授業

 一年F組の生徒は困惑していた。レイの恰好にどんな意図があるのか気になってしょうがない。ギャグならばよし(まあ、その場合転入生の渾身のギャグは思いっきり滑ったことになるが)。本気ならばヤバイ奴としか言いようがない。

 そんな考えから、二十人いるクラスメイトは休み時間になってもレイとコスモスに近づきもしなかった。

 二人の席は最後尾の窓側でカレアラ、レイ、コスモスの順で横並び(それがまたカレアラの頭痛の種だが)だ。

 その席順で一時間目が終わり、カレアラは熱心に教科書を読んでいるレイに聞いた。

「あんた、何で古典の教科書をずっと読んでるのよ?」

 先程の授業は数学だったのに。

「文法も単語も変わっちゃって、教科書がよく読めないんだよね。だから、これで現代語を勉強中」

「……何のために古典なんて勉強するのかと思っていたけど、まさか過去から来た人用の現代語の教科書だったなんてね……」

 と、ハタと気づいた。

「ちょっと待ちなさいよ。それじゃあんた、転入試験はどうだったのよ?」

「試験? もちろん問題文のほとんどが分からなかったよ。『ぱそこん』とやらの使い方も分からなかったし」

 あっけらかんとした答え。

 まさかと思い、カレアラは机の天板を開けた。そうすると、机と一体化しているパソコンが使えるようになる。手早く起動させ、学園の生徒名簿にアクセスする。

 そして、レイとコスモスの名簿をピックアップする。

 名簿には名前や所属クラスの他、写真や身体測定の結果、簡単なプロフィールが載っているが、もちろんレイのプロフィールは空白だ。それ以外にもう一つ、数値化した能力値がグラフのレーダーで載せられている。

 テストや機械による測定で数値化された項目――「力」「すばやさ」「テクニック」「体力」「かしこさ」「魔法力」。

 コスモスは「力」「すばやさ」「テクニック」の項目で高い数値を叩き出していた。ハッキリ言って、どうしてF組にいるのか分からない。

 さらに驚くことはレイのグラフだ。グラフになっていない。中央に点が集まり過ぎて何だか分からない。どうしてF組にいるのか分からない。

(唯一「魔法力」だけかなり高いけど……どうしてこれで合格できたのよ)

 カレアラはパタンとパソコンを閉じ、一層軽蔑した目でレイを見る。

「……さてはあんた、ズルしたわね?」

「失礼な。問題も読めないのにどうズルをするって言うんだ?」

 確かにそうだ。

 とすると、やはりフィリオラが裏から手を回したのか……しかし、本人はそんなことはしないと言っていたが……。

 カレアラは不思議でしょうがなかった。もしかして学園側がどうしてもコスモスを取りたいため、レイの転入を抱き合わせで認めてしまったのではないだろうか、とすら考えてしまう。

「…………そんな調子で大丈夫なの?」

「大丈夫……だと思うけど。だって、魔法使いのための学園なんでしょ?」

 そんな風に、レイは簡単に答えた。


 が、ダメでした。

 三・四時間目の一年生全組合同の実技。授業始めの基礎体力作りのトレーニングが一時間ほど続き…………レイはこなせずダウンし、邪魔になるのでグラウンドの隅にある草むらに寝かされた。

 それを見て、カレアラは「言わんこっちゃない」と目元に手を当てて、ぐしゃぐしゃの線を頭上に上げた。

 多くの生徒がへたり込んで休んでいる中、A組のミスリムは疲れた様子もなくレイを観察する。

「どうしてあんな男がこの学園に入れたんですの?」

 事前に彼のステータスを確認していたミスリムは、レイの姿を見てさらに謎を深めた。

「あんな奴はどうでもいい」

 チラッとミスリムが横目で見ると、リュサックの視線はコスモスに向けられていた。授業が始まってからずっとだ。

 当然コスモスのステータスも確認していたし、それを見て二人はベスター教師を倒したのが彼女だと確信していた。

「銀の鱗を持つ、龍族でも最高の防御力を誇る〝ヴィシャル〟ですか。A組に来ても良さそうなのに、なぜAでもBでもなくF組なのでしょう」

「知らん」

 素っ気なく離れるリュサックの背中を見ると、やる気満々さが激しく伝わってくる。「単純ですわね」とミスリムはため息を吐く。

「どちらかと言うとわたくしは、あちらの方が気になるのですけれど」

 と、彼女はレイに近づくフルカスに気づいて少し眉を上げた。


「……もう……無理……」

「最近では珍しい、ほれぼれするほどの魔法使いっぷりじゃの~」

 担当教師のフルカスがやってきて、水が入ったペットボトルをレイの額に置く。

 この授業は一年生総勢一六〇名が受けるので、担当教師はフルカスの他に三人いる(本来ならベスター教師もいて五人体制だが)。

 フルカスは身も丈ほどもある鋭い槍を手にし、武器に関する指導を主にしている。

 レイはフルカスに気づいて、

「冒険や旅を専門にする魔法使いだって、ここまで体を鍛えませんよ」

「研究を専門とする坊には辛かったじゃろ」

「もしかして、いつもこんなことを?」

「まあ、そうじゃな。しかし今日のは基礎トレーニングじゃし、本格的なトレーニングならばもっと追い込むぞ」

「…………ここは本当に魔法使い専門の学校なんですか?」

 額にあるペットボトルを持って起き上がり、開け方に難儀しつつも開けて仰ぎ飲む。

「魔法使いも色々と様変わりしての。もはや職業の境などあってないようなものじゃ。求められるのは万能性、そしてそれを前提とした専門性じゃ」

「どう言うことです?」

「まあ、今日はゆっくり見学しておれ。坊の時とは違う、最近の面白い魔法が色々と見られるぞ」

 槍を持つ手を振りながら、フルカスは授業に戻っていく。

 少しの休憩を終えた生徒達はグループに別れて広大なグラウンドに広がっていく。

 これからは魔法のトレーニングで、生徒を武器で類別する。

 レイはカレアラとコスモスの姿を見つける。

 コスモスはレイに心配げな視線を送っていたので、手を振って大丈夫アピールする。彼女は拳系のグループにいる。

 カレアラは一番人数が多い剣のグループにいる。

 レイは水を飲んで少し元気を取り戻し、杖を支えとして(本来の使い方ではある)立ち上がる。

 授業の邪魔にならないよう隅を歩きながら、各所で使われている魔法を眺める。

 フルカスが言っていたように多種多様な魔法が飛び交い、レイは物珍しさに視線を奪われる。と、グイッと引っ張られたレイの前を何かが通ったが、それはあまりに速すぎて見えなかった。

「あんたね~、射撃場に近づくんじゃないわよ」

 レイの首根っこを掴んで引っ張ったのはカレアラだった。彼女が左を指さすと、そこには銃身が長い銃を構えた人達がいた。その次に右を指さすと、グラウンドの端に的があった。

「まさか、あの人達はこんな距離があるものに魔法を当てているの?」

「そうよ。でも、今は当てやすいように五〇〇メートルぐらいだし……今日は風もないから一〇〇〇ぐらいまで伸ばすんじゃないかしら」

 信じられない様子のレイだったが、銃から放たれる魔法は全て的に当たっている。

「まったく、目を放すとすぐ危ないんだから」

 呆れ口調で言われ、レイは苦笑して頬を指でかく。

 カレアラは仕方なく彼を引っ張って剣のグループに戻るが、「でも」と考え込む。

(さっきの弾、もうちょっとでこいつに当たりそうだったけど…………まさかね)

 カレアラは大して気にもしないので銃グループの方を見なかった。だから、白い翼を生やした生徒がスコープから目を外し、レイの方を睨んでいるのに気づかなかった。

 二人が剣のグループに戻る途中、グラウンドの一角で歓声が上がった。そっちは拳のグループの方だ。

「おい、転入生がB組の奴に勝ったってよ」

「マジか!」

「マジだよ。しかも今の所六人抜き」

「すごっ!」

 教師の注意が飛んで拳のグループに人が集まることはないが、生徒の意識はそっちへ向いている。

「ドラゴン娘はドラゴン娘で変に目立つし」

 虚脱感を覚えて視線が下がっていたカレアラの視界に、立ちふさがる靴が見えた。

「おい、おまえ転入生だろ? どれぐらいの実力か俺達C組が見てやるよ」

 カレアラが顔を上げると、二人の男子生徒が通せんぼしていた。余裕たっぷりの底意地が悪そうな笑顔からして、事前にレイのステータスを見ているのだろう。

 彼らの上から目線のふるまいを見て、彼女の左隣に立つレイはコソッと耳打ちで尋ねる。

「組分けには何か意味があるの?」

「ステータスの数値と成績で分けられているわ。Cは平均よりやや上のクラスね。ちなみに最上位のA組は五人前後で構成される少数精鋭のクラスよ。今は五人いるわね」

「ということは、F組は出来の悪い組?」

 ハッキリとした物言いに、カレアラは苦いものをかんだように口元を波打たせる。

「F組は特別なの。「魔法力」が特に低いけど、他に得意とする何かがある生徒が所属するクラスよ。言うなら、スペシャリストが集まるクラス」

 その返答が内緒話の声量を越えていたため、C組の失笑を買った。

「〝お情け〟枠だろ」

「おまえらはこの学園に入れただけ奇跡だぜ」

 カレアラの視線が鋭く二人に飛び、彼女の手が剣の柄に走った。が、柄頭にそっとレイの手が置かれていて抜けなかった。

 いつレイの手がそこに来たのかカレアラは分からず彼の顔を見上げるが、彼の笑顔は二人に向けられていて問えなかった。

「分かった。少しやろうか。最近の魔法使いっていうのにも興味がある」

 答えたレイが数歩前に進んだので、カレアラは邪魔にならないよう後ろに下がった。

 男達は構えた――斧と素手だ。そして先手を取り、斧をその場で振り下ろした。その瞬間、レイは体がズシリと重くなって地面に手をついた。そこへ、素手の男の声が衝撃波となって飛んできた。

 レイはその攻撃であっさりと吹っ飛ばされ、カレアラの横を通過していった。

 あまりの手応えの無さに、攻撃した二人がキョトンとする。

 カレアラもそんなに期待していたわけではないが、派手な吹っ飛ばされ方に言葉を失った。

(自信ありげだったくせに、口ほどにもないにも程があるでしょう~!)

 怪我とかの心配をするよりむしろ、怒りを覚えてしまった。

「何だ、あいつ」

「F組にしても雑魚過ぎる」

「あいつと一緒くたにしないでくれる」

 レイに感じた怒りもまとめてぶつけるような視線を飛ばしたためか、男二人は少しビクついた。

「何なら、私が相手に――」

「いや~、びっくりした。まさか呪文も唱えずいきなり魔法を使うなんて」

 と、カレアラの隣に平然と立つレイの姿に、三人は驚きで目を見張った。かなりのダメージがあると思われたのに、レイは無傷で服についた土などを軽く払っている。

「見たこともない魔法だね。ホントに面白い」

 レイはニッコリ笑って二人に杖を向ける。

「じゃ、ありがと。さよなら」

 その時、激しい音がグラウンドの一角から上がった。思わず、全員の視線がそちらへと向かう。

 モクモクと上がる土煙を見て、レイは三角帽子からホウキを取り出して離陸する。

「ちょっと!」

 後ろで呼び止めるカレアラの声を無視し、レイは土煙から弾かれるように落ちてきたコスモスをキャッチした。

「あ、パパ!」

 レイに抱きとめられ、コスモスは嬉しそうに彼の首に腕を回す。しかし、その腕にはいつもの元気がなく、全身にも力が入っていない様子だ。

 コスモスを追って飛んできた男――リュサックが、レイに向けて拳を振り上げていた。

 だがレイはリュサックに応えず、大きく下がってかわした。それでリュサックは鋭い視線だけ飛ばして落ちた。

「パパ。ちょっとだけ手を貸して。あいつ、強い」

「……怪我をしているようだけど」

「パパと一緒ならどんなことでも、平気!」

 レイはカレアラの近くに下りて、コスモスを下ろす。その時にはもう、C組の二人はヤバイ雰囲気を察して逃げ出していた。

 そして、レイは掌に作り出した光球をコスモスの背中に沈みこませる。

(あれは……フィリオラ会長に投げたのと同じもの?)

 と、カレアラが見ていると、コスモスの銀髪が眩しいほど輝き出した。

 迫ってくるリュサックを迎え撃ちに、コスモスが出る。

 お互いの拳がぶつかり合うと、衝撃波と共に光が弾けた。

「東軍八拳・純水聖拳!」

「銀龍の裂爪撃!」

 コスモスの唸るような一撃を、リュサックは前に出している手でそらしてかわす。二・三回かわして、出来た隙に拳を小さく鋭く打ち込む。それは見た目には激しい攻撃に見えないが、徐々に苦しみを顔に滲ませるコスモスを見れば、ただの攻撃でないと分かる。

 と、二人の打ち合いに熱中していたカレアラの耳に、レイの声が聞こえてきた。

 彼は地面に書いた綺麗な円の中にいて、杖に手をかざして呪文を唱えていた。

 カレアラの「今時呪文って」という呆れそうな気持ちは、レイのマントが吹き上がるほどの迫力で消えた。

 感じたことのない高出力の魔法力。見ていると、レイの周囲に呪文が実体化して見えた。

 どんな魔法を撃ち出すつもりかと見ていると、

「プチフォトン」

 先程の迫力は何だったのかと思うほど、小さな光の球が杖から出た。

 ガクッと肩すかしを喰らったカレアラのそばにレイが立ち、彼女の腰に腕を回して体を引き寄せる。

「ちょ!」

 顔を赤くして怒鳴ろうとしたが、レイはカレアラを見ていなかった。退いてきたコスモスが彼に抱きつくと、全員を隠すようにマントをひるがえした。

 コスモスを追うリュサックは、小さな光の球なんて避けるまでもないとばかりに、握り潰そうと手を伸ばして掴んだ。

 直後!

 いきなり光の球が巨大化して、リュサックの前進を止めただけでなく彼を押し潰した。

 激しい衝撃と突風に生徒達は吹き飛ばされた。

 唯一着弾点近くにいながらも影響を受けていなかったレイがマントを開けると、カレアラは目の前の惨状に言葉がなかった。

「残りは自習じゃ!」

 フルカスが慌ててそう宣言して、この場は他の教師に任せて、レイ達三人を連れて校舎に入っていった。

ようやくですよ、主人公が魔法を使うの。まあ、魔法戦だけするような魔法使いではないですからね。

次回は主人公の力と現代の違いを説明する回になります。

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