カレアラの受難
更新が遅くて申し訳ない。なるべく(改)がつかないよう念入りに考えてから載せようと思って……言い訳です。すみません。気を取り直して、本編をどうぞ。
カレアラは携帯のアラーム音を遠くに聞いた。だが、疲労のせいであまりに眠く、中々手が伸びなかった。そんな折、
「こんな小さなものから随分と大きな音が出るんだな」
「これは携帯電話。遠くの人と会話をすることを主目的にしているけど、最近は色々な機能がついているんだ。今はゲームとかできるし」
「これでゲーム? ……すごろくや札遊び?」
「もっと色んなの」
「ふぅ~ん……ちょっと分解してみたいな」
目が覚めたカレアラはアラームを止めた、レイにツッコミチョップをした後で。
「まったく、油断も隙もないわね」
レイは潰れた三角帽子を直し、ちょっぴり痛かった頭をなでながら、
「いや、ちょっと気になって……やっぱりそれにも、魔法力を蓄える装置が使われているの?」
「当然でしょ」
と、男の前で寝巻のTシャツにホットパンツというラフな格好をしていることに気づき、カレアラは制服を持って慌てて脱衣所に消えた。
着替えてきたカレアラは、少し頬を染めつつ手でライトブルーの髪をすく。
「私は朝ごはんを食べてくるけど、部屋の中を勝手に荒らさないでよ」
しっかりと釘をさすと、二人は物欲しそうな視線を向けてくる。
「分かっているわよ。パンぐらいなら持ってきてあげるわよ」
すると、レイとコスモスは手を叩いて喜んだ。
さっさと行こうとしたカレアラだが、その前にテレビのリモコンを持ってスイッチを入れ、
「うわっ! 額にいきなり絵が! しかも絵の人が動いている!」
テンプレのように薄型テレビで騒いでいるレイを見て笑った。
まだ時間的に人が少ない食堂で、カレアラは朝食を食べている。今日は週末で学園が休みだし、たっぷり寝るため食べに来ない生徒もいるだろう。好都合だ。
たまに余った食材をもらうこともあり、顔なじみの料理人から人気がなく余りそうなパンと牛乳パックをいただく。
そのやり取りをしている時に、
「おはようございます。カレアラさん」
声をかけられた。
その相手を見た瞬間、カレアラは嫌そうな顔を隠しもせず名前を呼んだ。
「ミスリム」
だが、相手はニコニコと微笑んでいる。
エルフの血を引く証である長い耳の前で、金色の髪を赤いリボンで巻いた女生徒――ミスリム=ホルケイム。
カレアラは挨拶も返さず、ミスリムを避けて部屋に戻る。
「あら、冷たい」
なのに、ミスリムはカレアラの後をついて食堂を出てきた。
「なについて来てんのよ。さっさと朝ごはんでも食べたら」
「いえ、ちょっと気になって」
ツツッと、ミスリムの目がパンの入っている袋に向かう。
「それ。どうするのです?」
「どうって、いつも通り昼食にでも」
「あなた今日はウエイトレスのバイトがありますでしょ? お昼はお店で出るのでは」
ギクリと、カレアラは表情に出さず動揺する。
「夜とか勉強しているとたまにお腹が空くのよ」
「昼食、夜食……発言がバラバラですわね」
揚げ足を取って笑うミスリムに、カレアラは鋭い視線を飛ばす。
「食べるタイミングなんてどうでもいいでしょ。この暇人」
これ以上付きまとわれないよう、カレアラは足早に去る。だが、同じようにミスリムも足早に追いかけてくる。
「まさかあなた、ペット禁止の寮で犬猫でも拾ってきたわけではありませんよね?」
犬猫だったらどれだけよかったことか。
「拾ってくるわけないでしょ。私にそんな余裕はないわよ」
「なら、このままお部屋にお邪魔しても構いませんよね」
「構うわよ。どうしてあんたなんかを部屋に入れなくちゃいけないのよ」
「別にいいではありませんか。やましいことがないなら」
「やましいことがない上であんたを部屋に入れたくないの」
「多少部屋が荒れ果て、足の踏み場もない状況になっていたとしても、わたくしは驚きませんわよ」
「そんな部屋になっていると思われていたことに驚いたわよ!」
部屋の前で、二人はドアノブを持って攻防を続けていた。
「人のプライバシーに土足で踏み込んで来ようとするなんて、デリカシーに欠けるんじゃないの。はしたないお嬢様ね」
「失礼ですわね。私は寮の規則がちゃんと守られているかの確認を取りたいだけですわ。相部屋が基本なのに一人で部屋を使用しているあなただから目を光らせておかなければ」
「寮長でもないくせに、そういうのを越権行為って言うのよ」
「そこまで強情ですと、怪しさ大爆発ですわ。何を隠していますの」
ドアノブがガチャガチャと回っていたので、ふとした拍子でドアが押し開いてしまった。そのチャンスに目ざとく、ミスリムは体を部屋に滑り込ませた。
「あ~!」
「さて、何を隠していますの」
もう止められない。カレアラはダラダラと汗を流し、心臓が早鐘を打つ。最悪、コスモスの方は何とか誤魔化せる。バイト先の仲のイイパートの子どもを一日だけ預かっていたとかにすればいい。だが、男のレイの方は言い逃れ不可能だ。
部屋の中に入ったミスリムはバストイレ、部屋、クローゼットを確認するが、何も見つけられないでいた。テレビがついているのも気にしなかった。
「変ですわね」
カレアラもそう思うが、そんなことはおくびにも出さずため息交じりに、
「気がすんだらさっさと出て行ってくれる。あんたが触った場所を消毒しないといけないから」
「失礼ですわね」
収穫が無かったことをつまらなそうに、ミスリムはあっさりと部屋を出て行った。
大きく息を吐いて安堵したカレアラ。
「誰だったんです?」
誰もいないと油断しきっていたため、肩を跳ね上げるほど驚いた。飛び退いて振り向くと、そこにレイがいた。
「あ、あんたどこにいたのよ!? 外でも飛んでたの?」
「いや、それだと外から見つかるかもしれないからあそこの隅っこに」
と、コスモスが指をさしたのは何もない部屋の隅だった。
「あんな所に隠れられるわけないでしょ」
「そうでもないよ」
再現するため、レイとコスモスは隅に行く。まずコスモスがレイのマントの中に入り、次に彼が呪文を唱えて杖を振る。すると、二人の姿が徐々に消えていった。
「え!?」
カレアラは驚きつつ、半信半疑で近づく。そして、手を伸ばしてみるとマントの感触がした。
「光によるちょっとした錯覚。パッと見だと分からないでしょ」
キラキラとした粒子が離れて、レイとコスモスの姿が出てきた。
「へ~」
「何かガチャガチャとうるさかったから、念のために隠れたんだよ」
「寿命が縮んだわよ」
朝からやけに疲れて、カレアラは肩を落とした。
レイはバイトに行くカレアラに学園の方角を教えてもらい、別れた。最後まで面倒見がイイ彼女だった。
コスモスと一緒に道を歩き、メイジスタンプ学園にたどり着く。壁や鉄柵に囲まれた敷地に踏み込み、レイは物珍しそうに歩いていく。
しばし歩いていると、
「……あ、あの~……すみません……」
消え入りそうなオズオズとした声で話しかけられた。栗色の髪をおさげにし、左の肩口から出した少女。背丈はコスモスとそう変わらず、視線をチラチラとレイにやっては外している。
「なに?」
柔らかな声音で、レイは視線を合わせるように少し腰を曲げた。そうするとまるで、杖をつく老婆の魔女だ。
少女は恥ずかしそうに顔を真っ赤にして固まっている。だが、胸の前で手をギュッと握って、必死に切り出した。
「どこかでお会いしたことありませんか?」
本人は大声を出してるつもりだったかもしれないが、出た声はそれほどでもない。声を張り上げることになれていないのだろう。
レイは少女をマジマジと見る。が、確認しても答えは決まっている。
「いや、僕には覚えがないな。きっと、誰かと勘違いしているんじゃないかな?」
「…………」
否定されても、少女は動かなかった。恥ずかしがり屋の少女のことだ。十中八九の確信があって声をかけたのだろう。だが、遠い過去から来たレイに、人間種の知り合いがいるわけがない。
「お~、あのアイリスが花を放って逆ナンとは、ちょ~意外」
アイリスと呼ばれた少女の後ろからジョウロを片手に持った――濃い藍色の髪をポニーテイルにした――元気そうな少女が飛びついてきた。
道端には花壇が並んでいた。どうやら彼女達が世話をしているようだ。
「どこかで会った気がするなんて定番文句、いいね~。で? で? なんて続ける? 子どもの時? 夢? それとも前世いっちゃう前世!?」
少女に言われて、アイリスは恥ずかしさのあまり涙目でフルフルしている。それから、少女はニコヤカな表情をレイに向ける。
「お兄さん、魔導王の子孫のアイリスをふるなんて将来ちょ~後悔するよ~。絶対美人になるし~お試しでつきあっちゃいなよ~。損はさせないぜ!」
「テスラちゃん!」
少女――テスラなりの援護射撃なのだろう。レイに指鉄砲を向けてウインクまでする。
アイリスと同じく困っているのはレイで、苦笑しながら杖で頭をかきつつ、所有権を主張するように腰に抱きつくコスモスの力が苦しい。
頬を膨らませて恨みがましく見てくるアイリスからテスラは「悪い悪い」と軽く謝りながら離れ、
「ところでお兄さん学園の人じゃないよね? 不審者?」
不審者と聞かれて不審者と答える人がいるかは分からないが、レイは首を捻る。
「どうして僕が学園の生徒じゃないって分かったんだ?」
「そりゃお兄さんみたいな人がいたら中等部でも噂になってるよ~」
他の人は納得だが、レイだけはよく分かっておらず頭上に疑問符を浮かべる。
「コスモス達は高等部に転入試験を受けに来たの」
「高等部なら向こうだよ」
と、テスラはレイの背後を指さす。まったくの逆方向だった。
「どこかで道を間違えたか」
それを聞いて、テスラは弾けたように笑った。
「なにそれ、お兄さんちょ~おもしろい」
「そうは言っても、これだけ広ければ迷っても不思議じゃないだろ」
それを何かの冗談とでも受け取っているのか、テスラは笑いながら手をパタパタさせる。
「道なんて携帯やタブレットのマップで調べればすぐ出てくるじゃん」
「そんなの持ってないよ」
「ウソ!? 今時そんな人いるの!? 逆にちょ~スゴイ」
驚きを隠せないテスラが口元に手を当てる。
とにかく、レイは二人にお礼を言って頭を下げて、アイリスに申し訳なさそうな笑顔を見せてから元来た道を戻る。
「お兄さん、もし入学できたら私達に会いに来てよ。この子をちゃんと紹介するから」
最後にアピールするように、テスラがアイリスを押し出す。
レイはわざわざ振り返って手を振った。その背中をずっと見送っているアイリスの視界に、ニンマリと笑ったテスラの顔がインしてきた。
「いや~、感慨深いものがありますな~。あの引っ込み思案のアイリスが一人で男子を、しかも年上の男子をナンパするなんて。やっぱり十四歳は少女が女になる時期なのね~。ああ~、親友より男を取るようになるアイリスの姿が見える」
ヨヨヨと、テスラはわざとらしそうにハンカチを目元にあてる。
「だから、ホントに違うんだって。どこかで……何度も会ったことがあるような……すっごく懐かしい気がしたから……」
赤い顔の否定で始まったのに、言葉の終わりでは気落ちしたように沈んでいた。テスラは一つ切り換え、アイリスの肩に力強く手を置く。
「大丈夫。私はアイリスが実は、年上の変なコスプレ男子が好みだったからって気にしないよ。むしろ、応援するから」
「だから」
怒るアイリスにテスラは朗らかな笑みを返す。すると、不思議と怒りが抜けていき、二人で笑いだす。
「確かに、あのお兄さんの恰好、変だったね」
「でしょ!? 私最初目を疑ったもん。あれ? 今何時代って」
しばらく笑ってから、二人は水やりに戻った。
そして使った用具を片付け、報告に職員室へ向かう。その廊下の途中、アイリスの視界の端に寄贈された何代目かの学園長の肖像画が入った。
(あ、そっか分かった。絵だ……家にある絵が、あの人にそっくりなんだ)
アイリスは今度の休みにでも、あの絵を見に行こうと思った。
バイトを終えて帰ってきたカレアラを、レイとコスモスが迎えた。
部屋のテーブルの上に用意されているケーキワンホール。プレートには『入学おめでとう』の文字。
即日合格を言い渡され、週明けから授業に出ること。そして、寮の部屋はレイ、コスモス、カレアラの相部屋だと伝えたところで、カレアラはすぐさま電話で学園に訴えた。
「男と同室なんて何を考えているんですか!」
『推薦者であるフィリオラ会長から彼の事情は聴いた。彼は前人未到の土地からフィリオラ会長を頼って来たらしい。彼がこちらの生活に不慣れであることは私達の方でも嫌というほど確認した』
「…………あいつは何をやったんですか?」
『嫌というほど確認した。その旨をフィリオラ会長に申し出た所、キミを推薦された。どうやらキミは、彼の事情を知っているそうではないか』
「いや……それは、そうですけど……」
『そういった者がすかさずフォローする必要がある。安心したまえ、何かしらの問題が起こった場合の責任は全てフィリオラ会長が取ると言っている』
「でも、男と一緒なんて何をされるか」
『もう一人の目があるから、その心配は少ないと思われる。しかし、彼に異性として嫌悪を感じるというのなら、こちらもキミの訴えを真摯に捉え、彼を寮から追い出すつもりだ』
「それって、もしかしてたいが――」
『女子生徒と問題を起こしかねない生徒を在籍させておくわけにはいかないだろ』
「……そう、です……ね……」
『彼がこちらの生活に慣れれば、男子の部屋に移す。それと、混乱を最小限にするためキミと彼は遠い親戚とする。親族間の異性の同室は寮でもあることだからな。何かあれば直接フィリオラ会長に言ってくれ。連絡先は教える。しばらくの間だが、よろしく頼む』
フィリオラ会長の電話番号をメモして携帯を切って、力無く腕を落とす。
振り返ると、ケーキに手をつけずカレアラを待っている二人がいた。
「フィリオラからもらった『ケーキ』だ。とても甘くておいしいらしい。早く食べよう」
「パパはずっとカレアラを待ってたんだぞ。携帯なんていいから早く、早く」
コスモスがパンパンとフローリングを叩く。
「半分とチョコのプレートは私のものだからね!」
苛立ちのまま、カレアラはドスンと座る。彼女にとっても、ケーキなんて嗜好品は久しぶりだ。くれるというなら、ここぞともらっておきたい。
「え~」
コスモスが不服そうにするが、レイが「いいよ」と言ったので素直に引き下がる。
カレアラが綺麗に切り分け(他の二人だとぐちゃぐちゃになりそうだから)、それぞれの区分のケーキを食べる。
レイはケーキに衝撃を受けた。美味すぎて頬を押さえているほどだ。
当然だが、食べ終わるのは二人よりカレアラの方が遅い。お高いケーキを味わっていた彼女は、レイの視線に気づいた。
「あげないわよ」
「頼ってばかりでごめん。それと、ありがとう」
帽子を取って、真摯に頭を下げるレイ。その殊勝さに、カレアラはフォークをくわえたまま目を丸くした。
てっきりケーキのことだと思ったカレアラは、頬を赤くしてソッポを向く。
「――ケーキに免じて、許す」
その許すには、色んな意味を込めていた。
決してほだされた訳ではない。ただ、古代人が現代の生活に接した時のリアクションが面白そうだとカレアラが思っただけだ。
しばらくはそれで笑えそうだと、カレアラはテレビのスイッチをつけた。ビクッと反応したレイを見て、彼女は微笑んだ。
なんやかんやで面倒見がいいカレアラさん。まあ、彼女はクラスメイトを助けるためモンスターを引きつけたり、置いてけぼりにされた相手でも助けようとした人ですからね。
とんとん拍子に決まって、次回からは学園生活です。そこでまたレイを知っている人?に出会います。700年経っているのに、知り合い多すぎですね。
次回を気長にお待ちください。