旧友との再会
今一度しっかり考えていたので、ちょっと更新遅くなりました。これからもっと遅くなりそうな……。
あの後、逃げたクラスメイトが呼んだと思われる救援部隊がやってきた。その中にはカレアラの学校の教師もいて、彼女の無事を確認して安堵していた。
そして、あまりに時代遅れの恰好をしているレイを見て、全員が最初のカレアラと同じ訝しげな視線を送る。
レイに引っ付いているコスモスは、不躾な視線をする人に威嚇の鋭い視線を飛ばす。このままだとマズイと思って、カレアラがレイに助けられたことを話して、救援に来た人は彼にお礼を言った。
そして彼らと一緒に洞窟を出て、乗ってきたヘリに乗せられた。
この鉄の塊が飛ぶとカレアラから聞いたレイは、驚いてやたらに機体を調べるように叩いていたが、彼女に強引に引っ張られて中に入れられた。
そして、飛び始めるとコスモスと一緒に狭い窓から下を眺めていた。
同乗している学校の教師は微笑ましそうに、
「空を飛ぶのは初めてか?」
「いや、ホウキでよく」
「ホウキ?」
カレアラが咳払いをして教師の気を引いて、会話が途切れた。
しばらくして見えてきた光景に、レイから意識せず感嘆の声が漏れた。
ふもとに村なんてなかった。あったのは中心に巨大なビルが乱立する広大な町。碁盤目に大きな道路が走り、綺麗に区画整理されている。北側はビルが多く、東西は民家が多い。そして南側に敷地が広く大きな建物が見えた。それが『魔法学園 メイジスタンプ』だとカレアラが教えた。
ヘリは消防署に下りた。救援に来てくれたのはレスキューという職業の人で、山林やダンジョンで行方不明になった人の救助も迅速にしてくれる。
消防署の前で、レイは手を繋いでいるコスモスに指をさして聞いた。
「コスモスはあれが何か知っているか?」
レイの目には、鉄の箱が猛スピードで行きかっているとしか分からない。
「うん。車だよ、パパ」
「くるま」
「人が乗って高速で移動する乗り物だよ。馬車の発展系」
「どうやって走っているんだ?」
「もちろん魔法力」
「とすると、あれに乗って運転できるのは魔法使いだけか」
「ううん。普通の人もできるよ」
今まで驚きの連続だったレイが、殊更に驚いた。言葉を失ったほどだ。
「――まさか! 魔法力を蓄えることができる装置が開発されたのか!?」
「うん」
信号で止まった車にふらふらと近づいて行きそうになったレイのマントを、後ろからカレアラが引っ張った。
「道路に出るんじゃないわよ!」
歩道からあと一歩で道路に出そうになったレイの前で、車が発車していく。
危なかったと汗を流したカレアラは、呆けているレイの横顔をジ~っと見る。
「ねえ、あんた本当に過去から来たの?」
聞かれて、レイはハッと意識を取り戻す。
「え? ……あ~、おそらく……というか、それしか考えられない……」
「ウソ……とかじゃないでしょうね?」
「さっきから夢かとは思っているけど」
「イヤだ! 夢なんてイヤだ!」
コスモスが必死にレイに抱きつき、肩を震わしている。
レイは優しい手つきでコスモスの銀髪を撫でる。彼にとっては昨日から今日の延長線上で今この場にいるが、彼女にとっては違う。六七四年前、別れも言えず突如として消えたレイ。どれほど悲しい想いをさせてしまったのかは、いまだに命日に会いに来てくれたことで少しは察せられる。
その様子を見ていると、これ以上コスモスの目の前でレイを否定するのははばかれた。カレアラは深くため息をついて、腰に手を当てた。
「それで、これからあんたはどうするの?」
「これからか……」
「パパはコスモスと一緒に住む!」
もう決定事項のようだ。レイもそれは別に構わないが……、
「コスモスはどこに住んでいるんだ? この町か? それとも極北にある龍の住処か?」
「ううん。ここからあまり離れたくなかったから、あそこの山を越えたもう一つの山に住んでるよ。小屋に一人暮らし! パパと一緒。偉い? 偉い?」
「そっか。ちゃんと自活できているのか……成長したな」
頭を撫でて褒められ、コスモスは嬉しそうに頬を染めている。
「ふぅ~ん、それじゃあとは親子で頑張りなさい」
軽く手を振って去ろうとしたカレアラの後ろ襟に、レイは杖を引っかけた。
首が締まりかけたカレアラは咳き込んで振り返り、
「何するのよ!」
「いや、こんな所に置いてけぼりにされても困る。コスモスも色々知っているみたいだが、この町に住んでいるわけじゃなさそうだし」
「それで? 私にどうしろって言うのよ。まさかガイドをしろとかって言うんじゃないでしょうね?」
「いや、我ながら聞きたいことが多すぎる。質問攻めをしたら何日かかるか分からないからそれはいい」
いくら助けてもらった恩があるとはいえ、そんなことには付き合っていられない。カレアラの気持ちを分かった上でレイは配慮している。
「だから、一つでいい。僕の友達がどこにいるか調べられないだろうか?」
「あんたの友達が生きているわけがないでしょ」
「あいつはエルフだ」
「ああ~」
カレアラは納得した。エルフも長命で有名な亜人だ。人ならそんな七百年近くも生きてはいないだろうが、エルフなら生きていても不思議ではない。
「有名人ならすぐ検索に引っかかるだろうけど、一般の人だったら難しいわよ? 何て名前?」
ポケットから携帯を取り出し、ネットにアクセスする。
「フィリオラ=ステイト=ヒラショミラだ」
手から滑り落ちそうになった携帯を、カレアラはお手玉しながらも掴んだ。携帯が無事だったのに安堵してから、カレアラは今一度レイを見た。
「誰、ですって?」
「フィリオラ=ステイト=ヒラシュミラ」
聞き取りにくかったかと思って、今度はゆっくり区切りながら伝えた。
「……ウソでしょ……」
「ホントだけど? あいつのこと知ってるの?」
「当たり前でしょ。よくテレビとかに出ているわよ」
「てれび?」
目をパチクリさせるレイを見て、テレビも知らないのかとカレアラはテンポの悪さに苛立つ。
「ポラルト国の自然環境保護協会の会長よ!」
「…………はぁ」
よく分かっていない。レイの声が如実にそう語っていた。
教師に適当な言い訳をして、カレアラはレイを案内することにした。その道中に、自然環境保護協会の説明をあっさりとした。
自然環境保護協会は、メイジスタッシュにある。
現在ピリア大陸にはフエ。ポラルト。アスタントの三つの国があり、ポラルトの首都はポラルトだが、産業的に発展して人が多いのはメイジスタッシュだ。
メイジスタッシュは産業革命期に工場ができ、周囲の山から鉱物や木材などの資源を採掘・採取したため自然環境が悪化。公害問題に発展した。多くの人が国に訴え出て、自然環境を保護するために厳しい法律ができた。その先頭に立ったのが、フィリオラ=ステイト=ヒラシュミラだ。
協会本部を首都に作るより、しっかり見張れるように現地に作らせたという話だ。
「それからメイジスタッシュは第二次産業から第三次産業にゆるやかに移行していき、周囲の自然は戻ったのよ」
「あの時はパパの山もひどかった。空気が悪くて木もなくなった」
「そっか。だから木々の配置が変わっていたり、見覚えがない道が出来ていたのか」
上空から見たブリースタイを思い出し、レイは少し寂しさを覚えた。
「ほら、ここが自然環境保護協会のビルよ」
足を止めたレイが見上げるそこには、周りに比べて一際立派な高層ビルがあった。彼は太陽の光を反射する窓ガラスの眩しさに目を細め、感嘆の声を漏らし、開いた口が塞がらなかった。
「正面玄関にはゲートがあって許可証がない人は通れないみたいだし、来客用の入口から来社目的を告げて通してもらわないといけないんだけど……」
チラリと、カレアラは隣のレイに視線をやる。アポも取っていない古めかしい恰好のレイが通してもらえるわけがない。
「ゲート、許可証……つまりは関所か。しかし、衛兵の姿がないけど」
「機械にカードを通して入るんだよ。カードがないとセンサーが反応してバーン! って道が閉まって、音が鳴っちゃうの」
コスモスに説明され、レイはしきりに頷いていた。
……もういいや。入れなければ入れないでいい。案内はしたんだからもう自分の役目は終わりだろうと、カレアラは投げやりに考えて肩から息を吐く。
「それじゃ、行くだけ行ってみるわよ」
進もうとしたカレアラの足が空を泳いだ。
「……へ?」
下を見ると、地面と足が離れていく。
「よし、コスモス。ちょっと上まで運んでくれ」
カレアラがバッと見上げると、銀の鱗を持つドラゴンがそこにいた。カレアラはドラゴン形態のコスモスに後ろ襟を爪でつままれていた。
「ちょ! 何を考えているのよ、こんな町中で!」
その叫び声は、コスモスの肩に乗っているレイに向けられていた。
「偉い人って上にいるもんでしょ。こんな高い建物を一段一段上がっていったら僕は疲れて死ぬ。だから、外から一気に上に行こうと思って」
「そんなん! エレベーター使えばいいだけでしょ!」
「えれべた~って何?」
話の通じ無さにカレアラは歯噛みする。
「もういい! とにかく私は下ろして!」
「コスモス、ゴー」
「話を聞きなさいよ~!」
カレアラの叫びを無視して、コスモスはレイに従って翼を羽ばたかせて飛んだ。
羽ばたきによって発生する風によって、付近にいた人は耐えることもできず吹き飛び、ビルのガラスで弱いものは割れ、植樹されている木は倒木寸前だった。
「あんた正気!? こんな町中でドラゴンを飛ばすなんて航空法に引っかかるわよ!」
「落ち着いて。キミが何をそんなに焦っているのかは分からないけど、こんなことをする理由は楽して上に行くという以外にもある」
「何よ!」
「僕が思うに、フィリオラがこれほどの建物に君臨する代表になっているのならば、簡単に会えるとは思えない。少なくとも謁見の手続きは必要だろうし、その手続きもすんなり通るとは思えない」
うん。まあ、あってる。と思って、カレアラはツッコミしなかった。
「ならば目立つことで注目を集め、向こうに気づいてもらおう! ということ」
「どう? この名案は」とばかりのレイの明るい笑顔に、カレアラは怒りを通り越して脱力してしまった。捕まったらどう言い訳しようと捨て鉢に考えていると、
「この亡霊がぁ~!」
血相を変えたスーツ姿の見た目は青年のエルフが降ってきた。彼はレイの目の前に来ると止まり、浮上に合わせる。
ロングの金髪に緑の瞳の彼――カレアラの脳内でテレビの姿と重なった――がフィリオラ=ステイト=ヒラシュミラだ。
友人に会えたレイは嬉しそうに軽く手を上げ、
「命日だからってこんな大々的に迷い出てきやがって! 大人しく死んでろ!」
ピシッと固まる。
ジト~っとカレアラは笑顔の状態で固まっているレイの横顔を見上げる。
「友達なんじゃなかったの?」
「あれ~」
レイが首を捻っている間に、フィリオラの周りに光と風が集まりつつあった。
「死んでるおまえと違ってこっちは忙しいんだ! 浄化!」
フィリオラの放った魔法がレイの体だけを包んだ。傍で見ていたカレアラは、感じる魔法力に驚愕した。
(何て威力と正確さなの!? 標的以外には影響を与えないなんて……対ゴースト用の魔法でも、あんなの喰らったら生身だってひとたまりないわよ)
確かにカレアラの考察通り、肩で発動したのにダメージがないコスモスは変わらず上昇していた。つまり、レイの心配すらしていない。
バサッとマントを広げ、レイは体にまとわりついていた光を振り払った。その変わらず平気そうな様子に、カレアラとフィリオラの目が驚愕で丸くなる。
「まったく、いきなり挨拶だな」
と、杖の先に光球を作ったレイは、それをフィリオラに軽く放った。反射的に受け取ったフィリオラは、いきなり猛スピードで屋上に飛んでいった。
「え?」
カレアラは何が起こったのか分からなかったが、そのまますぐビルの屋上についた。コスモスが少女の姿に戻り、レイは先についていたフィリオラに近づく。
「なんみょうほうれんげっきょ~! なむあみだぶつ! あと、お札! 豆だ豆! いや塩だったか!? 聖水に十字架の方が効くか!? シャーマンと祈祷師、陰陽術師にエクソシストにも連絡を!」
洋の東西を問わず、知っている魔除けを試そうとする半狂乱状態。
「落ち着け」
ポカッと、レイが杖の持ち手で軽くフィリオラの頭を叩く。
「よく見ろ。足もある。僕は生きている」
レイはローブを少しまくって足を見せる。すると、フィリオラはようやくピタリと止まり、マジマジとレイの頭からつま先まで見て――バタンと倒れる。
「どういう意味!?」
「本当に友達だったの? 虐めてたとかじゃないでしょうね?」
疑心の目のカレアラに、レイはブンブンと手を振って否定する。
その時、屋上のドアが開いてドカドカと多数の警備員が現れた。
「大変だ! 会長が!」
「待て! 刺激をするな! 何をするか分かったものじゃないぞ!」
「確かに! あの奇天烈な服装はどうだ!? 確実に正気とは思えない!」
「よし、キミ! まずは天気の話をしよう!」
警戒をしつつ、レイ達を逃がさないように取り囲む。
「どうすんのよ、これ!」
確実に周りにはお仲間だと思われていることを自覚しているカレアラは、レイの胸ぐらを掴んで激しくゆする。
「パパに乱暴するな!」
コスモスが止めようと、カレアラの逆側でレイを揺れ動かす。その動きはメトロノームのように激しくなり、レイは目を回す。
「何でしょう、アレは?」
「分からん。何かの儀式か!?」
フラつき出したレイに気づいて、コスモスは手を放した。すると、彼は力無く膝をついた。それを見て、警備員達はチャンスか!? と身構えるが、
「カリウス一二五五年、初夏」
レイが静かに声を出し始めたので踏み止まった。
「貴重な薬草を取りに森に入った僕は、あるエルフと出会った。僕は問題を抱えていたそのエルフのため作ってあげた。せい――」
「友よ~!」
ガバッと起き上がったフィリオラは、レイをきつく抱きしめた。
「とりあえずここでは人目が多い。私の部屋で話そうではないか!」
「か、会長?」
「この三人は私の友人だ。今日来る予定だったが、すっかり忘れていた。キミ達は下がって業務に戻ってくれ。何も問題はない。何もな!」
フィリオラはそそくさとレイとコスモス、それとカレアラも引きつれて屋上を後にし、会長室に招き入れてしっかりと鍵をかけた。そこまでやって、彼はようやくドアにもたれて大きく一息ついた。
時代的なものは、現代風でちょっと未来っぽいと思ってください。ロボが出てきますし。それでは、続きを更新しますね。