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唯一の妃  作者: 織方 終
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王と王妃 下

 ファウナが伝えようとしたこと、それは簡単なことであった。

 公人として生きることが、すなわち私人として死ぬことを意味するのではない。

 ハルジオが、自分の妃に内定していたファウナを兄レザリオの妃にと打診された時に抗議したのは、表向きは兄レザリオのためであったが、内実はかなり私情を交えたものであったらしい。そしてそれはまかり通ったのである。

 ハルジオがそうしたように、最も優先すべきことを間違いさえしなければ、それで相手を説得できれば、たとえ屁理屈だろうと構わないのである。

 他人が認めざるを得ない状況に持ち込んでしまえばいいのである。



 リーシアは側妃の一人となる覚悟でファラングへ嫁いだ。

 夫となる人が複数の妻を持つことを甘受しなければならないのだ、と自分に言い聞かせて。

 政略結婚を受け入れるのとはまた話が別である。

 恋愛感情に基づく結婚ではないにしろ、良き妻、良き母になることはできるし、リーシアはそうなりたいと思っている。お互いに尊敬し尊重し合えれば、とも思っている。

 シグルムで生まれ育ったリーシアが思い描く夫婦の形は、夫が一人、妻もまた一人であった。レザリオの言葉ではないが、確かにリーシアの価値観で一夫多妻を受け入れることは容易ではない。

 それでもリーシアは理性と責任感で私情を封じ込めた。たとえ個人的な感情の上では認め難いとしても、それが必要なのであれば受け入れる。受け入れることができてしまうのである、リーシアは。

 しかし、果たしてそれは本当に必要なことなのだろうか。

 他の妃など要らないくらい、と夫は言った。つまりリーシアの働き次第ではそれも不可能ではないということになる。少なくともリーシアの働きぶりを見る間夫も余所見はしていられないのである。


 一夫多妻を容認するファラングで、最高権力者の唯一の妃となる。


 現実味のない、しかし女心をくすぐる夢である。

 リーシアはファラング王レザリオの現状唯一の妃である。そして、これからも唯一であり続けることができるかもしれないのである。

 立場上口が裂けても「他の妃は要らない」と言うことができない夫の、非常に分かりにくい優しさと言えるだろう。

 リーシアとレザリオは政略結婚ではない。かと言って恋愛結婚でもない。

 お互いと結婚したいと思っていたわけではないし、政略的にどうしても必要な婚姻であったわけでもない。しかしレザリオがリーシアに関心を持たなければ成立し得なかった結婚である。

 レザリオが何もしなければ、今頃リーシアは王弟の側妃としてのんびりと、自分自身に目を向けることもないまま過ごしていたことだろう。それはそれなりにしあわせな人生であったかもしれないが、ハルジオとファウナの仲睦まじさを見せつけられ、自分自身をまるで必要とされない、存在意義があやふやな人生でもあっただろう。

 結果的に、レザリオの介入によってリーシアは王妃となり、十年に及ぶ王妃教育が無駄になることはなかった。受け入れなければならないと覚悟した一夫多妻も、受け入れ難いという私情を挟む余地が生まれた。

 レザリオが自ら側妃問題に着手した場合、恐らくリーシアは決定事項として側妃を受け入れなければならなかったはずである。そして結局は正妃として側妃を束ねるという面倒事と対峙しなければならなかったに違いない。

 現時点での面倒事を丸投げされたのは正直負担の大きい話だが、今はまだ経験も実績も不足しているリーシアに箔を付けるにはちょうどよい事案でもある。

 有名無実の『王妃の器』を、真の王妃に。

 ただの誇張ではなく実を伴うように。

 それは、強権で従わせるのではなく、人々が心からリーシアを王妃として受け入れるために必要なことである。

 リーシアを王妃と定めたのは王レザリオの一存であった。すなわち最高権力者が後ろ盾となっているわけだが、まだまだリーシア自身がファラングの貴族たちに認められているわけではない。先の王太子の暗殺事件以降、併合先の王侯貴族を妃に召し上げることへの反感は根強い。もし今レザリオに何か起こった場合、リーシアを守ってくれる人は、守ることができる人は誰もいなくなってしまう。

 リーシアは、王妃とは国益のために王を支えるものだと教わった。

 しかしレザリオは、リーシアの夫はリーシアを手招く。自らのところまで登ってこい、と。

 ファラングに来てからようやく自分で考えることを始めたリーシアは、まだ歩き方を覚えたばかりの子どもと言ってもいい。そのリーシアにここまでおいで、と遠くから呼びかけている。

 リーシアが望むなら、その力が及ぶなら隣に並び立つことさえ彼は許すだろう。もしもリーシアが生国で教わった通り王をただ支えることを望むならそれを許すだろう。

 どちらにしろ、リーシアが自分の足でしっかりと立ち、ファラングに根づくことをレザリオは願っているのである。

 レザリオは、或いはリーシア以上にリーシアの可能性を、未来を思い見ているのかもしれない。



 これまでレザリオはリーシアに目的地を示し、自力で辿り着くことを求めてきた。一人で辿り着くことができなければ道を示してくれた。行くべき道を敷くのではない。先人たちが切り開いた幾筋もの道があることを教えてくれるのである。

 しかし、今回の問題について言えば明確な目的地が定められていない。

 リーシア次第で目的地さえ変わる。ならば、誰もまだ通ったことのない新しい道を自分で切り開くのも手ではないか。

 新しい道、新しい目的地。

 すべてを自分で決めて歩くのは――リーシアをまだ歩き方を覚えたばかりの子どもと例えるならば――途方もないことのように思えるが、何を考えているか分からない、それでいてあらゆることを想定している夫は、きっとリーシアを見守っていてくれるはずである。

 面倒事を丸投げされたリーシアももちろん大変だが、丸投げした方も意外に大変なのである。なぜなら、丸投げして他人の振りなど通用しないからである。

 レザリオとリーシアは王と王妃である。切っても切れない関係性がそこにある。王妃の評価は王の評価にもつながる。王妃の好きにさせた結果、最終的な責任はレザリオが負うことになるのである。

 それでもやってみろと言うのならば、それはレザリオがリーシアを評価しているということであり、また信頼しているということである。

 私情を殺すことがもはや当たり前になっている彼は相手によって対応を変える。私情を挟まない以上、判断材料となるのは相手の能力、力量、限界である。

 きっと彼は言うだろう。リーシアだからね、と。



 リーシアの行動理念は常に他者のためにあった。

 国のため、王家のため、民のため。

 それは今もあまり変わっていない。

 しかし、リーシアは思ったのだ。

 なれるものならばしあわせに。夫と一緒に自分のしあわせを考えてみよう、と。

 恋愛感情のように激しく心を揺さぶるものではないが、確かに育まれているものはあるのである。リーシアの中にも、そしてきっと夫の中にも。いずれは大きな実を結ぶことがあるかもしれない。


「君ががんばってくれたら要らないよね、他の妃なんてさ?」


 上等である。他の妃など必要ないくらいがんばって働いてみせようではないか。他ならぬ自分自身のために。

 そしていつか、誰も文句の付けようがない状況で言わせてみせればいいのだ。

 一人で十分、と。





「そういうわけですので、側妃は全部お断り、の方針で行こうと思います」

「あ、そうなの? それ一番難易度高い奴だけど」

「できるはずもないと決め付けるのはよくないですね?」

「……あれー? もしかして寝た子を起こしたかな、俺は。ま、やる気があるのはいいことだ」

「文句を言わせなければいいのですよね」

「自分で言うのもなんだけど、あんまり俺たちを見倣わないでね」

「駄目ですか」

「まっすぐ育つものをわざわざ曲げなくてもいいの」

「では、時間がかかるかもしれませんが正攻法でいきましょうか」

「……ハルジオには後で謝っとこう」


作者的にはリーシアのクラスチェンジイベントだったりします。やっぱり本人のやる気って大事かなと。運良く王妃の座に納まっただけではもったいないですし。

他人のためにがんばることが当たり前だったリーシアにとって、自分のために努力することは「成長」です。

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