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唯一の妃  作者: 織方 終
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王妃と王弟夫妻

 ファラングの王弟夫妻はとても仲睦まじい。

 ファラングに来るまでそんな噂は聞いたことがなかったリーシアだが、実際目の前でその様子を見せつけられては認めざるを得ない。

 別に人前でべたべたしているわけではないが、何かと些細なことで見つめ合っては言葉を交わす二人を仲睦まじいと評さずにいられるだろうか。何より、醸し出される雰囲気がそこはかとなく甘いのである。恋愛沙汰に疎いリーシアでも分かるぐらいなのだから、それがどれほどのものかは言わずもがなである。



 時折王弟夫妻を交えて昼食の一時を過ごすことがあり、今日もまたそんな日であった。

 この王弟、ハルジオ殿下には妃が一人しかいない。高位であればあるほど妻の数も増える、と言われるファラングでは非常に珍しい。シグルムを後にした時点ではそんな愛妻家の側妃になる気でいたリーシアである。リーシアの意思ではなかったが、初めて顔を合わせた時の気まずさはできれば二度と味わいたくない。

 ハルジオの唯一の妃ファウナはファラングの公爵家出身であり、二人は政略結婚である。レザリオがそうであるように、ハルジオもまた側妃を迎えるようにと打診されてきたはずであった。彼は第五王子だが、レザリオに子が生まれるまでは実質的な王位継承者とみなされているのである。


「幸いにして二の兄上と三の兄上がお好きですからねぇ。積極的に引き取ってくださるから助かります」


 ハルジオはあっけらかんと言った。

 どことなくこの兄弟は似ている気がする。そう伝えると彼はなぜか微妙な表情を見せたが。

 ちなみに第二及び第三王子にはそれぞれ両手の指の数を超える妃がいる。随時募集中とのことである。


「必要に迫られればそれも止む無しかと思いますが、四の兄上が逃げているのに私が逃げられない道理がありません」


 確かにその通りであった。


「ファラングに王妃が立った今、待ち望まれるのはその懐妊。私の利用価値は下がる一方ですよ」


 言葉の端々にはひどく現実的な考えが見えるのに、傍らの妃に向ける眼差しはとろけるように甘く柔らかかった。



 政務のためにハルジオが席を外した後、残されたリーシアとファウナはのんびりと食後の紅茶を楽しんでいた。


「少し、昔話をしてもよろしいですか?」


 洗練された所作で紅茶を飲み終えたファウナがそう切り出した。


「殿下とわたくしの縁談は、一度破談になりかけておりますの」

「え?」

「もう七年も前になりますのね。一の義兄上、先の王太子殿下がお亡くなりになった事情はご存じですか?」

「……毒による暗殺であったと」

「ええ。王太子妃の生国が謀ったことでした。先代陛下が版図拡大の第一歩として沈められた国です」


 当時ファウナは第五王子の妃に内定したばかりであった。ハルジオとの顔合わせを済ませ、婚約の日取りを調整していた時にそれは起きた。


「代わりに王太子になられたばかりのレザリオ陛下の妃に併合した国の王族を据えることが見送られ、国内に目を向けたところ、わたくしに目が留まりそうになったのです」

「ファウナ様に、ですか」

「わたくしが殿下の妃にと望まれたのも、他国の王族ばかりを優遇しては国内貴族の反感を買う、という理由があったからです。他国の王族が信用できない以上、新たな妃候補は国内貴族から選ばれるのが当然、そしてその筆頭がわたくしでした。元より政略的なお話です。第五王子の妃から第四王子改め王太子の妃に繰り上がり。普通ならば喜ばしいことですわね」

「ファウナ様は喜ばれなかったのですか?」


 リーシアの問いに、ファウナは微笑んだ。

 リーシアより一つか二つ年上であるはずだが、まだ十五、六の少女のような可憐さであった。


「殿下がお怒りになったのです。『兄上に私の妃を譲れと言うのですか? 兄上を馬鹿にしないでいただけますか』と」


 かわいい弟だよねぇ、とレザリオが散々自慢していたのでファウナもよく覚えている。それこそ一言一句違えずに。


「私を馬鹿にするな、ではないところが殿下らしいですわ。既に他者のために絞り込まれた候補から横流し、などという手抜きをせずにきちんとレザリオ陛下の妃にふさわしい者を選べ、と抗議なさったそうです。新しい王太子が弟の婚約者を横取りしたという噂が立つのも嫌であったとか。その後で殿下はわたくしに謝られました」


 王太子妃になる機会を失わせてすまない、と。

 せっかくファウナを妃として迎える覚悟が出来たところであったのに、また他の妃を宛がわれて振り出しに戻るのは困るから、とハルジオは大真面目な顔で言った。


「わたくし、笑ってしまいました」


 情けないと思ったわけではない。

 毅然と老臣たちに抗議したくせに、内心ではたかが妃一人を迎える覚悟を決めるのに苦労していたなどと、ファウナは思いもしなかったのである。

 優秀で申し分のない王子――ファウナはハルジオのことをそう見ていた。完璧だ、などと思っていたわけではないが、どこかで王族を特別視していた。彼らは生まれながらに王族という生き物なのだと勘違いしてしまうほど、ファラング王家の王子たち、特に正妃の子どもたちはそつがなかった。しかし、彼の言葉を聞いて認識を改めたのである。

 王子もただの人であり、努力を重ねて立場と身分にふさわしくあろうとしているのだ、と。

 言わなければ分からないのにあえてそれをファウナに告げたハルジオが、私的な部分を見せることで確かにファウナを迎える覚悟が出来ていると証明した彼がただかわいらしく思えた。


「一番目にレザリオ陛下を。二番目にご自分を。それでいいのです。そのように考えるべき立場の方ですもの。ですが、三番目にわたくしのことも考えてくださいました。わたくしはそれが嬉しかった」


 それでは満足できない者もいるだろうか。しかしファウナには十分であった。

 大勢の妻の一人になることを思えば、その程度で文句を言ってはいられない。


「何も考えず、ただ親に言われるがままに結婚しようとしていました。わたくしの心など必要ないと、自分ですら気にかけなかったその心を殿下はすくい上げてくださった」


 ファウナとて最初からハルジオと今のような関係を築くことができたわけではない。

 政略結婚である。明確な優先順位が存在する。それでもファウナの人生は上々と言えるだろう。結果的にはすばらしい伴侶を得て、愛を育むことができたのだから。そしてその可能性はリーシアにももちろんあるのだ。


「陛下ほど武に秀でてはおられませんが、わたくしにとっては最高の旦那様です」


 とてもしあわせそうな笑顔で、ファウナは話を締めくくった。



 ファウナがただ惚気話を披露したかっただけとは思えない。

 これは義理の姉妹としてというより王族の妃として、その先輩からの助言であり気遣いである。

 リーシアはこの日の王弟夫妻との会話により一つの決意をした。


王弟夫妻は身内以外の第三者がいるところではあまり会話をしないので、王弟の愛妻家ぶりは意外に知られていなかったりします。

ちなみに、ファウナはレザリオの発言を彼の自慢話として受け止めていますが、レザリオとしては「弟はどうしても君と結婚したかったんだよ」という冷やかしのつもりでした。

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