紫煙
「結城くん。明日世界は終わるのよ。」
彼女がそう告げたのは秋から冬へ変わる、少し肌寒いよく晴れた日の昼下がりだった。
午前中の授業が終わり、糞不味い学食をそこまで仲の良くない学友数人と糞みたいな会話しつつ食事を終えて、ひとりでキャンパスから少し離れた場所の喫煙所でいつも吸っているハイライトのメンソールに火を点け、暇な時間を過ごしていた。
そこで話は冒頭にもどる。
「結城くん。明日世界は終わるのよ。」
彼女は唐突に半分減ったタバコをくわえた僕の前に現れ、突拍子もないことをハスキーで透き通る声で言いつけた。
「「悪いが宗教の勧誘はやめてくれ。」」
僕の声と同時に放たれたその台詞は、意味も音程もすべてが同じように聞こえた。ハッとしてはじめて見も知らぬ彼女を認識した。絶世の美女…とは言えないが、どこかのご令嬢のように上品で、黒い髪の毛は腰までのび、そして一番引き込まれたのは涙ほくろのある、少し茶色がかった真っ直ぐに僕を見つめる二つの瞳だ。
「結城くん。私は宗教の勧誘ではなく、事実を言っているのよ。」
「そうだな、じゃあ。」
「ふふっ、待ちなさい。」
「(一体今のどこに笑いどころがあったんだ?)…なんなんだよ?」
吸い終わるには少し早いタバコを灰皿に押し付け、立ち去ろうとしたが、彼女のその反応に僕は気になって立ち止まってしまった。
「あなたは、本当に面白いわ。」
なぜかその言葉はよく耳に馴染んだ。いや、僕の人生の中で全くと言っていいほど付き合ってこなかったその言葉に、なぜか。これが俗にいう、デジャブと言うものなのだろうか。
「自己紹介がまだだったわね、私は纐纈。あなたと同じ、人間よ。」
「いや、人間っていうのは分かるけどさ纐纈。一体なんで僕の名前を知っているんだ?」
おかしな自己紹介はさっさと無視して聞きたかったことを聞いた。
「そんなことはどうでもいいわ。だいたい貴方の友達…いえ、知り合いに聞けば分かることでしょう?」
「言い直さなくてもいい。」
「イラついてるあなたも、とても面白いわ。」
「…。」
むかつくことを淡々と言ってくれる女だ。
「…、で?」
「あら、宗教の勧誘はやめて欲しいのではなかったの?結城くん。」
「じゃあな。」
こんなめんどくさい女と喋ってたら頭が腐る。そう思い、大学へ、来た道を戻ろうとした。
「あら、あなたの行く道はそっちではないでしょう?今日は3、4限は履修してなくて、あなたは今からレジデンス八道4ー6へと帰る。」
「なんで知ってるんだお前!いったいなんなんだ!新手のストーカーか?!」
「私は纐纈よ、結城くん。」
僕は家へと帰るその道を、走った。