最終話
「――はっ!?」
悪夢が去ったように、目を覚ました。
強い光が目を刺す。
ヒノは目を細めた。視界がはっきりしてくる。
白い天井に、蛍光灯が輝く。
腕を見れば、包帯だらけ、ガーゼだらけのひどい有様だった。
「姫子……姫子は!?」
右手は、姫子と手をつないでいた。包帯が巻かれた手をしっかり握っている。まるで最初からこの形で生まれてきたかのように。
「姫子……ありがと」
なぜその言葉を選んだのか。ヒノにはわからない。
姫子の手を引き寄せ、しずかに口づけた。
「あー! 意識が戻ってるぅ――!」
情緒のない声が、病室をつんざく。すみれたちが見舞いに来ていたのだ。
同時にナースコールで呼ばれた医師や看護士たちも駆けつけた。
そんなドタバタの中で、すみれが携帯の画面を操作する。
「見て見て、この傑作写メ!」
「はあ? 今はそんなもの見てどうしよって……」
写真をじっくり見て、ヒノは首をかしげる。
画像には、しっかりつないだ手がドーンと写っている。包帯でグルグル巻きになった、男と女の手だ。背景はやたら白い。病院のベッドのように……。
「縁結び、恋の成就間違いなしの、がっちりラブラブ手つなぎ写メ! 朱雀島の恋する乙女たちマストアイテム!」
「なああぁ――――――ッ!?」
ヒノは絶叫した。
間違いなく、自分たちの手を接写したものだった。
携帯を取り上げてブチ折ってやろうと思った瞬間――。
「ヒノ……さん」
病室は静まり返った。
姫子がすこしずつ目を開ける。
「ヒノさん、ヒノさん……」
「姫子……!」
ぴったりと着けられたベッドの上で、姫子が目を覚ました。
つながった手のまま、ヒノは姫子を抱きしめた。
ぴろりーん。
「すごい写真が撮れちゃった……」
「ちょ、撮んな! 消せ!」
「こら、動いちゃイカン!」
医者や看護士がヒノを押さえつけ、ヒノはそれでもジタバタもがく。
「ヒノー、おとなしくしてなさいよー。まったく……グスッ」
皮肉を言っていたすみれが、目じりをぬぐう。
「おまっ、泣いてんのかよ」
「泣いてないわよっ!」
「花粉症でしょ? さっきからずーっと聞いてるよー」
「嘘つけ! 花粉症なんざならないババア体質のくせに!」
「何よあんた、元気じゃない!」
ギャーギャー騒ぎが収まらない病室で、姫子がにっこり笑っていた。
「ヒノ! まったく心配させおって!」
「ヒノ君、起きたんだね!」
「オゥ! これぞデウス様の御力!」
祖父母両親友人に加えて、クリスティーナまで来ていた。
「仮祝言の件、お願いしマスねー!」
「仮祝言……の件?」
「何の話じゃ?」
「いや、その……」
ヒノは口ごもる。
「教会で……式を、挙げたいな、なんて……」
小さな声だった。
しかし、その場を沸かせるには十分だった。
「おめでとー!!」
「ようやく本気で結婚する気になったんだな!」
「だーかーらー! 動かしちゃいかーん!」
医者が止めなければ、胴上げが始まっただろう。
「ふつつか者ですが、末永くよろしくお願いいたします」
姫子がはにかむ。笑う。
ヒノも笑った。はにかんで笑った。
二人は手をつないだ。
ぬくもりを感じていた。
初出:2015年01月28日




