第二十三話
すみれと啓介、そして四方神会の精鋭を連れ、喜代輔は大臣の泊まるホテルへ直行した。
大臣は息子の岐矢とともに、嵐の止んだ朱雀島を優雅に見渡しているところだった。
「大臣」
「何だね、騒々しい」
「四方神会の権限において、大臣を拘束させていただきます」
「何だと!? り、理由は何だ!」
「この調査の正当性に多大な疑問が生じたからです、大臣」
喜代輔は封筒を取り出し、テーブルの上に投げ出した。
「DNA検査の結果です。『神堕とし』にて退治したミズチの肉片を採取し、検査しました」
「それがどうした?」
「その結果を、あなたの検体を比較すると、あなたとミズチには深い血縁関係のあることが認められました」
「バカな! 私が、この私が妖怪と血縁だと!?」
大臣がうろたえる。
「だ……だいたい私は検査など受けていないぞ!」
「検体など、あなたが口をつけたティーカップからでも採取できます。万が一を考え、四方神会の判断として検査を行いました」
「大臣、あなたには三人の息子さんがいましたね?」
早暁、岐矢のほかにもう一人、大臣には息子がいたとされる。
「岐矢さんの兄弟にあたる方。生まれたときに亡くなったとされていますが、そうではない。彼はひそかに生かされていた。神霊とするために」
ミズチの正体――それは、相武総次郎の三人目の息子。
「人体を意図的に妖怪化する呪術が禁じられていること、大臣のあなたがご存じないとは言わせませぬぞ。まだ抗弁なさるというのなら……」
すみれと啓介がスッと前に出る。二人の若者から発せられる殺気は本物だった。
「……!」
大臣は自分が追い詰められたことを知った。
「な、何が目的だ! 金か? それとも権力か!」
大臣はすみれと啓介に向かって叫ぶ。
「お前たちも哀れな子だ。しきたりにとらわれ、友人を主人とせねばならん世の中に何の価値がある!?」
「なるほど、壊そうとしたのは我々の絆だったわけね」
「大臣、あなたは思い違いをしてる」
啓介が落ち着き払った声で答える。
「朱雀島の白虎、青龍は、朱雀門院家に仕える者」
「だけどそれには、当主が仕えるに値する者であることが必須」
「価値のないご主人様には仕えない。ずっとそうしてきた」
二人はまっすぐに、自分よりはるかに年長の退魔士を見据えた。
「ヒノは」
「不器用で」
「無駄にプライドが高くって」
「頑固者で」
すみれと啓介が、交互に語る。
「でも」
「強くて」
「まっすぐで」
「優しくて」
「僕は」
「あたしは」
「大好きなんだ」
二人の声が重なった。
「僕らが選んだ、僕らだけの総領様さ」
「ヒノと姫子ちゃんを守るのは、あたしたちの意志。しきたりじゃない」
「先祖代々伝えてきた同じ想いを、そう言ってるだけさ!」
二人がそれぞれの
「く、くそおおおおおおおおお! お、お前たち、やってしまえ!」
SPたちが銃を抜く。
「白虎戎器術、白針!」
啓介の方が早かった。彼の手から白い飛針が放たれ、SPらの手を貫く。
「いづれを道と迷ふまで散れ! 青龍夢幻術、桜花!」
ザアッと桜の花びらが舞う。花びらは、構えたSPたちの顔をあっという間に覆う。
そのスキを突いて、弟子たちが彼らを押さえつけた。
「う……う……!」
大臣は後方へたたらを踏み、ドサリとソファに座り込んだ。
「はっはっは……ははは……」
壊れたように大臣は笑った。
「終わりです、大臣」
「そうだな……ミズチが死に、私もここで終わる」
「父さん!」
破滅を思い知ったのだろう。声が虚ろになっている。
「だがすべて終わりではない!」
大臣は突然立ち上がった。懐に隠していたナイフを抜く。間髪入れず、大臣は岐矢の胸を貫いた。
「父さん……?」
信じられない、という表情で岐矢は父親を見る。
大臣はナイフを引き抜いた。
「……ゴホッ!」
岐矢の口と傷から、大量の血がほとばしった。正確に急所を突かれていた。
「しまった!」
全員が岐矢に気を取られた一瞬――。
「美黒の一族に栄光あれ!」
大臣は一撃で、自分のノドを貫いた。そのまま前へ倒れ、自重でさらに刃が深く刺さる。即死だった。
「美黒の……一族、じゃと?」
「じゃあ、やっぱり……」
喜代輔が叫ぶ。
「手の空いている者は急ぎ港へ向かえ! ヒノらを援護するのじゃ!」
初出:2015年乙未01月23日




