第二十話
相武総次郎怪異政策担当大臣が視察に訪れた直後――島は大嵐に見舞われた。
ヘリが飛ばせないどころか、車で移動するのも苦労するほどの荒天だった。
「大臣には大変なご不便をおかけして申し訳ありません」
「気にせんよ。私も退魔士だ。事情は理解できる」
朱雀門家の応接室に通された相武大臣は、鷹揚に答えた。
「このたびの御陵島調査と、何か因果関係があるのかね?」
「すべては調査中です」
「遅い! 何をやっておるのだ!」
大臣が一喝する。
喜代輔も負けてはいない。
「お言葉ですが、大臣。お聞き及びかと思いますが、オルギム・アームズがミズチを刺激しなければ、事態はここまで悪化しなかった可能性もあります」
事態を悪くしたのはお前の息子だろう、と喜代輔は言外に言っていた。
「岐矢の判断が、早急なものであったことは認めよう。だがそれはオルギムの問題だ」
「あのとき襲撃がなければ、ミズチの意図を引き出し、事態を収束させることもできたやもしれません」
「君たちは人を喰うバケモノの言うことを信用するのかね?」
「ただのバケモノとも言い切れません。天候まで影響を及ぼすとあれば、神霊と言ってもよいレベルの力を持っています」
「神霊並の力があれば、信用できると?」
「神霊となった者は嘘をつきません」
「正直者だとでも言うのか」
「語弊がありましたな。正確には、神霊はその主観において真実であることを語ります」
「彼らがそう思っていることを、そのままに語ると?」
「そうです。彼らの中での真実を語るのですな」
「なるほど。客観的には違うことも多々あろう」
大臣はハッと笑った。
「あれの抱えている真実など無意味だ。人に害を及ぼした時点で、妖怪であろうと神であろうと、倒すべき存在となる」
「それには同意いたします」
「早急に退治したまえ」
「急いては事を仕損じます。時間はいただきたい」
「あれを放置することで、困るのは君たちだろう」
嵐が続けば、住民の生活に支障が出る。
否、ミズチの存在が分かった時点で、かなりの支障と損失が出ている。
「――我々も困るがね」
嵐は大波を呼び、フェリーの運航も完全に止まった。本土はおろか、ほかの島へ行くことさえ不可能な状況だ。これが長引けば、四方神島は遅かれ早かれ破滅的な被害を被るだろう。
「御陵島は早急に調査せねばならん」
だが、大臣の興味は御陵島一点にあるようだった。
「ミズチを倒したあと、やはり御陵島をお調べに?」
「無論だ」
「我々の持つ史料では不足ですかな?」
「たしかに、君たち四方神一族が保有する古文書は貴重だ。だが作られた時代はせいぜい鎌倉時代初期。淡海ができてから百年、二百年、三百年も経過してからの本がほとんどだ」
「しかし」
「やはり、当時、何が行われたのかは、御陵島を調査するしかないのだよ」
「あれは、ふれてはならないものです」
「またその話かね」
大臣は呆れたようにため息をつく。
このあたりで、近畿の歴史を詳しく述べておかねばなるまい。
千年前、この地域は陸地だったという。湖は当時からあったが、ずっと小さかった。
異変が起こったのは、千年前。玄霊天皇の御代である。
突如、天が鳴動し、大地が陥没した。平地も山も区別なく沈み、巨大な穴が出現した。
穴の中心からは、ありとあらゆる異形――魔が飛び出した。魔は黒雲のように空を覆い、汚泥のように地を塞いだ。
そして魔を出し切った穴からは、最後に水が噴き出して巨大な湖となった。
『一夜ニシテ総テ没ス』
史書にはそう記されている。
一夜にしてそれが起こったと、遺された史料が伝えている。
日本は魔に満たされた。
絶望と混乱が日本を覆い尽くした。
だが――抗う人間がいた。時の帝、玄霊天皇である。この帝は、国生みの神の血を強く継ぎ、仏法を篤く信仰していた。
帝は戦った。彼に従う勇士たちとともに、国土を満たす魔と戦った。
勇士の中には、異能者たちもいた。あるいは仏法に仕える僧であり、あるいは神に仕える神人であり、あるいは唐より渡ってきた道士であり、あるいは巫女であり、あるいは力を信ずる武人であった。
異能者たちは帝とともに魔を打ち倒す壮大な策を練り上げた。
探求し、秘術を練り上げた。
婚姻し、血統を練り上げた。
秘術と血統――このふたつをもって、魔に対抗した。
そして最も強大な魔を、そのものの来た場所へと封印したのだ。
現在の淡海の中心、御陵島へと。
そして帝は、その島を自身の陵墓とした。
意図は伝えられぬが、自らをさらなる封印としたという説が有力だ。
ゆえに御陵島は、この国の聖域。触れてはならない聖域となった。
しかし――。
「いいかね。わが国で聖域と呼ばれてきた場所は、魔を封印したであることが多い。私は三十年以上も、聖域と呼ばれた場所にメスを入れてきた。結果、封印が堅固であることを確認したり、封印がゆるんだ場所を見つけ補強したり、そもそも何もいない偽の聖域さえ見つけた」
「存じております。大臣は、現代を生きる人々のために、より安全で安心できる社会を実現しようとなさってきた」
偽の聖域が暴かれたことで、おぞましい因習から解き放たれた地域もある。「聖域」を盾に、暴利をむさぼっていた悪徳退魔士や宗教者が逮捕された事件もある。
「もちろん、私はそのような連中と、君たちを同一視しようとは思わない。しかし君たちは、歴史の上にあぐらをかいてきた自覚はないかね?」
大臣は持論を展開させる。
「大地が崩壊し、魔が出た。その魔を、崩壊後にできた湖に――御陵島に封印した。子供でも知っている話だ。だが実際、何があって何が行われたか。確かめた者はいない」
千年前のことが真実であるか、御陵島を発掘して調べた者はいない。
また千年の間、朱雀島の者が常駐し、盗掘さえ行われていないとされている。まさに手つかずの聖地だ。
「千年前に強大な魔の封印が行われたとして、だ。千年も放っておいて、封印が解けかけている可能性がないとはいえない。だが君たちはそれを確かめるどころか、ただただ守ることに徹している」
そして大臣は、退魔士が従わざるを得ないワードを口にした。
「人を、命を守りたい。その想いは同じはずだ」
人命第一 ――このカードは、退魔士が遵守するべき第一の事項だ。
「だから調査は必要であるし、そのためにミズチを倒すことも必要だ」
「ミズチを倒すことに関しては同意いたしますが……」
「ミズチを倒す役目は、君たち四方神会にまかせる。怠慢は許さんぞ」
そう言って、大臣は会見を切り上げ、応接室から出て行った。
応接室から出た大臣の一行が、早暁とヒノの二人とすれ違う。
二人は廊下の端に控えたが、大臣が足を止めた。
「久しぶりだな、はやあき」
早暁に向かって、大臣は言った。感慨のない声だった。
「……なにを今さら」
早暁の答えには嫌悪感が籠もっていた。
「相変わらず、か。時間があれば話がしたいと思っていたのだが」
「あなたと話すことはなにもありません」
「はやあき」
「母さんを捨てたあなたと話すことは、なにもない!」
あたりに沈黙が満ちた。
大臣はフー……と大きくため息をついた。
「お前は何か、勘違いしているな」
大臣の方は淡々としたものだ。
「お前の母親と別れたのは、性格が合わなかったからだ。お前の母親との離婚も、岐矢の母親との結婚も、法的に何ら問題ない。おまけに私はお前の養育費もきちんと払った。お前の存在は、私のスキャンダルにすらならないよ」
「…………」
「……感情が理性を妨げることは、私も十分に理解している。憎むというなら憎むがよい。だがいつかは理解を感情より上に持ってきてほしいものだな」
大臣は悠々と朱雀門家を出ていった。
「そ、早暁さん」
「……申し訳ありません。お見苦しいところを」
早暁は頭を下げた。
「早暁さん、もしかして……」
「はい。私は相武大臣の……離婚した元妻との間にできた息子です。相武岐矢は、母親違いの弟ということになります」
早暁はぎゅっと目を閉じた。
「私はこの島でご厄介になっている身だというのに、父がああでは……。四方神島の人たちには、本当に申し訳なく思っています」
「早暁さんが気まずく思うことないって!」
「そう、ですか?」
早暁はわずかに笑った。
「若はお優しいですね」
「そう……じゃないよ。親は親、子は子。それだけってことさ」
早暁がただ哀しそうに笑ったのが、ヒノは妙に痛々しく感じた。
――若のなさりたいようになさってください。
彼の言葉がよみがえる。
(そうか、早暁さんも……不自由だったんだな)
ならば彼を慰める言葉はひとつしかない。
「早暁さんも、したいようにすればいいんだよ」
「若からお墨付きをいただいたら、そうするしかありませんね」
次は冗談っぽく笑う。どうやら元気を取り戻しつつあるようだ。
ヒノはほっとした。嵐が収まれば、早暁はこの島を去る。そう分かっていても、人には自由があると伝えたかった。
初出:2015年乙未01月20日




