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第十八話

 翌朝、目を覚ますと病室には母親しかいなかった。

「母さん……」

 ほかは事後処理で出払っているのだろう。

「ああ……良かった」

 見舞いの花を飾っていた夕香子が手を止める。

「炎夜叉君、起きられる?」 

 ヒノはおずおずと起き上がる。

 夕香子が手を伸ばす。

「か、母さん……」

「あなたは、私に似て不器用だから」

 白く細い手がヒノの頬にふれる。やさしい匂いのする手だった。

「立派になったわね……」

 胸の中に張りつめていた何かが、ぷつ、と切れた気がした。

 ヒノは泣きそうになった。

「姫子さんを守ってあげてね。私に、明紀兼さんがしてくれるように……」

 ヒノはうなずいた。「イヤ」だとは言えなかった。思わなかった。


 数日して、ヒノは無事退院できた。まっすぐ家に戻る。

「あ……」

 ヒノは廊下で姫子と鉢合わせた。

 姫子はうつむくと、逃げるように自室に入ってしまった。

 あの日以来、そうだ。姫子はヒノを避けている。

 ヒノは姫子の部屋に立つ。ドアをノックしようとして、やめた。

 手をゆっくり下ろす。

(だめだ)

 もっと別の言葉で。

 もっと別の行動で。

(伝えなきゃ。オレは……オレは)

 ヒノはドアノブをつかんだ。

「姫子、入るぞ!」

 返事も待たずにドアを開ける。こうするしかない自分がイヤだった。でもそれしか思いつかなかった。姫子と話をするには。

「あ、の……」

 ヒノはズンズン姫子に近づく。

「姫子!」

「は、はい!」

「ちょっと来い!」

 ヒノは強引に姫子を連れだした。

 朱雀神社へ向かう。境内をまっすぐ進み、石段でさらに上る。

「あ、あの……」

 姫子の声には答えない。振り向きもしない。

「あれ? ヒノ、どこ行くの?」

「朱雀神社」

 途中で、遊びにきたすみれ・啓介が合流する。しかしヒノの真剣な表情に、二人は茶々も入れずに着いてきた。

 拝殿前では、ガレキの撤去作業が進められていた。

「あ、若」

「上は?」

「まだ手つかずです」

「ここで見張ってろ」

 すみれと啓介に命じる。

「わかった」

 ヒノはまた姫子の手を取った。

「来るんだ」

 彼女の手を引いて、壊れかけた石段を登る。

 爽やかな緑の木々の下を抜ける。まるでトンネルだ。

 姫子の息が上がるころ、視界が開けた。

「わ……あ……」

 空の下に湖が広がっていた。

 青い水、白い光。水面がきらきらと輝いている。

「足元に気をつけて。柵とかないし」

「あ……」

 断崖絶壁だ。灰色の岩がなめらかに隆起している。

 水鳥が飛びたった。崖に巣をかけ、たくましく生きているのだ。

 崖のふちに立って、二人は湖をながめた。

「ここは朱雀島のもっとも北に当たる場所だ」

 かなたに、青くけぶる島影が見える。

「あそこに見えるのが御陵島。オレたち四方神一族が守ってきた場所……」

「あんな風に見えるんですね……」

 すこし風がある。

 長い髪を手で押さえ、姫子は湖を見つめる。

「御陵島を見られるここは、聖域。入れるのは、朱雀門院家の総領と次期総領」

 ヒノは自分でも驚くほど穏やかな気分だった。

「そしてその者の配偶者だけ」

 ヒノはわずかに手の力を強めた。

 姫子がハッと目を見張る。

「オレは君と結婚する」

 ザア……と風が流れた。

「オレはこんなんだから、上手く言えないけど……姫子、君を守りたい。いつもいい気持ちでいてほしい」

 この風のように、すがすがしい気分で。

「だから……だから、オレを避けないでくれ。頼む……」

 この島にいてほしい。――できるなら、そばに。

「どうしてもイヤだっていうなら、しょうがないけど……」

 姫子はブルブルと首を横に振る。

 ヒノはホッとした。

 額をこつん、と当てる。手をからめて、気持ちが同じことを確かめる。

「ごめん、こんな風にしか……言えない」

「いいえ……とても、うれしい……」

 笑う彼女の顔が、とてもいとおしかった。

「ごめんなさい、ヒノさん。わたし、ヒノさんの気持ちも知らずに」

「謝らないで」

 比翼連理(ひよくれんり)の誓い――あの日できなかったことを、無意識のうちに結んでいた。

 二人はしばらく、湖風を浴びていた。


 石段を下りてくると、すみれと啓介がうやうやしくひざまずいていた。

「我ら朱雀島に住まう白虎殿家と」

「そして青龍園家は、朱雀門家にお仕えする者」

 改まって口上を述べる。

 普段なら笑っただろう。だけど、この時だけは違う。

「朱雀門炎夜叉丸様、玄武院姫子様におかれましては、比翼の契りを交わされたよし、お(よろこ)び申し上げます」

 すみれと啓介が交互に述べる。

「我ら、青龍園すみれ」

「白虎殿啓介、この二名、命を賭して」

「心をこめて、お二方にお仕えいたします」

「我らの御館様(おやかたさま)

「そして御方様(おかたさま)

 二人の祝いと誓いの言葉。

 あの夜、無事に儀式が終わったときに捧げられるはずの言葉だった。

「お前ら……ありがとう」

 感動がこみあげてくる。

「オレが、いや、オレたちで守ろう。この島を」

 すみれが深く頭を垂れる。

「……ぷぷ」

 その肩が震えたかと思うと――。

「あーははは、あーダメダメ! もうくすぐったい!」

 すみれが腹をかかえて笑い出した。

「あーもうダメね、限界! 慣れないことはするもんじゃないわねー」

「だ、台無しじゃねーか!」

 ケラケラ笑うすみれに、ヒノは抗議する。

「いや、僕も同意見」

「啓介まで!」

 ケラケラ笑う二人に、姫子もつられてほほえんだ。

「あ、姫子ちゃんも笑った!」

「さぁ、こうなったらヒノも笑って!」

「まったく、お前らと来たら……戻るぞ!」

「はい!」

 四人は境内をあとにした。

初出:2015年乙未01月18日

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