第十七話
「やれやれぇ……一時はどうなることかと思った」
病院で、ヒノは意識を取り戻した。
「大事を取って、しばらく入院じゃと。ま、のんびり療養せい」
「すごい力だった……内蔵が灼けるかと思ったよ」
「ま、合格点かな~」
「神社はしばらく閉鎖ですねぇ」
ほぼ全員が、ヒノの生還を喜んでいる。
その中で、一人だけ泣きそうになっている者がいた。
「ごめんなさい……」
「姫子」
「ご……ごめんなさい。わたしが、わたしがちゃんとできなかったから……!」
姫子はタッと駆け出し、病室から出て行った。
「あ、姫子ちゃん!」
「追いかけなきゃ」
「啓介、あんたはここにいなさい」
「でも……」
「女の子のことは、お姉さんにまかせなさい」
すみれはニコッと笑って病室を出て行った。
姫子は必死で涙をぬぐった。
「お家じゃ、泣いたこと……なかったのにな……」
すんすんと鼻を鳴らす。
「大丈夫、姫子ちゃん?」
「すみれさん……」
「だいじょーぶ、だいじょーぶ。ちゃんと生きてたじゃない、ねっ!」
すみれはぽんぽんと姫子の肩を叩いた。
「すみれさんは、平気、なんですか……?」
「正直、平気じゃないわ」
「……っ」
「でも、彼を守れるのは、あなただけなのよ」
「わたしは……」
姫子がうつむく。
その時、病院の廊下を歩く音がした。音は、二人の前で止まる。
「申し訳ありません。私のせいです」
「早暁さん……」
「いったい、何があったのです?」
早暁は忸怩たる表情でうつむいた。
「……箱を盗まれたのです」
「箱って……魔封じの箱、ですよね」
「はい」
早暁は、妖怪を退治する時に、組箱細工の封印を使う。
「時間的には、儀式が始まる直前でしょうか。自宅に戻ったところ、部屋が荒らされていました……それで」
「慌てて探して、朱雀門の弟子たちを引き連れて来たってわけ?」
「はい」
「魔封じの箱でしょ? どうして身から離したの?」
そういうものは、肌身離さず持っているものではないのか。すみれはそう尋ねていた。
「あの箱は、定期的に清浄な結界の中に置く必要があります。時間もかかりますし、まさか結界を破って盗んでいく者がいるとは思っていなくて……」
「なるほど、結界に入れておいたところを盗まれたのですね?」
「はい……」
早暁は深々と頭を下げた。
「朱雀門の皆様には、多大なご迷惑をおかけしました。私は島を去ります」
「そんな……!」
姫子が声を上げた。
「すべては私の油断が招いたこと。今から、総領家の皆様方にもお詫びをしてきます」
「早暁さん……」
病室へ向かう青年の背を見送って、少女二人はただ立ちすくんでいた。
初出:2015年乙未01月17日




