第十五話
翌日。
「さー乗った乗った。港へ行くぞい」
一台目はワゴン車で、おなじみのメンバーが乗る。助手席に喜代輔、二列目にヒノと姫子、三列目にすみれと啓介が座っている。
二台目はセダンタイプで、喜代輔の弟子が運転している。
「で、何だって港なんか行くんだよ」
「迎えじゃ、迎え」
例によって運転手は早暁がしてくれている。
「明紀兼が帰ってくるんじゃよ。夕香子さんも一緒じゃ」
「早暁さん、止めて! 降ろして!」
ヒノはシートベルトを勢いよく外し、車のドアに手をかける。
「おおお暴れるな! おスミ、啓介!」
「はい、総領代!」
すかさず三列目に座っていたすみれと啓介の腕が伸びる。
ヒノはうしろからがっちり捕まえられた。
「あぶないでしょ、座ってなさい」
「何だってあのオヤジに会わなきゃいけねーんだよ!」
「ワガママいわないの。次期当主が現当主を迎えに行かないなんて、有事のときでもないと認められないわよ。あとでどんな噂になるか」
「今、マジで有事じゃねーのかよ!」
「それは退魔士の話でしょ」
「僕らは退魔士じゃないからなぁ」
「ここにいるだろ、二人も!」
祖父と兄弟子を示して、ヒノはツッコんだ。
フェリーの周囲には、護衛船が何隻も泊まっている。船には退魔士が何人も乗っている。陸には警備員が何人も配置され、物々しい雰囲気だ。最後の乗客が降りるまで油断はできない。
乗客は不安そうな中にも、ホッとした表情だった。
「ひーのーやーしゃーまーるーくーん!」
「え、何……おぶっ!」
甲高い声とともに、男がフェリーから降ってきた。
男はヒノに突進し、抱きつく。
「たーだーいまー! ヒノ君、大きくなったねぇー!」
男は赤みがかった髪に、すらりとした体つきだった。極端に細い目でニコニコ笑って、ヒノに抱きついたままグルグル回る。
「迎えにきてくれたんだー? 父さん感激ー!」
「ひっ……つくなー!」
ズパーン!
ヒノの掌が炸裂した。
男は吹っ飛ばされ、地面に叩きつけられた。
「あっはははは、もー冗談きついなー」
えへらえへらと笑いながら、男は起きあがる。ダメージは少なかったようだ。服についた砂埃をパンパンとはたく。
「照れなくてもいいじゃなーい」
「冗談じゃねー! どっから降りてんだよ、まったくこの親父は!」
親父――ヒノの父親、朱雀門家現総領・朱雀門明紀兼だ。三十歳は超えているのに、糸目と雰囲気のせいでまるで子供だ。
「やだーヒノ君、反抗期?」
「クネクネすんな、キモイ!」
「ああ、反抗期だぁ。父さん悲しい……」
「明紀兼さん」
はしゃぐ明紀兼の背に、冷たい声がかかった。
明紀兼はビクッと肩を震わせる。
「ゆ、夕香子さぁん……」
明紀兼はおそるおそる振りむく。
フェリーから降りてきた客の中から、黒いワンピースの女性が静かに歩いてくる。氷の彫像を思わせる美貌に、濡れるような漆黒の髪がかかっている。
「あまりはしゃいではならない、といつも申しあげているでしょう?」
「ごめんなさい……」
明紀兼はシュンとうなだれた。しかられた子供のようだ。
女性は明紀兼を尻目に、深々と喜代輔に礼をした。
「ただいま戻りました、お義父様」
「お帰りなさい、夕香子さん」
朱雀門夕香子、旧姓は玄武院という。明紀兼の妻であり、ヒノの母親である。
夕香子は顔を上げると、スッとヒノの前に立った。
「……久しぶり、母さん」
「ええ」
それだけだった。
子供みたいな父親に、ドライな母親。不思議な家族だ。
由香子が姫子に視線を向ける。
「あなたが……炎夜叉君の?」
「は、はい。初めまして。玄武院姫子と申します」
姫子はガッチガチに緊張した様子で、頭を下げた。
明紀兼がまたはしゃいだ声を上げた。
「かわいい子じゃないか、ヒノ君! 良かったねぇ」
「……もしかして親父もどんな子か知らなかったのか?」
「うん」
「もうやだこの一族」
ヒノは大きくため息をついた。
初出:2015年乙未01月15日




