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第十四話

「と、いうわけで――」

 すみれと啓介が正座する。

「ちゃんとできるかどうか、見届けてこいって」

「ふざけんな!」

 姫子の部屋に、おなじみの四人が集まっていた。

「ちゃんとマウス・トゥ・マウスでやれって」

 すみれはサラッと告げる。

「あのジジイ……!」

 ヒノはワナワナ震える。

 姫子は顔を赤くしてうつむいたままだ。

「いーじゃない、結婚するんだから。キスくらいしちゃいなよ」

「やれと言われてそんな、できるわけないだろう?」

「じゃあ手拍子でもしようか? キッス! キッス!」

「うるせぇ!」

 すぱーん!

 ヒノの平手がすみれの頭にヒットする。

「痛い……。あんた、最近あたしの扱い、雑になってない?」

「気持ち悪いこと言うな」

「まあ、気持ちはわかるけどね~」

 啓介はあいかわらずのんびりとしている。

「姫子ちゃん、どーよ? やっぱ、もうちょっと気持ちの整理つけてからにする?」

「わたしは……大丈夫、です」

 姫子が答える。

「ちゃんとできないと、ヒノさんの命にかかわります。ちゃんとしますから、だから……」

「わ、わかった、わかった! いちいち深刻にならなくていいから!」

 姫子の真面目さに、どうにも調子が狂う。

 ヒノはあきらめて姫子に向きあった。

「お前ら、あんま見んなよ」

「はいはい」

 ヒノはじっと姫子を見つめる。

 黒い髪と瞳、美しい顔立ち――見つめるほどに、ヒノの理想と合致していく少女。

 ヒノは自分の頬が熱くなるのを感じた。

 姫子も同じようだった。桜色に染まった頬が、やがてローズピンクになる。

 姫子がそっと目を閉じた。

 ヒノは、姫子の唇の位置を確認して、そっと目を閉じる。

 そのまま。

 十秒経過。

 三十秒経過。

 一分経過。

 二分経過。

 まったく二人は近づかない。

「だぁーっもう、まだるっこしい! とっととやんなさい!」

 すみれがキレた。

 ヒノと姫子は思わず目を開ける。

「何でこういう時にウブなの! とっととチューッとムチューッとやっちゃいなさい!」

「うっせー! 雰囲気ってもんがあるだろが!」

「雰囲気なんて飾りです!」

「偉いヤツにはそれがわかんねぇってか!? アア!?」

「ヒノとスミ姉で騒いで雰囲気壊してたら世話ないなぁ」

 啓介がのんびり首をかしげた。

 姫子はとまどったまま、口論する二人を見ているだけだ。

 すみれが怒鳴った。

「何よ、キスくらい初めてじゃないでしょ! あたしともしたじゃない!」

 ピシ、と空気が凍った。

「き、記憶にないぞ……?」

 ヒノはだらだら冷や汗を流す。

 姫子は固まっている。

 啓介は固まった姫子を不安そうにのぞきこんでいる。

「覚えてないとか、薄情ね」

「いつだ!?」

「三歳くらいのときよ。毎日してたわよねー」

「それはノーカウントだろ! 毎日もウソだろ絶対!」

 ヒノは怒鳴った。

 幼児期の思い出だ。覚えてなくても無理はない。

「…………」

 その時、姫子が動いた。思いつめた表情で下を向き、きゅっと唇を結ぶ。

「お?」

「あら?」

 姫子が顔を上げる。吸いよせられるように、ヒノの顔に近づく。

 姫子の両手が、ヒノの両頬をとらえて――。

「――!」

 押し当てるようなキスだった。

 姫子は離れない。唇を押し当てたまま動かない。

 ヒノの顔が、ギュン、と赤くなった。手がさまよう。しおしおと姫子の肩に落ちた。

「あ」

 ばったーん!

 ヒノがうしろに倒れる。

 姫子は離れない。

「姫子ちゃん、ストップストップ!」

「ヒノが窒息しちゃってるよ!」

 すみれと啓介が二人を引き離す。

「あ……わ、わたし……」

 我に返った姫子の顔が、真っ赤になる。

「ご、ごめんなさい、ヒノさん!」

「ヒノー、だいじょぶ?」

 ヒノは目の前でピヨピヨとヒヨコを回している。

「……これ、ノーカン?」

「カウントしといてあげて」

 すみれが肩をすくめた。

初出:2015年乙未01月14日

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